プリプリ ダイヤモンド。 Diamonds (プリンセス プリンセスの曲)

Diamonds〜ダイアモンド〜(プリンセス・プリンセス) / コード譜 / ギター

プリプリ ダイヤモンド

この記事はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2020年2月) ダイヤモンド・プリンセス 基本情報 船種 船籍 2004-2014 2014-現在 所有者 運用者 建造所 姉妹船 建造費 5億米ドル 航行区域 日本、アジア ロイド船級協会 信号符字 2HFZ7 9228198 235103359 経歴 竣工 2004年2月26日 就航 2004年3月13日 現況 就航中 要目 115,875 トン 約290 m 全幅 37. 50 m 高さ 54 m(水面上) 8. 05 m デッキ数 18 機関方式 主機関 9L46C(9,450 kW ) 2基 バルチラ 8L46C(8,400 kW ) 2基 (25,000 kW ) 1基 推進器 (20,000 kW) 2基 航海速力 22ノット 旅客定員 2,706名 1,238名 目次• 概要 [ ] アメリカに本拠地がある()の傘下のプリンセス・クルーズ社が運航しているクルーズ客船であり、同型の姉妹船にがある。 客室総数1337室。 は乗客の好みに応じるため7つあり、24時間営業のものもある。 環境規制の厳しい水域でも運航するために、発電機も設置し、また最新鋭の排水処理システムも採用している。 2014年に日本マーケット向けに大規模なリノベーションを行い、展望浴場や寿司バーなどが新設された。 また、をから英国(ロンドン)へと変更した。 2017年にはにて、船体前方部にプリンセスのロゴマークである「シーウィッチ」の塗装が追加された。 近年の運行スケジュールは日本人向けの日本発着のクルーズを主に担当している。 2020年2月初旬に、新型コロナウイルスに感染した人が横浜から香港にかけて乗船していたことが発覚し、横浜港で長期検疫体制に入り、その後も感染していたと判明した人の人数が増え続ける事態となった(の節も参照)。 ディーゼル発電機のうち2基は直列9気筒型 9L46 で、別の2基は直列8気筒型 8L46 であり、それぞれ9,500 12,700 および8,500 kW 11,400 hp のパワーを生み出す。 燃料は (C)である。 ガスタービン発電機のほうは社のLM2500であり、最大で25,000 kW 34,000 hp のパワーを生み出す。 燃料は船舶用ガスオイル(MGO:Marine Gas Oil)である。 このガスタービン発電機のほうが発電費用が高くつくものであるが、主になど排ガス規制が厳しい海域で使用するために設置されている。 着岸用装備 着岸時の操船のために、二台の電気モーターにより駆動される固定ピッチのプロペラも装備している。 また6台の(船首に3台、船尾に3台)も備える。 運航エリア [ ] 主に夏季はアジア、冬季はオーストラリアでクルーズを開始している。 2014年4月〜10月は日本に配船され、20本の横浜発着クルーズを行った。 さらに2015年以降は日本人向けに設備を改造し主に4月〜10月にかけて日本発着クルーズを毎年行い、2019年以降は2月からの開始に延長される予定 [ ]である。 に停泊中のダイヤモンド・プリンセス(2015年8月13日) 建造 [ ] 現在「ダイヤモンド・プリンセス」と呼ばれている船体は、もともとは「サファイア・プリンセス」という名で建造開始されたものである。 運航会社は対外的に「ダイヤモンド・プリンセス」という名の船をまず運航する予定だと発表し、それにもとづいてさまざまな段取りをつけていて、2つの船体が(ダイヤモンド・プリンセス号が先行し、サファイア・プリンセス号が後追いする形で)同時並行的に建造されていたのだが、当時「ダイヤモンド・プリンセス」と呼ばれていた船体のほうで三菱重工業が火災事故を起こしてしまい、修復作業や作業再開に日数がかかりすぎ納期が大幅に遅れ、運航会社にとって支障が出る、と判明したため、しかたなく姉妹船で無事に建造中だった「サファイア・プリンセス」と呼んでいた船体のほうを「ダイヤモンド・プリンセス」という名前に変更し、火災事故が起きた船体(当初「ダイヤモンド・プリンセス」と呼ばれ、先行するはずだった船体)のほうの完成は後になってしまうことは受け入れ、同船体の名称を「サファイア・プリンセス」へと変更した、という経緯がある。 2002年10月1日、午後5時50分頃、長崎市飽の浦町の内にて造船所2180番船として工事中の「ダイヤモンド・プリンセス」(当時「ダイヤモンド・プリンセス」と呼ばれていて現在「サファイア・プリンセス」と呼ばれることになった船体)が火災を起こした。 出火時に船内では約1000名の従業員が作業をしていたが全員すぐに避難して怪我人などは出なかった。 稲佐消防署の発表では出火場所は船体中央部付近で全14デッキ(甲板)のうちの下から5番目のデッキ付近から出火したと見られている。 これが現在「ダイヤモンド・プリンセス」と呼ばれている船体である。 新型コロナウイルスの集団感染 [ ] 詳細は「」を参照 2020年1月20日に横浜を出発するクルーズ に参加し、1月25日に香港で下船した乗客が、 SARS-CoV-2 に感染していることが判明した。 2月3日にに移動し長期の検疫体制に入ると、他の乗客の感染が相次いで判明し、各国メディアが大々的に報じる事態となった。 当船は、2020年1月20日にを出発後、1月22日にに寄港、1月25日に香港に到着。 その後、やを巡り、2月1日にを経て、2月4日に横浜へ帰港する行程だった。 1月25日、から乗船した中国系男性乗客がで下船した。 男性は乗船中の1月23日から咳の症状を呈し 、下船後の1月30日に発熱、2月1日に新型コロナウイルス陽性が確認された。 当船は香港出発後、那覇への寄港を2月1日に終え、次の寄港地の東京エリアに向かっていたため、関東域で検疫の体制に入ることになった。 行程を早めて2月3日に横浜に戻り、2月4日に横浜港沖にて273名に再検疫を行った。 2月5日には、検査結果が判明した31名のうち、10名に陽性反応が確認され、神奈川県内の医療機関へ搬送された。 2月5日早朝まで船内での行動は制限されておらず、ショーなどのイベントは通常通り開催されていた。 2月5日早朝以降、症状が発生していない乗員・乗客合わせて約3,700人は14日間、船内で待機することとなった。 乗客のうち330人のについては、当初は日本政府が早期下船と帰国を提案したもののが船内に留めることを要請し、2月15日になってアメリカ政府が帰国方針に変えたことが明らかになっている。 乗客は基本的に船室待機で、2月6日より7階や15階のデッキ左舷側に1時間ほど交代で出られるようになった。 [ ]2月9日、運航会社プリンセス・クルーズは全乗客の旅行代金等を払い戻し、無料とするコメントを発表した。 法的には、多国間を移動する船舶の船上は各寄港地の「国内」とは見なされず、はダイヤモンド・プリンセス船内で発生した感染者について、日本国内で発生した感染者として計上していない。 日本政府もWHOの方針に沿って日本国内で発生した感染者として計上していない。 当初乗船していた約3700人は、船長を含めて全員が3月1日までに下船した。 この時点での乗客・乗員の感染者数はのべ706人、うち4人が死亡している。 3月15日、船籍の置かれているイギリスの首相が、日本の総理大臣との電話会談の際、日本の支援に対する謝意を示した。 3月25日午後、除染を終えて横浜港を出港し、改修のためににある工場に向かった。 2020年5月16日午後、横浜港を出港しマレーシアへ向かった。 運行会社によると次第ではあるが2020年10月1日からの日本発着クルーズより再度日本投入予定である。 ギャラリー [ ]• 310. , pp. 310-311. , p. 312. 311. , p. 315. - プリンセス・クルーズ 2020年2月4日• www. niid. 2020年2月29日閲覧。 - BBC NEWS 2020年02月5日• - 産経新聞 2020年2月4日• - 時事通信 2020年2月6日• NHK News Web. 2020年2月23日閲覧。 - 産経新聞、2020年2月10日配信。 2020年2月7日. 2020年2月10日閲覧。 日本経済新聞. 2020年4月3日閲覧。 2020年3月15日. 2019年5月17日閲覧。 日テレNEWS24. 2020年3月25日. 2020年4月4日閲覧。 PrincessCruises 2020年3月31日. ツイート. より 2020年4月4日閲覧。 2020年4月4日閲覧。 ねとらぼ. 2020年4月3日. 2020年4月4日閲覧。 朝日新聞. 2020年5月17日. 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - イタリアのクルーズ客船。 において、2020年4月初旬に新型コロナウイルスの集団感染事件が起こる。 - イギリスのクルーズ客船。 において、2020年2月初旬に新型コロナウイルスの集団感染事件が起こる。 外部リンク [ ]• (英語)• (日本語)• (Diamond Princessを選択) (英語)• - (英語).

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PRINCESS PRINCESSの歌詞一覧リスト

プリプリ ダイヤモンド

概要 [ ] 生まれ、育ち。 中退、定時制編入・中退。 PRINCESS PRINCESS時代から引き続き、自らの活動のほか多くのアーティストに主にとして楽曲提供、音楽プロデュース活動、ライブサポートなどを行っている。 「子育ては、絶対に手を抜かない」と語るほど熱心な教育ママだが、子供の入学願書を前日に郵便局に持参するなど、おっちょこちょいな面もある。 来歴 [ ]• 奥居と、、、の5人がオーディションで選ばれ、バンド「赤坂小町」を結成。 バンド名を「 PRINCESS PRINCESS()」に改称しメジャーデビュー。 これ以降のバンド活動についてはの項目を参照。 とが共同制作した音楽番組「」の共同司会者を1987年4月から1989年3月まで2年間務めた。 相手役は、と1年、、とはそれぞれ半年。 、初のソロシングル「奇跡の時」をリリース。 バンド活動と並行してソロとしての活動を開始。 4日〜5日、初のソロライヴ「音楽会」をNHKホールで開催。 5月31日、PRINCESS PRINCESS解散。 その直後にのと結婚する。 しばらく休養ののち、にリリースされたシングル「ハッピーマン」でソロ活動を再開。 7月21日、アルバム「Shout」をリリース。 8月23日より「CONCERT TOUR '97 ハッピーマンがやってきた」を行う、6ヶ所8公演。 5月30日、アルバム「香」リリース。 7月17日より「CONCERT TOUR'98 ひまわり」を行う、全14公演。 この年よりにかけて、南青山MANDALAでライブ「四季のうた」を行う。 5月8日・21日、四季のうた春。 8月20日・25日、四季のうた夏。 11月4日・11月11日、四季のうた秋。 3月 ファンクラブ「マスタード」を解散、2000~2003年頃のライヴは元ファンクラブ会員向けには告知していた。 2月24日・3月4日、四季のうた冬。 4月17日、四季のうたベスト・オブ・マンダラ。 夏、第一子となる男児を出産。 これを契機に、結婚後の本名である岸谷香へと芸名を改める。 また、ゲスト出演や元ファンクラブ向けのライヴ以外の仕事は子育て中にてセーブしている。 2月23日・3月10日、南青山MANDALAでライブ「Kaori Kishitani Live'03 "ロングバケーション"」を行う。 夏、第二子(女児)を出産。 3月8日、8年ぶりのシングル「Hello Hello」をリリース。 4月19日、シングル「Ice Age」をリリースする。 、アルバム「Ring to the Heavens」(プロデュース)をリリースし、には東京都内でライブを行った。 アルバム制作には紆余曲折あり、亡くなったプリンセスプリンセス時代の社長に向けて書いた鎮魂歌など、思いの詰まった曲があり、スタッフに勧められて制作した。 子育て優先だったため、6月のライヴ以外さほど目立った活動はしていない。 に「Singing」をリリースし、映画『』日本版エンディングテーマに起用される。 9月6日、渋谷のDUO MUSIC EXCHANGEで2年ぶりにライブを行う。 準備体操ライブ 〜さびないようにね!〜。 27・28日、渋谷のSHIBUYA-AXでライブを行う。 準備体操ライブ 〜さびないようにね! パート2〜。 1月4日ブログ「岸谷香談」スタート。 1日よりプレスタートしていて、下記の赤坂BLITZライヴに参加した観客に情報リリースした。 1月2・3日、赤坂BLITZでライブを行う。 準備体操ライブ 〜さびないようにね! パート3〜。 1月2日「ぼくらのうた〜岸谷香バージョン〜」をリリース。 配信限定シングルで着うた・着うたフルのみの配信。 1月8・9日に赤坂BLITZで、1月15日に大阪BIG CATでライブを行う。 準備体操ライブ 〜さびないようにね! パート4〜。 大阪では12年ぶりのライブとなった。 1月、震災復興支援の為、1年限定でプリンセス・プリンセス再結成。 3月24日になんばHatchで、25日に名古屋クラブクアトロ、31日、4月1日にSHIBUYA-AXでライブを行う。 準備体操ライブ 〜さびないようにね! パート5〜。 準備体操ライブ 〜さびないようにね! パート6〜ツアーを4〜5月に5ヶ所6公演を行う。 本人の意向で本格的に活動再開を決めた為、準備体操ライブは今回で最後となった。 5月21日、ベストアルバム「The Best and More」をリリース。 6月14日〜、「岸谷香 2014 LIVE TOUR 47th SHOUT! "いくわよー!! "」を行う。 6ヶ所8公演。 最終日は渋谷公会堂(当時C. Lemonホール)にてツアーファイナル。 6月25日、シングル「Romantic Warriors」をリリース。 12月4日、1人演奏会「ひとりでできるもん」を開催。 1ヶ所2公演。 6月24日、シングル「DREAM」をリリース、9月から10月にかけてツアー「KAORI KISHITANI 2015 LIVE TOUR 48th SHOUT! -レッツゴー!! 年女-」を行う。 8ヶ所10公演。 ツアー内にてPRINCESS PRINCESSの再結成ファイナルライブを行うこと、2016年に10年振りにアルバムをリリースすることを発表した。 12月、「KAORI PARADISE 2015 -年末スペシャル-」を行う。 3ヶ所6公演。 3月11日 - 13日仙台PIT、3月25、26日には豊洲PITにてPRINCESS PRINCESSの再結成の締めくくりLIVEを行う。 5月25日、10年振りのオリジナルアルバム『PIECE of BRIGHT』をリリース。 6月 - 7月、一人で弾き語りの全国ツアー「KAORI PARADISE 2016 -はじめてのひとり旅-」を行った。 18ヶ所25公演。 6月17日放送のミュージックステーションに、奥居時代の94年10月以来22年振りの出演をした。 秋には「49th shout peace of bright」ツアーを開催。 2月16日には単発ライヴとして「岸谷香前夜祭」を開催し、unlock the girls結成の報告と御披露目を行った。 このライヴを境にツアーやTV出演時のバックバンドのメンバーがunlock the girlsで行うようになる。 8月 - 10月、一人で弾き語りの全国ツアー「KAORI PARADISE 2017 HAPPY 50th ANNIVERSARY ぶらりひとり旅」を行った。 19ヶ所22公演。 この公演に併せて夏にはセルフカバー、新曲を入れたアコースティックアルバムをリリース。 また、めざましクラシックスのアルバムに「M」で高嶋ちさ子と競演。 12月ビルボード年末スペシャルを開催。 2017年の前夜祭から2018年のunlock the girlsツアーまで50歳にちなんで50公演行った(バンドツアー、ひとり旅ツアー、ビルボード年末スペシャル)。 1月 - 2月、岸谷香が率いるバンド「」を本格始動。 1月24日、オリジナルミニアルバム「Unlock the girls」をリリース。 16ヶ所18公演。 ビルボードにて東名阪にて行った年末スペシャルはunlock the girlsとして行った。 5月1日、オリジナルフルアルバム「Unlock the girls 2」をリリース。 5月にはアルバムと同名タイトルのツアーを「52nd shout unlock the girls 2」開催。 また秋には2015年から毎年行っているツアー「KAORI PARADISE 2019」を開催した。 12ヶ所12公演。 公演最終日には、特別ゲストにピアニストのさんを迎えた公演となった。 淡路島の公演は台風の影響にて観客の移動手段の安全を考えて、中止になった。 岸谷のライヴで中止になったのは現在までほとんどない。 5月25日、2000年3月に、活動が縮小となるため解散となったファンクラブを、19年ぶりに発足すると発表した。 ファンクラブ名称は「ナレッジサロン香」• 6月29日、他の類似するサービス名称の存在を理由に、ファンクラブ名称を「ナレッジサロン香」から「岸谷香ファンクラブ」へ変更すると発表。 11月9日、岸谷香発案のライブイベント「岸谷香 感謝祭2020」を2月15日に開催すると発表した。 12月、毎年恒例のビルボードライヴツアーを東京、名古屋、大阪にて開催。 2月15日、六本木EXシアターにて「岸谷香感謝祭」を開催。 ゲストには森高千里と渡辺敦子を迎え、森高とは互いの曲をカバーし合ったり、渡辺とは2013年から2015年にかけて活動した、「おりあつ」ユニットでの復活をした。 また、サポートには河合マイケルや朝倉真司も久しぶりに参加した。 5月から6月にライブツアー「53rd shout unlock the girls3」、9ヵ所9公演の開催を予定していたが、コロナ禍の影響により全公演の中止を決定した。 ディスコグラフィー [ ] シングル [ ]• 奇跡の時(1994年8月1日) 系ドラマ『・』主題歌• VANISHING(1994年10月21日) 「OZOC」CMソング• ハッピーマン(1997年4月16日) 系『』主題歌• SPARKLE(1997年12月1日) 第76回イメージソング• ひまわり(1998年5月30日) ・TBS系『』エンディングテーマ• Hello. Hello. (2006年3月8日) 「キレートレモン」「100レモン」CMソング• ICE AGE 〜氷河期の子供たち〜(2006年4月19日) 映画『』日本語吹き替え版イメージソング。 に提供した「スノーパラダイス」に別の詞を付けた作品。 Singing(2006年12月13日) 映画『』日本語吹き替え版エンディングテーマ。 映画公開は2006年12月23日。 Romantic Warriors(2014年6月25日) 表題曲は準備体操ライブ〜さびないようにね!〜で、仮タイトル「愛の戦士」として演奏されていた曲。 「ハッピーマン」「SPARKLE」「ひまわり」は2013年8月21日に12cmで再発。 DREAM(2015年6月24日) アルバム [ ]• Renaissance(1994年11月21日)• shout(1997年7月21日)• 香(1998年7月1日)• RING TO THE HEAVENS(2006年5月31日)• The Best and More(2014年5月21日)、ベストアルバム• PIECE of BRIGHT (2016年5月25日)オリコン28位• Dialogue〜涙の理由〜(2017年7月26日)、ミニアルバム• Unlock the girls (2018年1月24日)、ミニアルバム5曲• Unlock the girls 2 (2019年5月1日) 配信限定 [ ]• Diamonds(岸谷香2006ソロバージョン)• ぼくらのうた(岸谷香バージョン) (2009年1月2日)NHKおかあさんといっしょに提供のセルフカヴァー。 この時は着うた・着うたフルのみで配信された。 後にRomantic Warriorsのカップリングとして収録。 ライブビデオ [ ]• 音楽会(1995年7月21日)VHS・LD 「楽園の扉」「スターライトセレナーデ〜星光小夜曲〜」収録CD付き• KOTV ライブ・スペシャル'97(1998年3月21日)VHS・DVD 参加作品 [ ]• () - の 9曲目収録「恋人がサンタクロース」• () 3曲目「ハッピーマン」• () - を中心としたユニット「」の1stアルバム 2曲目収録「虹」• Together and Forever - の() 3曲目収録「」岸谷香 with• LINDBERG TRIBUTE ALBUM 〜みんなのリンドバーグ〜 - の() 2曲目収録「」• () 4曲目「M」バイオリン 高嶋ちさ子 CD未発表 [ ]• 真珠(中山加奈子 作詞)• A Visiter• CRY BABY(富田京子 作詞) 本 [ ]• ばかたれ(1998年9月25日)• 岸谷家の子育て1826日(の一部)(2006年5月31日) 楽曲提供 [ ] アーティスト [ ]• 「」 作詞・作曲:岸谷香、編曲:• 「Lucky Goes On! -しあわせがゆく-」 作詞:永森羽純、作曲:奥居香、編曲:坂井紀雄• 「アイシテル」 作詞:、作曲・編曲:奥居香 「November」 作詞:内田有紀、作曲・編曲:奥居香 「Da. 」 作詞:大西スミ江、作曲・編曲:奥居香 「Uchida no Rock'n'Roll」 作詞:内田有紀、作曲・編曲:奥居香• 「星空の下で」 作詞:大西結花、作曲・編曲:奥居香 「Drivin' Heart」 作詞:、作曲・編曲:奥居香• 「ラストダンスは私に」 作詞:、作曲:奥居香、編曲:神長弘一・須貝幸生• 「海岸デート」 作詞:乙葉、作曲:岸谷香、編曲:• ・ 「私が捨てたもの」 作詞:、作曲:岸谷香• 「翼がなくても」 作詞・作曲:岸谷香、編曲: 「Stay with me」 作詞:KOMUGI、作曲:岸谷香、編曲: 「小さき者たち」 作詞:中山加奈子、作曲:岸谷香、編曲:• 「あの鐘を鳴らせ」 作詞:岸谷五朗、作曲:奥居香、編曲:酒井紀雄• 「Father」 作詞:篠崎隆一、作曲:奥居香、編曲:• 「」 作詞:岸谷香・木村ウニ、作曲:岸谷香、編曲:Naoki Itai• 「太陽で行こう」 作詞:國府田マリ子、作曲・編曲:奥居香 「友達」 作詞:國府田マリ子、作曲:奥居香、編曲:奥居香・High Cheez 「さよなら」 作詞:國府田マリ子、作曲:奥居香・、編曲:奥居香・High Cheez• 「フォトグラフ」 作詞:、作曲:奥居香、編曲:土方隆行、コーラスアレンジ:奥居香 「15歳の私へ」 作詞:とみたきょうこ、作曲:奥居香、編曲:土方隆行、コーラスアレンジ:奥居香 「あなたと見た空」 作詞:とみたきょうこ、作曲:奥居香、編曲:土方隆行• 「ポラロイドGIRL」 作詞:、作曲:奥居香、編曲:• 「愛してるって言わせたい」 作詞:島倉千代子、作曲・編曲:奥居香• 「GIRLS TALK」 作詞:岸谷香、木村有里、作曲:岸谷香• 「」作詞:富田京子、作曲:岸谷香、編曲:横山裕章• 「」 作詞・作曲:岸谷香、編曲:• 「ラストシーン」 作詞:寺岡呼人、作曲:寺岡呼人・奥居香、編曲:、コーラスアレンジ・コーラス:奥居香• 「CANDYへ」 作詞:サエキけんぞう、作曲:奥居香• 「春の朝」 作詞・作曲:奥居香、編曲:• Peachy() 「スーパージェットシューズ〜未来を歩くくつ〜」 作詞・作曲・編曲:奥居香 「くいしんぼ天国」 作詞・作曲・編曲:奥居香 「スノーパラダイス」 作詞:中山加奈子、作曲・編曲:奥居香 のちに岸谷が別の詞を付け「ICE AGE 〜氷河期の子供たち〜」としてセルフカヴァー。 「tiny tiny X'mas」 作詞・作曲・編曲:奥居香 「Sweet Sweet Home」 作詞・作曲・編曲:奥居香• 「パパママ」 作詞:一青窈、作曲:岸谷香、編曲:• 「It's my idol」 作詞・作曲:奥居香、編曲:藤井丈司• 「」 作詞・作曲:奥居香、編曲:• 「VENUS JOURNEY」 作詞:中山加奈子、作曲:岸谷香、編曲:渡辺善太郎• 「HELLO」作詞:岸谷香・中山加奈子、作曲:岸谷香、編曲:• 「Precious Heart」 作詞:松田聖子、作曲:奥居香、編曲:• 「水の中の月」 作詞:中山加奈子、作曲:奥居香、編曲:笹路正徳• ・ 「ぼくらのうた」 作詞・作曲:岸谷香、編曲:鎌田雅人• 「エデンの都市(まち)」 作詞:、作曲:奥居香、編曲:笹路正徳・奥居香 「風は吹いてる」 作詞:とみたきょうこ、作曲:奥居香、編曲:笹路正徳・奥居香 「わたし」 作詞・作曲:岸谷香、編曲:鎌田雅人• 「スピード」 作詞:西脇唯、作曲・編曲:奥居香 「窓打つ雨」 作詞:、作曲・編曲・ストリングアレンジ:奥居香 「ホイッスル」 作詞:西脇唯・森口博子、作曲・編曲:奥居香 「空からの手紙」 作詞:西脇唯、作曲・編曲:奥居香• 「Rhapsody In White」 作詞・作曲:岸谷香 映画、テレビ・ラジオ番組、CMなど [ ]• 映画『』(主題歌『』歌唱)• サントリー『烏龍茶』(CM楽曲歌唱)• キリンビバレッジ 缶コーヒー「FIRE」の発売1周年「Get the Fire」キャンペーン企画CD「SOUL of FIRE」(楽曲歌唱)• TBS系ドラマ『』(音楽監修)• 1999年度ED「恋の天才〜ジョンとミケの場合」(作曲)• 映画『さゞなみ』長尾直樹監督(音楽制作)• ミュージカル『天使は瞳を閉じて』(楽曲提供)• 三井不動産 『三井のリハウス』(CM音楽担当)• POKKA 『キレートレモン』『POKKA100レモン』(CM楽曲提供) 出演 [ ] テレビ [ ]• フジテレビ系列『P-STOCK』(司会)• フジテレビ系列『恋ノウタ』(声の出演) ラジオ [ ]• TBSラジオ「ポップンルージュ」、「」、「」• NHK-FM「ミュージックスクエア」• FM東京「奥居香のアサヒ・スーパー・ドライ素敵に恋しよう」• JFN系列『奥居香 Radio K. 岸谷香の(2016年5月27日、)• 岸谷香 Unlock the heart(2019年4月5日 - 、)• CM・広告 [ ]• ニチレイ 『アセロラドリンク』(関東地方限定CM)• 「RAKUWA磁気チタンネックレス Vタイプ」(2016年 - ) - 広告キャラクター就任 脚注 [ ] 注釈 [ ].

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ダイヤモンド・プリンセス内、感染対策のプロ不在だった…杜撰かつ超危険な状況を告発

プリプリ ダイヤモンド

この項目では、日本のガールズバンドについて説明しています。 同バンドのアルバムについては「」をご覧ください。 つだみきよの漫画作品については「」をご覧ください。 ・共同制作によるテレビアニメについては「」をご覧ください。 プリンセス プリンセス PRINCESS PRINCESS 別名 プリプリ 出身地 ・ ジャンル 活動期間 - - レーベル ( - 、「」として) ( - 1996年、以降単発リリース有) (2012年-) 事務所 (1983年 - 1985年) 音楽座(1985年 - 1986年) (1986年 - 1996年) 公式サイト メンバー (・) (ギター・) (・コーラス) (・コーラス) (・コーラス) プリンセス プリンセス PRINCESS PRINCESS は、のである。 活動期間は - および -。 女性のみで構成されたバンドの中で、商業的に日本で最も成功したグループである。 ガールズバンドのパイオニアとなり、ヒット曲を連発。 略称は『 プリプリ』。 メンバー [ ] プロフィール 愛称 担当 備考 (おくい かおり) 現: 1967-02-17 (53歳) 出身 身長157cm。 かおりちゃん。 メンバーからは、香、富田からは時におりちゃんと呼ばれることもあった。 、 バンド解散までは旧姓の「 奥居香」として活動していたが、解散直後、のと結婚し改姓、のちに芸名も「 岸谷香」へ改名する。 バンドの楽曲の作曲を数多く手がける。 「ソーロング、ドリーマー」の原曲は奥居が中学の頃に作曲したもの(当初は「バンドガールズ」という曲名であった)。 楽曲によってはギターを演奏しないこともある。 ライブではギターの他にピアノ、キーボードを演奏したこともある。 他のアーティストにも多数の楽曲を提供する。 現在、一男一女の母。 (なかやま かなこ) 1964-11-02 (55歳) 出身 身長156cm。 かなちゃん、ケラマン(今野の付けたあだ名)。 ・コーラス 現在は『 』のヴォーカル、ギター担当として活動している。 を好み、好きなギタリストとしてなどを挙げている。 2月7日、自身の公式ホームページで「突然ですが、先日結婚しました。 昔から結婚しないと言ってきたのに、こうなるとは人生不思議なもんです」と報告し、一般男性と結婚したことを明らかにした。 (リーダー) (わたなべ あつこ) 1964-10-26 (55歳) 出身 身長163cm。 あっこちゃん ・ バンドの。 現在、『 』の副校長をしている。 (こんの ともこ) 1965-07-15 (54歳) (現:)出身 身長164cm。 ともちゃん。 メンバーからはパンとも呼ばれる。 ・コーラス 解散後、結婚したが離婚。 その後にで俳優のと再婚。 イラストが得意で、ファンクラブ会報や関連出版物の中でたびたび漫画を描いて画才を披露していた。 映画やCM、解散後はTV番組等への出演も多かった。 現在、一女の母。 (とみた きょうこ) 1965-06-02 (55歳) 出身 身長156cm。 きょんちゃん。 初期の頃は自分のことをきょんちぁんと書くことがあった。 ・コーラス バンドの楽曲の作詞を多く手がけている。 整理整頓が好きである。 現在、二男の母。 シンコーミュージック時代のプリプリのマネージャーは「イチヤン」こと市村恵美子が務め、「6人目のメンバー」と呼べるほどの功績を残した。 2007年現在は、岸谷香が現在所属しているオールスパイスカンパニーに所属し岸谷のマネージャーを担当している。 インタビュー等の文面では「イチヤン」「市やん」「市ヤン」と書かれる。。 が好きである。 『ラジカントロプス2. 0』(2013年4月15日OA)において、スタジオミュージシャンの、が「実は僕、プリンセス プリンセスだったんですね。 影武者として。 」とレコーディングでのドラム演奏を担当していたことを告白している。 来歴 [ ]• 2月、結成のための楽器ごとのが主催で行われ、5人のメンバーが選出されて結成。 当初のバンド名は「 赤坂小町(あかさかこまち)」。 このバンド名の由来については、「当時のTDKレコードの所在地であった『赤坂』から」、「『漢字4文字のバンド名をつけてほしい』と依頼されたある雑誌編集者によって名付けられた」、「雑誌上での公募で付けられた」など多くの説がある。 、ので初ライブを行う。 4月から、()で生活を開始する。 合宿開始当初(1983年ごろ)は、同じ事務所に所属していたと共に合宿生活をしていた。 この合宿生活は2年4カ月にも及んだ。 3月21日、TDKレコードより、シングル「放課後授業」でデビュー。 事務所が与える的な仕事に違和を覚えたことや、音楽性の違いから、所属をTDKレコードから音楽座(ミュージカル劇団とは別の事務所)へと移籍する。 ここでバンド名を「 JULIAN MAMA(ジュリアン・ママ)」に改名する。 JULIAN MAMA時代はシングル、アルバムのリリースは無かった。 5月、バンド名を「 PRINCESS PRINCESS」へと改名し(名づけ親はの)、ミニアルバム『』でCBSソニー(現:)よりデビュー。 この『Kissで犯罪』のプロモーションビデオを事務所関係者が見たことがきっかけで、が彼女らへの接触、移籍交渉を開始することになる。 8月、シンコーミュージックで移籍のためのオーディションが行われるが、この時点では移籍には至らなかった。 音楽座サイドがプリプリを手放そうとしなかったことや、オーディションを見た社員の反応があまり良くなかったことが理由であった。 だが当時シンコーミュージックの社員で、後に彼女らのマネージャーになった「市ヤン」こと市村恵美子は、彼女らのライブを生で見て「このバンドはいける」と思い、社長の説得にあたった。 11月、所属事務所であった音楽座との意見の相違などもあり、音楽座との話し合いをへて音楽座からシンコーミュージックに移籍する。 4月、ファーストシングル「恋はバランス」が発売される。 この曲は、作詞は中山が担当したが、作曲はによるものだった。 当時メンバー内では、部外者が作曲した作品をリリースすることについての抵抗がかなりあったらしく、以後はメンバー自身が作詞・作曲した曲をリリースすることにこだわり続けた。 3枚目のシングル「MY WILL」が、スポーツ用品店「」のCMソングに起用されたことをきっかけとして注目を集め、のに初出演を果たす。 初登場時は電飾を使ったセットが用意され、これは彼女らに余計に緊張を与えたという。 またこの番組は、渡辺にとって昔からの憧れの番組であり、また「何度出ても緊張する番組だった」と後に語っている。 2月、後にバンドの代表曲の1つとなる4枚目のシングル「19 GROWING UP -ode to my buddy-」をリリースする。 この時期からたびたびテレビドラマやCMのタイアップに起用されるようになり、バンドの知名度、CD売上も上昇していく。 4月、結成当初から目標の一つとしていたライブを行う。 チケットは発売開始からわずか2時間で完売し、これを聞いたマネージャーの市村はメンバーより先に泣いたというエピソードがある。 この頃からライブ会場をライブハウスからホールへと移行させていく。 5月、5枚目のシングル「GO AWAY BOY」リリース。 夏のキャンペーンソングに起用される。 続く6枚目のシングル「GET CRAZY! 」もテレビドラマ『』の主題歌に起用された。 11月、4枚目のアルバム『』リリース。 収録曲の「M」は後にリリースされるシングル「Diamonds」のカップリング曲にもなり、バンドを代表する曲の一つとなる。 1月、女性だけのバンドとして初の公演を行う(翌年より正月に公演が行われるようになり、以後1996年まで毎年行われた)。 4月、7枚目のシングル「」をリリース、オリコンチャート1位を獲得し、ミリオンセラーを記録する。 同曲の大ヒットとともに一躍トップアーティストの仲間入りを果たし、人気は頂点に達する。 同曲では第22回も受賞し、からも「Diamonds」での出演のオファーが来たが、スケジュール上の都合で辞退する。 このブレイクをきっかけに「Diamonds」発売以前にリリースされていた曲も注目されるようになる。 7月、既にEP盤として発売されていた2ndシングル「」がCD化され、オリコンチャートで1位を獲得。 カップリング曲の「世界でいちばん熱い夏(平成レコーディング)」は、ライブで演奏していたアレンジをレコーディングしたものである。 6月1日発売ののアルバム「」に奥居がのCHAKAと共にコーラスで参加。 8月、で初のスタジアムライブを含む「夏祭りだよ! 全員集合」(ライブ)が行われる。 11月、5thアルバム『』リリース、オリコン・アルバムチャートで初の1位を獲得し、ミリオンセラーとなる。 中山が亡き父へのメッセージとして作詞した「パパ」、ポップなナンバー「パレードしようよ」などが収録されている(ちなみに、「パレードしようよ」の歌詞の最後に出てくる「パレード1991」というのは、「その頃には結婚できたらいいな」という願望から出たフレーズである)。 夜のヒットスタジオ騒動 1989年10月18日、生放送の『』第1回目で、新しく司会として起用されたが、奥居に対して「ブタ」「生理中なんじゃないの」という発言をする。 これに対し奥居は、同日番組終了後に生放送されたTBSラジオ『』で加賀の言動に激怒する。 メンバーの恋人の存在が写真週刊誌に掲載された直後の同年11月15日出演時では、生放送中に加賀がそのことに打ち合わせなしで言及し、奥居がその夜の『ポップン・ルージュ』内で再び激怒。 その後メンバー全員が『夜ヒット』への出演を拒否する事態に発展し、その後同番組に出演することはなかった(だがレギュラー放送終了後、1993年3月31日に放送された特番では病欠中だった今野を除くメンバー4人で生出演し、また1994年10月12日放送の特番には「夜ヒットの思い出」として奥居がVTRでコメント出演をしている)。 4月より初の全都道府県ツアー「PANIC TOUR'90 パレードしようよ!! 」が行われる。 全56ヵ所、62本のライブを行った。 9thシングル「」はこの全都道府県ツアーの応援歌として作られた。 12月、6枚目のアルバム『』リリース。 「メンバーそれぞれの個性を表に出した」ということで、このタイトルが付けられた。 このアルバムには、奥居以外が初めてボーカルをとった曲(今野、中山のソロ曲)が収録されている。 12月、8枚目のアルバム『』をリリース。 同年後半ヴォーカルの奥居が、トレードマークであったロングソバージュの髪をバッサリ切ってイメージチェンジを図った。 5月、今野がのため休養する (当時のインタビュー等によると一時期完全に聴力を失ったようである)。 ライブツアー中だったため、キーボードには代行が立った。 幸いなことに順調に回復し、6月には復帰した。 だが、突発性難聴は後遺症が残ることがあったり、時には改善不能な場合もあるため(事実、後述の再結成時に、今野は「その時の影響で現在も片耳が聞こえない」ことを明かした )、病状次第では今野の離脱やメンバーの交代、最悪バンドの解散にまで至る可能性があった状態にあったといわれる。 7月、これまでにリリースされたシングル曲を集めたベストアルバム『』をリリース。 この年はオリジナルアルバムのリリースは無かった。 5月、16thシングル「だからハニー」リリース。 ドラマ『』の主題歌となり、プリプリの健在ぶりを示す作品となった。 バンドとしての活動を大事にしていたため、デビューから長らくソロ活動は控えていたが、4月に今野がシングル・アルバム「24Hours」でソロデビューをしたのを皮切りに、メンバーが続々とバンド活動と並行してソロ活動を開始した。 4月、プリンセス プリンセスの解散をレコード会社関係者に伝える。 実際に解散の話が持ち上がったのは前年の暮れ、新作アルバム制作の話し合いの途中でのことだった。 解散の主な理由として、アルバム制作時の打ち合せで出された2つの意見、「プリプリで新しいことをやっていきたい」という意見と、「これまでの間に培われたイメージがあるので、それを崩さず今まで通り変わらずに行くと」という意見が、平行線のまま纏まらなかったことが挙げられた。 また、奥居が「昔は曲を書くときは天から降ってくる感じで、何も考えずに書けたのに、時間が経つにつれて曲を書く際に考えるようになり、そのことを悩んでいた」ことや、「友達のまま、解散したほうがいい」というメンバーの意向も解散の理由として挙げられる。 ラストアルバムのレコーディング前日、富田はやっぱりプリプリは解散させてはいけないと思い、渡辺に電話をしたが何度かけても掴まらず、ついに話はできなかった、というエピソードがある。 10月、解散宣言とともにシングル「Fly Baby Fly」をリリース。 解散の発表は10月20日のミュージックステーションにて放送された。 この時に披露されたのは「M」「Fly Baby Fly」だが、「M」の一部と解散発表が解散後リリースのヒストリービデオに収録されている。 解散とラストツアーのキャッチコピーは「解散を遊ぼう」。 このキャッチコピーが書かれた宣伝用ポスターの構図は、メンバーがロープで縛られているというものであったため、クレームがつき、駅貼りポスターの大半が短期間で撤去されてしまった。 1月24日から始まったラストツアー「PANIC TOUR'96 解散を遊ぼう」は2度目の全県ツアーとなる。 「最後に全国のファンにお別れの挨拶に行きたい」というメンバーの意向で実現したが、当初チケットの売れ行きを心配したスタッフからは反対の声が上がったという。 結局その心配は杞憂に終わり、チケットは1県だけ若干売れ残った程度で、ほぼ完売した。 2月、アンコールシングル「夏の終わり」リリース。 最後のシングルとなる。 5月29日から31日の3日間にかけて日本武道館でラストライブ「PANIC TOUR '96 〜解散を遊ぼう FINAL〜」を開催し解散。 バンド活動は13年間にわたり、ライブの観客動員数は190万人を記録。 13年間で発表されたシングルは21枚、アルバムは15枚(ベスト盤含む)。 オリジナルソングは120曲に上った。 この頃テレビ番組『』で「プリンセス・プリンセスのメンバーの一人になれる権」がオークションにかけられ、ファン2人によるマッチレースの末、当時番組史上最高額での落札となった( 453万円)。 解散後 [ ]• 渡辺はの副校長、富田は、同専門学校の顧問を務めている。 奥居(現:岸谷香)は活動の傍らとして、中山はソロ活動の傍らとして、他アーティストに楽曲を提供している。 今野は作曲家として映画やドラマに楽曲を提供していた。 再結成 [ ]• 1月6日、をきっかけに再び集結、支援として、1年間の期間限定で16年ぶりの再結成を発表(実際にはその前年、からは行われていた)。 、と共に参加。 当日の模様はで中継された。 4月6日、公式開設。 6月27日、2枚組ベスト「THE REBIRTH BEST 〜再会〜」発売。 6月~7月 サッポロ アイスラガー7 CM出演• 7月 - 8月バンドとしては初めてのに出演 全国4ヶ所。 11月3日 - 24日、ライブツアー「PRINCESS PRINCESS TOUR 2012 〜再会〜」を、(11月3日・4日)、日本武道館(11月20日・21日・23日・24日)にて開催。 12月23日・24日、追加公演「PRINCESS PRINCESS TOUR 2012 〜再会〜 "The Last Princess"」をにて開催。 女性バンドとしては史上初の公演だった。 また、12月24日の公演はWOWOWで中継された。 12月30日、に出演、特別賞を受賞。 12月31日、に出演(初出場)。 3月22日、ライブビデオ「PRINCESS PRINCESS TOUR 2012 〜再会〜 at 武道館」、ライブCD「VERY BEST OF PRINCESS PRINCESS TOUR 2012〜再会〜at 武道館」発売。 3月27日、ドキュメンタリーブック「PRINCESS PRINCESS DIAMONDS」発売。 第1次支援先として被災した、、に各5,000万円、新潟総合学院(カレッジリーグ)に2,000万円の寄付を発表。 1月、第2次支援先として、に3,000万円の寄付を発表。 8月、第3次支援先として、『』を通じにの設立を決定し、残りの収益金全額(約3億1,000万円)の寄付を発表。 3月11日、収益金により建てられたライブハウス「チームスマイル・仙台PIT」完成。 3月11日・12日・13日、仙台PITにて公演「PRINCESS PRINCESS TOUR 2012-2016 再会 -FOREVER-」を開催。 また、3月11日の公演はWOWOWで中継され、全国映画館にても開催された。 3月25日・26日、追加公演「PRINCESS PRINCESS TOUR 2012-2016 再会 -FOREVER- "後夜祭"」をチームスマイル・豊洲PITにて開催。 これをもって2012年からの再結成活動を終了した。 26位 解散後のリリース [ ] 発売日 タイトル 規格番号 最高位 備考 ベスト 1999年1月30日 STAR BOX SRCL-4461 ベスト 2001年12月5日 MHCL-50 ボックス 2006年3月8日 10 Years After 〜PRINCESS PRINCESS Premium Box〜 SECL-371 182位 オリジナルアルバム10タイトル、武道館ライブDVD 2タイトルのBOXセット。 1chサラウンド化。 完全生産限定盤。 ベスト 2006年3月8日 SECL-350 47位 ランキングの上位ベスト14曲を収録した企画アルバム。 ジャケットは漫画家のによる描き下ろし。 ボックス 2006年5月31日 21st. 〜PRINCESS PRINCESS Single Collection Memorial Box〜 SECL-391 オリジナルシングル21枚を12cmCDにリサイズしたBOXセット。 全曲デジタルリマスタリング。 完全生産限定盤。 ベスト 2007年7月18日 PRINCESS PRINCESS プリプリサマソン SECL-521 「夏の曲」を集めた企画ベストアルバム。 ベスト 2007年11月21日 プリプリ・フユソン SECL-575 (通常盤) 「冬の曲」を集めた企画アルバム。 SECL-573 (初回限定盤) ベスト 2008年7月2日 THE PREMIUM BEST SECL-648 40位 オリジナル音源を使用しニューミックスとマスタリングを施したアルバム。 ニューミックスのエンジニアは三上義英。 2009年9月2日、仕様(品番: SECL-20008)で再発売。 ベスト 2009年11月20日 BEST OF BEST DQCL-2043 12曲入りのベストアルバム。 発売元:Sony Music Direct Japan INC/販売元:キープ株式会社 ベスト 2009年11月20日 SUPER BEST DQCL-1185 16曲入りのベストアルバム 再結成後のリリース [ ] 発売日 タイトル 備考 最高位 ベスト 2枚組、再結成記念。 通常版とDVD付属の2パターンでリリース。 5位 ライブ VERY BEST OF PRINCESS PRINCESS TOUR 2012〜再会〜at 武道館 1枚組、再結成記念盤。 全20Pメモリアル写真集封入。 に開催されたでのライブを収録。 36位 映像作品 [ ] ビデオクリップ [ ]• VIDEO CLIPS PRINCESS PRINCESS ソニーミュージック()• VIDEO CLIPS2 PRINCESS PRINCESS ソニーミュージック()• DOLLS IN LAS VEGAS ソニーミュージック()• VIDEO SINGLES1987-1992 ソニーミュージック(1992年)• VIDEO CLIPS3 PRINCESS PRINCESS ソニーミュージック()• The Platinum Days-1 The Greatest PRINCESS ソニーミュージック()• The Platinum Days-2 The Greatest PRINCESS ソニーミュージック(1996年) ライブビデオ [ ]• PRINCESS 2 PANIC TOUR 〜HERE WE ARE〜 ソニーミュージック(1988年8月1日)• LET'S GET CRAZY Live at 武道館 ソニーミュージック(1989年12月24日)• 質実剛健 at 武道館1994 ソニーミュージック(1994年6月22日)• The Last Live ソニーミュージック(1996年8月21日)• PRINCESS PRINCESS TOUR 2012〜再会〜at 武道館 SME Records(2013年3月27日)• PRINCESS PRINCESS THE BOX -The Platinum Days-(2006年10月25日) 初DVD化作品を含むDVD9枚組みのプレミアムボックスセット。 CD-ROM [ ]• ALL ABOUT PRINCESS PRINCESS ソニーミュージック (1996年12月12日) Windows3. 全曲の歌詞と一部映像が検索でき、ラストライブのアンコール「19 GROWING UP」の部分の映像編集機能を搭載。 おまけで壁紙とアイコン(アイコンはMacintoshのみ)が付いている。 書籍 [ ]• PRI・ISM シンコーミュージック(1988年9月20日)• たった5つの冴えたやりかた シンコーミュージック(1989年3月17日)• Pincess Princess シンコーミュージック(1990年4月9日)• PARED 1990 シンコーミュージック(1990年12月10日)• PRINCESS PRINCESS KISS パチパチ増刊 ソニーマガジンズ(1991年8月20日)• 神様と心の棘 シンコーミュージック(1991年12月14日)• OFFICIAL PHOTO BOX 1987-1992 シンコーミュージック(1992年10月4日)• HAPPY HOURS TOKYO FM出版(1995年4月1日)• HELLO, Good-bye シンコーミュージック(1996年3月20日)• Heavenly Days ソニーマガジンズ(1996年3月27日)• Signs And Wonders シンコーミュージック(1996年7月5日)• STAR BOX ARTIST FILE シンコーミュージック(1999年9月19日)• DIAMONDS シンコーミュージック(2013年3月27日) 他アーティストによるカバー [ ]• 「 世界でいちばん熱い夏( The Hottest Place On Earth)」英語によるカバーアルバム(1992年5月21日) 収録曲は「世界でいちばん熱い夏」「Diamonds」「19 GROWING UP」「M」「ユー・アー・マイ・スターシップ」他。 「」カバーアルバム(2006年3月8日) ソニーミュージックに所属する女性アーティストがカバーしたアルバム。 収録曲は「プリ2 〜PRINCESS PRINCESS BEST OF BEST〜」と同じ。 - 9thシングル「 」のカップリング曲としてカバー。 - 音楽番組「」で歌った。 (2006年6月23日)• - アルバム「 」の中でカバー。 11曲目。 (2006年8月30日)• - アルバム「 NapsaQ〜青春ソングリクエストアルバム〜」の中でカバー。 (2006年12月20日)• - アルバム「 」の中でカバー。 1曲目。 (2007年10月31日)• - ライブDVD「 女祭」の中でカバー。 (2008年2月6日)• - シングルでカバー。 (2008年3月26日)• - 原曲を・したアナザーソングとして「M〜もうひとつのラブストーリー〜」を発表。 (2008年7月2日)• - アルバム「 MR. VOCALIST」の中で英語でカバー。 7曲目。 (2008年)• - アルバム「 」の中でカバー。 (「」の挿入歌として。 2009年1月14日)• - アルバム「 」の中でカバー。 1曲目。 PVにはと共演。 (2009年4月22日)• - アルバム「 I LOVE GM」の中でカバー。 1曲目。 (2009年5月13日)• - アルバム「 Standards 4」の中でカバー。 7曲目。 (2010年10月6日)• 、 - 音楽番組「 594」でカヴァー。 富田京子がドラムスとして参加。 、 - 音楽番組「」 501でカヴァー。 富田京子がドラムスとして参加。 RINAがで参加。 SEVEN YEARS AFTER• - 「 」の中でカバー。 4曲目。 (2007年1月24日) Diamonds• - アルバム「 海鳴りライダー」の中でカバー。 (2007年6月20日)• あんみつファミリー - (、、、、、、、)が2008新春スペシャルふりんドラマ「 」の主題歌としてカバー。 (2008年1月6日)。 青野りえ - のジュエリーブランドであるMJC(三菱ジュエリーコレクション)のCMソングとしてカバー。 2008年• - のカバーアルバム『』の中でカバー。 曲名は「DIAMONDS <ダイアモンド>」。 (2009年)• - のCMで、メンバーになりきったをし、替え歌にして歌っている。 (2011年3月) 19 GROWING UP• (1988年10月25日)• (2007年6月13日) 世界でいちばん熱い夏• - シングル「 Happy Life 〜明日に向かって〜」のカップリング曲としてカヴァー。 2009年1月28日• - 音楽番組「」、とコラボレーション。 2014年8月13日放送 赤坂小町時代の楽曲 [ ] 3枚のシングルと1枚のミニアルバムをTDKレコードよりリリースしている。 」で、キャッチコピーは「典型的女子高生風楽団」。 同タイトルのアニメの主題歌となり、同タイトルのミニアルバムもリリース。 1996年には赤坂小町時代の音源を全て収録したCD「赤坂小町」がリリースされたが、すぐに回収されてしまった。 解散後、富田京子は自身がパーソナリティーをしていたラジオ番組、「湘南ビートランド」で赤坂小町時代の曲をかけたことがある(2000年1月15日放送分、曲はコアラボーイ コッキィ)。 アルバム『赤坂小町』(1996年)の収録曲 [ ]• ようこそコアラちゃん(作詞:、作曲:和田泉)• コアラボーイ コッキィ(作詞・作曲:)• 可愛いラーラ(作詞:岩里祐穂、作曲:)• Sweet Paradise(作詞:岩里祐穂、作曲:和田泉)• ワルサをしなけりゃはじまらない(作詞:岩里祐穂、作曲:岩里未央)• 地図にない道(作詞・作曲:恩田久義)• パパとママのタンゴ(作詞:岩里祐穂、作曲:岩里未央)• おやすみコッキィ(作詞:岩里祐穂、作曲:岩里未央)• 放課後授業(作詞:岩里祐穂、作曲:岩里未央)• 準備はOK! (作詞:岩里祐穂、作曲:岩里未央)• 合宿しない? (作詞:岩里祐穂、作曲:岩里未央) 後年の渡辺敦子の著書では、事務所サイドが目指していたのは「楽器を持った」だったと書かれている。 「地図にない道」を今野登茂子が、「合宿しない?」を中山加奈子が歌っており、他は全て奥居香が歌っている。 ライブ [ ] 「」を参照 テレビ出演 [ ] 不定期でテレビ出演して、会見などを行った。 1988年10月〜89年9月 (NRN系)「コークサンデーモーニング」 毎週日曜• 1990年10月14日〜91年3月 文化放送(NRN系)「プリンセス・プリンセスのチャレンジロード」 毎週日曜11:30〜12:00• 1991年4月〜95年4月3日 文化放送(NRN系)「プリンセス・プリンセスのローリングパーティ」毎週土曜16:30〜17:00 CM出演 [ ]• 1989年、カセットテープUX 使用楽曲:Diamonds• 1989年、4thアルバム「LOVERS」 使用楽曲:友達のまま• 1989年、カセットテープUX SONY 使用楽曲:パレードしようよ• 1989年、カセットテープHF-X SONY 使用楽曲:OH YEAH! メンバーごと、渡辺・中山・富田・今野・奥居の5バージョン制作• 1990年、CITIZEN ライトハウス 使用楽曲:ジュリアン• 1990年、アーモンドボールチョコレート 使用楽曲:19 GROWING UP -ode to my buddy-• 1990年、5thアルバム「PRINCESS PRINCESS」 使用楽曲:HIGHWAY STAR• 1991年、紅茶の樹 りんご紅茶 使用楽曲:KISS• 1991年、紅茶の樹 もも紅茶 サントリー 使用楽曲:KISS• 1991年、エステアップ 使用楽曲:ジャングルプリンセス・I LOVE YOU• 2013年、サッポロ アイスラガーセブン 使用楽曲:世界でいちばん熱い夏 脚注 [ ] []• (Internet Archive)• (Internet Archive)• 出典『プリンセス・プリンセスだった! 』富田京子著(史輝出版)p. 出典『STAR BOX ARTIST FILE』(シンコーミュージック)p. 出典『いつも心にDIAMONDS』 渡辺敦子著(ビー・アール・サーカス)pp. 44-46• 出典『PRINCESS PRINCESS』(シンコーミュージック)p. 出典『プリンセス・プリンセスだった! 』富田京子著(史輝出版)pp. 30-35・『STAR BOX ARTIST FILE』(シンコーミュージック)pp. 20-22• 出典『いつも心にDIAMONDS』 渡辺敦子著(ビー・アール・サーカス)p. 出典『Heavenly Days』(ソニーマガジンズ)p. 168• 『』2012年4月8日放送分より• 出典『プリンセス・プリンセスだった! 』富田京子著(史輝出版)pp. 121-122• 2012年1月6日. 2012年1月6日閲覧。 2015年8月28日. 2015年8月28日閲覧。 2019年5月10日閲覧。 2019年5月10日閲覧。 2019年5月10日閲覧。 2019年5月10日閲覧。 2019年5月10日閲覧。 2019年5月10日閲覧。 2019年5月10日閲覧。 フジテレビ 2006年6月23日. 2014年10月17日閲覧。 フジテレビ 2014年3月9日. 2014年10月17日閲覧。 フジテレビ 2014年2月11日. 2014年10月30日閲覧。 フジテレビ 2006年6月23日. 2014年10月17日閲覧。 2014年8月13日. 2014年10月30日閲覧。 参考文献 [ ]• たった5つの冴えたやり方(シンコーミュージック) - によるインタビュー集• OVER and EVER(「PRINCESS 2 PANIC TOUR'96 解散を遊ぼう〜FINAL〜」ツアーパンフレット)• HELLO, Good-bye(シンコーミュージック)• Heavenly Days(ソニーマガジンズ)• Signs And Wonders(シンコーミュージック)• STAR BOX ARTIST FILE(シンコーミュージック)• いつも心にDIAMONDS(ビー・アール・サーカス) - 著• プリンセス・プリンセスだった! (史輝出版) - 著• 月刊カドカワ 1991年7月号「立体特集プリンセス・プリンセス」(角川書店)• 月刊View 1996年4月号「プリンセス・プリンセスはなぜ解散しなければならなかったのか」(講談社) 外部リンク [ ]• - チャンネル.

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