しゅり じょう 沖縄 世界 遺産 火災。 世界遺産:沖縄の首里城消失。親子で学ぶ時事問題

沖縄の世界遺産『首里城跡』の魅力を徹底解剖!パワースポットも要チェック!

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気になるところから読む• 首里城で火災が発生 正殿・北殿・南殿が全焼 那覇・首里城で火災、消火活動中 正殿と北殿は全焼か 那覇市の の正殿付近で火災が発生し、現在も消化活動中です。 正殿と北殿が全焼したとみられています。 首里城跡は2000年に世界遺産登録。 住民は「私たちにとって神様みたいな存在。 涙で言葉が出ない」。 — 朝日新聞デジタル編集部 asahicom 沖縄県那覇市にある首里城で火災が発生したとの報道がありました。 沖縄県警によると、31日午前2時50分ごろ那覇市の首里城で「正殿で火災が起きている」と110番通報があり、消防車10台以上が出動して消火活動にあたっています。 那覇署によると、首里城の正殿、北殿、南殿が全焼。 正殿前にある御庭(うなー)に入る入り口の「奉神門(ほうしんもん)」や、南殿に隣接する「書院」にも燃え広がっている。 いずれも木造の建造物。 火の勢いがおさまらないことから、署は首里城近くに住む周辺住民に対し、近くの公民館へ避難するよう誘導を始めた。 火災に気づいたのは、首里城の警備員。 警備システムのセンサーで熱反応があり、確認したところすでに正殿から火の手が上がっていたという。 正殿には31日未明まで、開催中の「首里城祭」の関係者が作業をしていたという。 出火当時は帰宅しており、出火原因との関係はわかっていないが、署は首里城公園の関係者やイベントの関係者に事情を聴いている。 首里城といえば「首里城跡」が2000年に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」が世界遺産に登録されており、建物自体は1992年に復元されたばかりでした。 「守礼門」が2000円札の絵柄に選ばれるなど、多くの人々から愛され、親しまれてきた首里城。 なぜ今回火災が発生することとなったのでしょうか? 首里城火災による祭りの中止については『』の記事でもまとめていますので是非一緒にチェックしてみてくださいね。 スポンサーリンク 首里城出火の原因はなぜ?放火の可能性について調査 現在、報道では正殿・北殿・南殿が全焼し門などに延焼中で鎮火していないとの事。 ショック過ぎて…。 首里城では10月27日より「首里城祭」のイベントが開催中で、31日未明は正殿前の「御庭」に午前1時半頃までイベント会社の従業員が機材設営作業をしていたとされています。 火災発生が午前2時40分ごろと深夜だったこともあり、出火当初はネットで 「放火だ」とする声が多くあがっていました。 しかし防犯カメラの映像解析後も不審者の発見情報などは出ておらず、今のところ 放火の線は薄くなっています。 消防によると、現段階で今回の火災の原因は 「輻射熱(ふくしゃねつ)による自然発火」によるものの可能性があると報じています。 輻射熱(ふくしゃねつ)とは、遠赤外線の熱線によって直接伝わる熱のことですね。 太陽や薪ストーブの熱などもこの輻射熱に入ります。 専門家などは大規模に延焼した理由として• 木造であったこと• 赤い塗装に沖縄独特の桐油(とうゆ)や、下地に漆を塗っていたことから火の勢いが強まった• 屋内にスプリンクラーが設置されていなかった などを挙げ、消防設備の不十分さを指摘する声があがっています。 再建の際には、再発防止のための対策が必要不可欠となりますね。 首里城放火の犯人や不審者情報については『』でまとめていますので是非一緒にチェックしてみてくださいね! スポンサーリンク 首里城を復元・再建する場合の費用や期間はいくらになる? ここから立ち上がったんだ。 大丈夫。 また建て直せる。 内閣府によると、このとき 首里城の復元にかかった総事業費は1986~2018年度の33年間で 約240億円!! 再建をする場合はこれと同等か、それ以上の期間や費用がかかることが予想されますね。 しかし、沖縄のシンボルとして観光面でも首里城の存在意義は大きいため、政府関係者は早期再建に意欲を示しているそうです。 沖縄県民のみならず、国内外から 「首里城を再建して欲しい」という声は上がっており、すでに沖縄県、那覇市、熊本県、ハワイなどで義援金や寄付金を募る活動が始まっているのだとか。 復元・再建の期間は現在のところまだわかっていませんが、今後再建に向けた活動が加速すれば早い段階で方針が明らかになるかもしれませんね。 こんな跡形もなくなるなんて思ってもみなかった。 放火か事故か分からないけど、再建出来るといいなぁ。 世界遺産消失が続いていて悲しい。 まるで映画のワンシーンのようで、これが現実に起こったとは今でも信じられません。 また沖縄の地に、美しい首里城が再建されることを願ってやまないですね。 スポンサーリンク まとめ 今回は、大規模な火災が起こった首里城について調査しました。 10月31日未明に首里城の正殿から出火し、北殿・南殿も全焼したと伝えられています。 出火原因については、消防の報告で「輻射熱による自然発火」の可能性が高いとされており、放火の線は薄くなっています。 また、内閣府によると第二次世界大戦時に焼失した首里城を再建した際は 33年間で約240億円がかかっていました。 今回復元再建する場合もかなりの期間と費用を要することが予想されていますが、義援金や寄付金募集の活動が始まっているなど、再建を願う活動は国内だけでなく海外でも起こっているようですね。 首里城火災関連の記事については『』でまとめていますので是非一緒にチェックしてみてくださいね! 最後までお読みいただきありがとうございました!.

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「首里城火災は中学生の放火」「犯人は外国人」と拡散、無根拠のデマやヘイトに注意を

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首里城で火災... 正殿などが消失 10月31日午前2時41分、世界遺産の首里城跡に復元された正殿で、火災報知器が反応し、警備会社から「火が出ている」との通報があった。 消防車約30台、隊員約100人による大規模な消火活動が行われたが、火の勢いは弱まることはなく... 正殿と北殿、南殿など計7棟が消失。 午後1時半ごろに鎮火した。 正殿の左側が勢いよく燃えていたことが目撃されているが、出火原因はいまだ分かっていない。 首里城では、10月27日から琉球王国の儀式を再現するイベント「首里城祭」が開かれていた。 この週末には、首里城公園内をたくさんのキャンドルの明かりで彩る「万国津梁 ばんこくしんりょう の灯火」が催される予定だったという。 事務局によると、関係者は少なくとも30日深夜まで準備を進めていたが、出火時には誰もいなかったとみられ、キャンドルなどの用意もしていなかったという。 「直撃LIVEグッディ!」は現地から中継で最新情報を伝えた。 出火は正殿の内部とみられる 木下康太郎フィールドキャスター: 取材をしたところ、出火発覚の経緯が分かってきました。 31日午前2時40分ごろ、中庭に常駐している警備員が、正殿内部にある火災報知器が作動したため、正殿の左側にあるシャッターへ向かいました。 シャッターを開けたところ、内部からものすごい勢いで煙があふれ、あわてて消防に通報したということです。 警備員が外から目視で火災に気付かなかった理由として、消防は「おそらく正殿の内部から出火があり、中に火や煙がたまっていたため、外から目視で確認することができなかったのではないか」と話しています。 消防は、正殿の内部から火が出たものと見て調べを進めています。 木下康太郎フィールドキャスター: 正殿の内部には、屋内用の消火栓はありましたが、自動で作動するスプリンクラーは設置されていないということが分かりました。 建物の周りの地中にも放水システムが埋められているということですが、これは人が起動して初めて作動するものです。 軒下には「ドレンチャー」という延焼を防ぐ放水システムが設置されていましたが、出火時に作動していたかどうか、消防が確認中ということです。 外からの火に対して守る設備はありますが、中から火が出た時に自動で消すものはない。 建物の中から出火することは想定していなかったと考えられます。 燃えやすい状況で風が供給された 火災の原因は何なのか?グッディ!は日本防火技術者協会理事・鈴木弘昭さんをゲストに招き、考えられる原因について解説していただいた。 安藤優子: シャッターを開けたら、ものすごい勢いで煙が出てきたということですが、この時にはすでに、火災が発生してから相当時間が経っていたと考えられますか? 鈴木弘昭氏: そう思います。 シャッターを開けた時、本来なら炎が見えていいはずですが煙だけしか見えなかった。 ということは、 天井があって、その天井の裏に炎があった可能性も考えられます。 風向きに関しては北北東の風速3. 風は強いわけではなく、緩やかに吹いているという状況です。 北北東ということは、火元とみられる正殿の左側から風が吹いています。 正殿の左側から北殿に延焼し、そして風に乗って南殿や周辺へ延焼していったというのは、何となく合点が行くかなと思います。 安藤優子: 一時期は火の粉が飛び散って、周りの住民の方が避難を促されていた状況だということで。 まず鈴木さん、風速3. 5mの風というのは、火災の広がりとどのように影響しあったと思われますか。 鈴木弘昭氏: 映像見てお分かりと思いますが、結構風は強いです。 安藤優子: この木造の上に瓦屋根が乗っている造りになっていますが、見るも無残に全てが焼け落ちて崩れていくような状況でした。 こんなにも燃えるものなんでしょうか。 鈴木弘昭氏: 炎が全体的に広がってしまうと、ものすごい熱量になりますので。 そうすると一気に落ちてしまうと思います。 大村正樹フィールドキャスター: 正殿には、火災報知器はありましたが、スプリンクラーはありませんでした。 鈴木さんの見解では... 火災発覚が遅かったことが考えられる <なぜ ここまで燃え広がった?> 鈴木さんの見解によると... ・「全体的に燃え広がった要因として、火災発覚が遅かったと考えられる。 出火元は天井裏の可能性も?」 ・出火場所が天井裏の場合、天井裏が燃え落ちるまで警報が作動せず、発見まで1~2時間かかることもある 安藤優子: 仮に出火元が天井裏だとした場合、何が出火の原因だと考えられますか? 鈴木弘昭氏: 天井裏だと通常は人は入れませんから、電気の線だけですよね。 電線も電気を使って無ければそこに熱が発生することはないんですが、イベントが行われている、あるいは準備をしているとなると、どこかで電気をたくさん使っていて。 例えば、作業をしている人たちが電気を消さないまま作業を終えたとすると、電気は使っている間ずっと発熱しているんです。 発熱していても通常の状態だと、空気に触れて冷やされて火事になる状況にはありません。 ところが、電力をある一カ所で使いすぎると電線系統がいわゆる過電流になるわけです。 それで電線の被覆材がいっぺんに燃えてしまう。 その時に一か所からではなくすーっと全体的に燃えてしまうんです。 ですから、結構大きな発火源になります。 ヨネスケ: ネズミがかじったなんていうのは? 鈴木弘昭氏: ありますね。 ネズミがかじって、電線がそのままむき出しになって。 そういうところで何かの拍子で出火しやすくなるということもないとは言えないですね。 安藤優子: ひとたびこういうものを消失してしまった時に、いかに元に戻すことが困難か。 それほど価値があるものということだと思いますが。 パリでもノートルダム大聖堂が燃え落ちた時、パリの皆さんはぼう然として見ていましたが、本当に同じような気持ちになりますよね。 田村勇人弁護士: 物がなくなったことは悲しいことですが、沖縄って大国のはざまだったり悲しい歴史がいっぱいあるじゃないですか。 そこから復興する、悲しみをたたえながらも強く復興する、その強さはまだ失われていないので、それを日本国民全体として支援していきたいなと思います。 大村正樹フィールドキャスター: 琉球というのは鎖国時代の日本において、貿易の要衝になった場所もありまして、琉球というと特別な場所ですよ。 今から140年前に琉球王国は崩壊し、沖縄県が誕生し、首里城は残っていました。 1925年、戦前に国宝に指定されましたが、沖縄で地上戦が行われたことによって、首里城は消失してしまいました。 この時、沖縄の皆さんの悲しみは大変なものがありました。 それが30年前から復元が始まりまして、92年に一部が公開され、93年には大河ドラマで首里城もロケに使われて、一躍全国区となりました。 それが少しずつ復元されて、2019年2月、ようやくすべての復元作業が完了して、やっと首里城が元に戻ったという記念すべき年に、半年後にこんなことになってしまった。 沖縄の皆さん、いろんな悲しみがあると思います。 安藤優子: 沖縄の方たちにとってみれば琉球王国、自分たちの独自の文化をはぐくんできた心の拠り所であり、皆さんの誇りのシンボルだったと思うんです。 それだけにこれを、なすすべもなく消失してしまったことに対しての悲しみは尽きないと思います。 それは沖縄の方だけではなく、日本中が、もっと言えば世界の人たちが、今回の火災についての消失を悼んでいると思います。 (「直撃LIVE!グッディ」10月31日放送分より).

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首里城(しゅりじょう) 琉球王国の象徴

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首里城で火災... 正殿などが消失 10月31日午前2時41分、世界遺産の首里城跡に復元された正殿で、火災報知器が反応し、警備会社から「火が出ている」との通報があった。 消防車約30台、隊員約100人による大規模な消火活動が行われたが、火の勢いは弱まることはなく... 正殿と北殿、南殿など計7棟が消失。 午後1時半ごろに鎮火した。 正殿の左側が勢いよく燃えていたことが目撃されているが、出火原因はいまだ分かっていない。 首里城では、10月27日から琉球王国の儀式を再現するイベント「首里城祭」が開かれていた。 この週末には、首里城公園内をたくさんのキャンドルの明かりで彩る「万国津梁 ばんこくしんりょう の灯火」が催される予定だったという。 事務局によると、関係者は少なくとも30日深夜まで準備を進めていたが、出火時には誰もいなかったとみられ、キャンドルなどの用意もしていなかったという。 「直撃LIVEグッディ!」は現地から中継で最新情報を伝えた。 出火は正殿の内部とみられる 木下康太郎フィールドキャスター: 取材をしたところ、出火発覚の経緯が分かってきました。 31日午前2時40分ごろ、中庭に常駐している警備員が、正殿内部にある火災報知器が作動したため、正殿の左側にあるシャッターへ向かいました。 シャッターを開けたところ、内部からものすごい勢いで煙があふれ、あわてて消防に通報したということです。 警備員が外から目視で火災に気付かなかった理由として、消防は「おそらく正殿の内部から出火があり、中に火や煙がたまっていたため、外から目視で確認することができなかったのではないか」と話しています。 消防は、正殿の内部から火が出たものと見て調べを進めています。 木下康太郎フィールドキャスター: 正殿の内部には、屋内用の消火栓はありましたが、自動で作動するスプリンクラーは設置されていないということが分かりました。 建物の周りの地中にも放水システムが埋められているということですが、これは人が起動して初めて作動するものです。 軒下には「ドレンチャー」という延焼を防ぐ放水システムが設置されていましたが、出火時に作動していたかどうか、消防が確認中ということです。 外からの火に対して守る設備はありますが、中から火が出た時に自動で消すものはない。 建物の中から出火することは想定していなかったと考えられます。 燃えやすい状況で風が供給された 火災の原因は何なのか?グッディ!は日本防火技術者協会理事・鈴木弘昭さんをゲストに招き、考えられる原因について解説していただいた。 安藤優子: シャッターを開けたら、ものすごい勢いで煙が出てきたということですが、この時にはすでに、火災が発生してから相当時間が経っていたと考えられますか? 鈴木弘昭氏: そう思います。 シャッターを開けた時、本来なら炎が見えていいはずですが煙だけしか見えなかった。 ということは、 天井があって、その天井の裏に炎があった可能性も考えられます。 風向きに関しては北北東の風速3. 風は強いわけではなく、緩やかに吹いているという状況です。 北北東ということは、火元とみられる正殿の左側から風が吹いています。 正殿の左側から北殿に延焼し、そして風に乗って南殿や周辺へ延焼していったというのは、何となく合点が行くかなと思います。 安藤優子: 一時期は火の粉が飛び散って、周りの住民の方が避難を促されていた状況だということで。 まず鈴木さん、風速3. 5mの風というのは、火災の広がりとどのように影響しあったと思われますか。 鈴木弘昭氏: 映像見てお分かりと思いますが、結構風は強いです。 安藤優子: この木造の上に瓦屋根が乗っている造りになっていますが、見るも無残に全てが焼け落ちて崩れていくような状況でした。 こんなにも燃えるものなんでしょうか。 鈴木弘昭氏: 炎が全体的に広がってしまうと、ものすごい熱量になりますので。 そうすると一気に落ちてしまうと思います。 大村正樹フィールドキャスター: 正殿には、火災報知器はありましたが、スプリンクラーはありませんでした。 鈴木さんの見解では... 火災発覚が遅かったことが考えられる <なぜ ここまで燃え広がった?> 鈴木さんの見解によると... ・「全体的に燃え広がった要因として、火災発覚が遅かったと考えられる。 出火元は天井裏の可能性も?」 ・出火場所が天井裏の場合、天井裏が燃え落ちるまで警報が作動せず、発見まで1~2時間かかることもある 安藤優子: 仮に出火元が天井裏だとした場合、何が出火の原因だと考えられますか? 鈴木弘昭氏: 天井裏だと通常は人は入れませんから、電気の線だけですよね。 電線も電気を使って無ければそこに熱が発生することはないんですが、イベントが行われている、あるいは準備をしているとなると、どこかで電気をたくさん使っていて。 例えば、作業をしている人たちが電気を消さないまま作業を終えたとすると、電気は使っている間ずっと発熱しているんです。 発熱していても通常の状態だと、空気に触れて冷やされて火事になる状況にはありません。 ところが、電力をある一カ所で使いすぎると電線系統がいわゆる過電流になるわけです。 それで電線の被覆材がいっぺんに燃えてしまう。 その時に一か所からではなくすーっと全体的に燃えてしまうんです。 ですから、結構大きな発火源になります。 ヨネスケ: ネズミがかじったなんていうのは? 鈴木弘昭氏: ありますね。 ネズミがかじって、電線がそのままむき出しになって。 そういうところで何かの拍子で出火しやすくなるということもないとは言えないですね。 安藤優子: ひとたびこういうものを消失してしまった時に、いかに元に戻すことが困難か。 それほど価値があるものということだと思いますが。 パリでもノートルダム大聖堂が燃え落ちた時、パリの皆さんはぼう然として見ていましたが、本当に同じような気持ちになりますよね。 田村勇人弁護士: 物がなくなったことは悲しいことですが、沖縄って大国のはざまだったり悲しい歴史がいっぱいあるじゃないですか。 そこから復興する、悲しみをたたえながらも強く復興する、その強さはまだ失われていないので、それを日本国民全体として支援していきたいなと思います。 大村正樹フィールドキャスター: 琉球というのは鎖国時代の日本において、貿易の要衝になった場所もありまして、琉球というと特別な場所ですよ。 今から140年前に琉球王国は崩壊し、沖縄県が誕生し、首里城は残っていました。 1925年、戦前に国宝に指定されましたが、沖縄で地上戦が行われたことによって、首里城は消失してしまいました。 この時、沖縄の皆さんの悲しみは大変なものがありました。 それが30年前から復元が始まりまして、92年に一部が公開され、93年には大河ドラマで首里城もロケに使われて、一躍全国区となりました。 それが少しずつ復元されて、2019年2月、ようやくすべての復元作業が完了して、やっと首里城が元に戻ったという記念すべき年に、半年後にこんなことになってしまった。 沖縄の皆さん、いろんな悲しみがあると思います。 安藤優子: 沖縄の方たちにとってみれば琉球王国、自分たちの独自の文化をはぐくんできた心の拠り所であり、皆さんの誇りのシンボルだったと思うんです。 それだけにこれを、なすすべもなく消失してしまったことに対しての悲しみは尽きないと思います。 それは沖縄の方だけではなく、日本中が、もっと言えば世界の人たちが、今回の火災についての消失を悼んでいると思います。 (「直撃LIVE!グッディ」10月31日放送分より).

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