名古屋 大学 ドラフト。 異色のドラフト候補 名古屋大のエース左腕・松田亘哲はバレー部出身

ついに「おひさま」がプロ野球選手へ!日向坂46渡邉美穂推しの名古屋大・松田亘哲投手が中日ドラゴンズ育成ドラフト1位指名

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桜咲く野球場 2019年のプロ野球ドラフト会議がいよいよ開催されます。 今年も数多く逸材が揃う中でひそかに話題となってる選手がいます。 名古屋大学の松田亘哲投手です。 名古屋大学といえば旧帝国大学の1つで受験生にとっても超難関の国立大学です。 天野浩氏、益川敏英氏などのノーベル賞受賞者を輩出し、経済界でもトヨタ自動車の元会長豊田章一郎氏、現会長内山田竹志氏、日本経団連会長榊原定征氏など数多くの著名人がOBにいます。 逆に名門国立大学故にスポーツ界では無名に近い名古屋大学ですが、最近ではOGの鈴木亜由子選手が東京オリンピックの代表選考レースとなるマラソングランドチャンピオンシップで2位となり、2020年の東京オリンピックへの出場が内定しています。 そんな名古屋大学の体育会にもう一つ明るいニュースが舞い込みました!地元球団中日ドラゴンズが野球部松田亘哲投手を育成選手としてドラフト指名しました。 松田投手とはいったい何者でしょうか?早速紹介したいと思います! 関連記事: 目次• 名古屋大学松田亘哲投手とは?異色の球歴?! そもそも国立大学の野球部といえば東京六大学に加盟する東京大学は有名ですが、名古屋大学の野球部ってお世辞にも強豪ではありません。 そんな野球部に所属する投手がドラフト指名候補に挙がるって一体松田投手とはどんな投手なのでしょうか? 松田投手のプロフィールと球歴 松田投手のプロフィールと球歴については以下の通りです。 氏名 松田亘哲(まつだひろあき) 出身 愛知県岩倉市 生年月日 1997年5月16日 所属 名古屋大学硬式野球部 学部 経済学部 投打 左投左打 身長 176㎝ 体重 83㎏ 最高球速 148㎞ 球種 カーブ、スライダー、カットボール、 チェンジアップ 小学生時代 岩倉北小学校野球部 中学生時代 岩倉中学校・軟式チーム小牧JBC 高校生時代 愛知県立江南高校バレーボール部 以上です。 って高校時代はバレーボール部?!しかも中学までは軟式野球?!プロ野球のドラフト指名される選手としては球歴だけでもかなり異色です。 硬式野球は名古屋大学進学後に初めて握ったということですが、左腕で最速148㎞というのはかなりの驚異でプロ野球界でも重宝されます。 中学までは軟式野球のクラブチームで土日のみの練習、高校バレーボール部ではリベロとしてプレイし、野球は中学で終わりと決めていたとのこと。 しかし野球のことを忘れられずに名古屋大学で硬式野球部に入部、中学時代は160㎝しか身長がなくあきらめた野球でしたが、高校時代に175㎝まで身長が伸びたことで野球を再び始めることになります。 それでも大学入学直後は線が細かったため、大学時代は食生活を見直し1日5食5,000kcalを摂るようにしピッチャーとしてしっかりした体格を築きます。 その後めきめきと球速もアップし1年時には120㎞ほどだった球速は最速148㎞まで伸びました。 こうして松田投手はプロのスカウトが注目するほどの成長を遂げていきます。 松田投手の大学時代の実績は? 松田投手が所属する名古屋大学野球部は愛知大学野球リーグの3部に属します。 1部には愛工大、愛知学院大、中京大などの名門大学が属しプロ野球選手も輩出していますが、1部経験はなく2部に属していた時期は16年秋、17年秋、18年春と3季あります。 松田投手自身は、1年秋から救援投手として初めてベンチ入りしリーグ戦に出場、2年秋から先発投手としてチームをけん引してきました。 2部リーグに所属していた2年の秋には、元西武で活躍した豊田清投手を輩出した同朋大学を相手に初完封勝利を記録します。 3年の春には元中日の大豊泰昭選手を輩出した名商大に8回1安打2失点と好投し、一気にプロ球団のスカウトからも注目され始めます。 そして4年生の春に名古屋大学は松田投手の活躍により3部リーグで優勝を果たし、2部の名古屋経済大学との入れ替え戦に臨みますが敗退。 現在も3部リーグとなります。 全国大会に出場することもなかったため全国の強豪校との対戦経験も乏しいですが、2019年の秋のリーグ戦にはプロ7球団のスカウトが熱視線を送りました。 それでは一体全体、松田投手を指名するプロ球団はあるのでしょうか? プロ野球スカウトの評価は? 松田投手自身は大学での野球経験を通じて上の世界でのプレーすることを目指しています。 第一希望はプロ野球でありながらも指名されなければ社会人野球や独立リーグでのプレイ続行を目標としていました。 7球団のスカウトが視察に来たという話がありますのでプロ球団側も指名を検討していたようです。 それではスカウトの評価はどうなのでしょうか?• バランスの良い投手、上半身は細いが下半身はしっかりしているのではないか。 足腰がしっかりしていて伸びしろを感じる• 直球はキレがよく、変化球も腕が良く振れている• 今年のドラフトは左の投手が少ないので貴重、将来性も感じる と好投手とはいえ高校野球も経験していない3部リーグでの投手がゆえに、強豪チームとの対戦もあまりなく実力が測りきれないというのが正直な評価だと思います。 しかし一方で投手として消耗されていない点や将来性を評価する球団もあるのではないでしょうか? ドラフトで指名される場合は下位になることが予想されていましたが、地元中日をはじめ日ハム、広島、ヤクルト、西武などにリストアップされていたようです。 そして地元球団の中日ドラゴンズが育成選手としてドラフト指名しました。 本人も入団に前向きの姿勢です。 まだまだこれからの投手と言えますが、何と言っても最高球速148㎞ですので、プロの世界で実績を積めば十分光る原石となるのではないでしょうか?国立の名古屋大学から史上初のプロ野球選手が誕生します! 国立大学出身のプロ野球選手って何人いるの? 国立大学と聞けば、まず真っ先に頭に浮かぶのが受験の難易度が高いというイメージではないでしょうか?国立大学は私立大学に比べて授業料も安く就職率も良いので受験生の人気度は高いです。 一方で国立大学は本業である学問に力を入れるため体育会の運動部、特に野球部の強豪校はあまりありません。 六大学の東京大学は言わずと知れた日本の最高峰の大学ですが、全国から野球の上手い秀才たちが集まります。 また筑波大学は体育学部に相当する体育専門学群もあるのでサッカー、ラグビーでも強豪です。 これらの大学は特殊ですが、そんな国立大学出身のプロ野球選手は一体何人いるのでしょうか? 大学名 人数 出身選手と入団チーム 筑波大学 7人 西本和美(巨人)、渡辺正和(ダイエー)、小林昭則(千葉ロッテ)、杉本友(オリックス)、藤井淳志(中日)、坪井俊樹(千葉ロッテ)、寺田光輝(横浜DeNA) 東京大学 6人 新治伸治(大洋)、井出峻(中日)、小林至(ロッテ)、遠藤良平(日本ハム)、松家卓弘(横浜)、宮台康平(日本ハム) 東京学芸大 2人 栗山英樹(ヤクルト)、加藤武治(横浜) 横浜国立大 2人 長富政武(大洋)、北川智規(オリックス) 静岡大学 2人 杉山光平(近鉄)、奥山皓太(阪神) 大分大学 1人 荒巻淳(毎日大映) 愛媛大学 1人 重松省三(大洋) 鳥取大学 1人 山根俊英(大毎) 高知大学 1人 福田岳洋(横浜) 広島大学 1人 久保祥次(広島) 和歌山大学 1人 久喜勲(西日本) 京都大学 1人 田中英祐(千葉ロッテ) 滋賀大学 1人 関口雄大(横浜) 名古屋大学 1人 松田亘哲(中日) 千葉大学 1人 稲垣正夫(東映) 群馬大学 1人 神田直輝(巨人) 秋田大学 1人 滝田政治(急映) 以上、17大学31名が国立大学出身のプロ野球選手です。 地方の国立大学からの入団も多いですが、昭和の戦後や大学になる前の旧制高等学校のものもあります。 旧帝大は東大、京大のみで、野球部が強い北海道大学は1名もいませんでした。 2019年は阪神、中日に静岡大学、名古屋大学から1名ずつ育成ドラフトで指名されました。 ちなみにプロ野球選手を多く輩出している大学は、明治大学146人、法政大学144人、早稲田大学116人の六大学の名門大学3校が圧倒的に多く駒澤大学74人、日本大学70人と私立大学が続き、最も多い筑波大学でも50位前後に位置します。 国公立大学からプロの世界へ行ける選手はほんのひと握りでやはりかなり狭き門、それだけ話題になるというのもうなずけます。 まとめ 国立大学の名古屋大学から地元中日ドラゴンズにプロ野球の育成ドラフトで指名された松田投手の球歴や実績を紹介しました。 その異色の球歴や実績は、• 中学までは軟式野球、高校時代はなんとバレーボール部に所属し硬式野球は大学に入学してから• 名古屋大学野球部は愛知大学野球の3部に属し、2部昇格はあるが1部経験はない• 入学当初120㎞だった球速が最高球速148㎞まで伸び、一躍プロのスカウトから注目されることに• プロの中日、日ハム、広島、ヤクルト、西武が候補にリストアップしていた などです。 また歴代の国立大学出身のプロ野球選手は、• 筑波大学の7人、東京大学の6人、東京学芸大学、横浜国立大学、静岡大学の2人が上位• 地方の国立大学や京都大学からは1人ずつ計17校からプロへ入団している と私立大学に比べて圧倒的に少ないですが、それだけプロへ入団するとなると話題になります。 旧帝大では東大、京大のみですので名古屋大の松田投手は帝大3校目のプロ野球選手となりそうです。 育成ドラフトで指名され入団契約が済めば晴れて帝大3校目のプロ野球選手の誕生です!.

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育成選手の指名が始まると、一本の電話が この日は午後5時から名古屋大シンポジオンホールでドラフト会議のパブリックビューイングが開かれた。 その壇上には松田と服部匠監督の姿があった。 会場にはテレビカメラ5台が並び、駆けつけた記者も約30人いた。 野球部の仲間たちも笑顔でシートに陣取っていた。 全国の選手たちが次々と指名されていく。 松田は笑顔を見せながら運命の瞬間を待っていた。 指名が5巡目に入った6時40分ごろ、記者は50人ほどに増えてきた。 「そろそろか?」と、会場の誰もが前のめり。 とくに中日の指名で別の選手の名前が呼ばれると、会場にため息がもれた。 松田は正面を見たまま何度もうなずき、次の指名を待った。 6巡目には選択終了を表明する球団も出始め、8巡目を終えてすべてのチームが選択終了となった。 その瞬間、モニターを見ていた松田は笑みを浮かべ、また何度もうなずいた。 育成選手の指名が始まってすぐに、服部監督へ中日ドラゴンズから電話が入った 休憩を挟み、7時25分に育成選手の指名が始まった。 その直後、服部監督に一本の電話が入った。 松田を見てうなずくと、電話を切る。 松田は姿勢を正すと、遠くを見た。 そして中日ドラゴンズからの指名。 会場が歓喜に包まれる中、松田は笑いながら、どこか困ったような表情を浮かべた。 「たくさんの方に見られてるから、どう喜んだらいいのかと悩んでしまったんです」。 のちに松田はそのときの心境を教えてくれた。 中日ドラゴンズから指名された瞬間、松田はなんとも言えない顔をしていた プロになっても「考える野球」を貫く すぐに記者会見が始まり、服部監督は「ただただホッとしたのに尽きます。 振り返りますといまから3年半前、名古屋大学のグラウンドに彼が初めて顔を出したとき、高校時代はバレー部と聞いて、正直一緒にやっていけるのかという不安がありました。 ですが『ピッチャーをやりたいんです』とはっきり言いました。 そのときの私は今日、このようなことになるとは夢にも思っていませんでした」と語った。 そして松田はというと「本日はお忙しいところに、たくさんの方々に来ていただきありがとうございました。 頭が真っ白になっておりまして、本日は、え~と、本日は……(笑)。 どうぞよろしくお願いします」と、この日一番の緊張ぶりを露呈した。 プロになっても「危なくないようであれば、いまのところはメガネはつけたままプレーをしたいです」と松田 それでも「自分は大学のチームメイトにすごく恵まれてて、その中で野球を伸び伸びとできたんで、これだけ成長することができたのかなと思ってます。 自分はまだ劣ってるところがたくさんあります。 自分は野球をたくさん考えてここまできたので、プロになっても野球についてたくさん考えて、一歩一歩成長できたらいいなと思ってます」。 力強くそう言って、プロとしての第一歩を踏み出した。 4years. は大学スポーツに関する総合情報サイトです。 陸上・駅伝、アメフト、野球、ラグビー、サッカー、バスケ、バレー、ラクロスをはじめ、あらゆる競技について全力で独自取材したヒューマンストーリーをお届けしています。 そのほか、全国大学選手権(インカレ)などのビッグイベントに関する特集や、東京オリンピック・パラリンピック出場を目指す学生アスリートたちの特集、理系学部で学ぶアスリートの文武両道についての連載など、さまざまな視点から大学スポーツをとらえていきます。 大学スポーツに取り組める「4年間」という限られた時間に情熱を注ぐ彼ら、彼女らには、数限りないドラマがあります。 そのドラマに一つでも多く寄り添い、いつか大学スポーツの会場をお客さんで埋めたい。 そんな思いで運営しています。

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松田亘哲投手は名古屋大学(学部は経済)からプロに!

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「野球に就職する」と退路を断って進路をプロ一本に絞った願いは空まで届いた。 名古屋大の松田亘哲は地元中日の育成1位指名を聞くと、ハッピーオーラ満開の笑顔で喜びを口にした。 「自分も愛知出身で、小さい頃から(中日を)応援させていただいていたので、大変光栄に思っています」 黒縁メガネがトレードマークの最速148キロ左腕は、異色すぎる経歴を持つ。 旧帝大の名古屋大というだけでも出色の存在だが、高校時代はバレー部で硬式野球は大学から始めた。 入学当初は最速120キロ。 どれだけ成長できるか未知数な中で、練習以外にも名古屋市内の整骨院でトレーニングを積むなど、プロ入りへわずかな光を追いかけた。 今秋のリーグ戦では登板全3試合で完投勝利(1完封)。 急激な成長曲線を描き「できるだけの援助はするから」と全面バックアップしてくれた両親との約束の地へたどり着いた。 名古屋大からのプロ入りとなれば史上初で、旧帝大からは東大、京大に次いで3校目。 高校野球未経験も前代未聞の快挙だ。 松田はイベントに通い詰めるほどの人気アイドルグループ「日向坂46」の渡邉美穂の大ファンでもある。 「曲を聴いたり、頑張っている姿を見ていると、本当に元気をもらえるんです」。 渡邉に負けじと、これからは自分の投球でファンに元気や希望を与える番だ。 「体が小さいから」と一度は諦めた野球。 大学入学から3年半で最高峰の舞台に手を掛けた。 「自分がそんなことを言える立場ではないかもしれませんが、野球を諦めた人がもう一度野球を頑張ってみようと思ってくれればうれしいです」。 バレー部で鍛えた体のバネと、酷使されていない肩肘を備えた松田の伸びしろは無限大。 与田監督からも「育成から支配下になれるよう頑張ってほしい。 地元選手の活躍は地元ファンも期待している」とメッセージを送られた。 「(同じ愛知出身のソフトバンク)千賀投手のように、はい上がっていければと思っています」。 待ちに待った、走り出す瞬間は訪れた。 プロの世界で誰よりも高く跳ぶ。

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