創価学会。 創価学会総本部/Soka Gakkai Headquarters Complex

「インド創価学会」に関するQ&A

創価学会

西 紀 年 号 月 日 事 蹟(敬称略) 1928 昭和3年 6月頃 牧口常三郎(後の創価学会初代会長)・戸田城聖(2代会長) 法華講信徒三谷素啓により折伏され日蓮正宗に入信 1930 昭和5年 11月18日 牧口常三郎 創価教育学会を創立 1943 昭和18年 7月 6日 牧口常三郎・戸田城聖 治安維持法違反・不敬罪等の罪状により拘引 1944 昭和19年 11月18日 牧口常三郎 獄中にて逝去 1946 昭和21年 3月頃 戸田城聖 創価教育学会を「創価学会」と改称し再建 1947 昭和22年 8月24日 池田大作 日蓮正宗に入信(現・東京昭倫寺にて) 1951 昭和26年 5月 3日 戸田城聖 創価学会第2代会長に就任 (東京常泉寺にて就任式を挙行) 12月18日 戸田城聖 宗務院の命により登山し、創価学会の宗教法人設立に際して3ヶ条遵守を約束 1)折伏した人は信徒として各寺院に所属させること 2)当山(日蓮正宗)の教義を守ること 3)三宝(仏・法・僧)を守ること 1952 昭和27年 4月24〜28日 宗旨建立七百年慶祝記念大法要奉修 8月27日 創価学会 東京都知事より宗教法人の認証をうける 1956 昭和31年 1月29日 戸田城聖 日昇上人御隠退表明を拝して『信者の大精神に立て』との談話を発表 「先代牧口先生当時から学会は猊座の事には一切関知せぬ大精神で通して来たし、今後もこの精神で一貫する。 これを破る者はたとえ大幹部といえども即座に除名する」(聖教新聞) 8月10日 戸田城聖 日淳上人に対し奉り「将来、もし学会が大きくなって、宗門に圧力をかけたり、あるいは内政干渉をするようなことがあったら、いつでも解散をお命じ下さい」と申し上げる(岡山妙霑寺落慶入仏式) 1958 昭和33年 3月30日 戸田城聖 法華講総講頭に任ぜられる 4月 2日 戸田城聖 逝去 1960 昭和35年 5月 3日 池田大作 創価学会第3代会長に就任(東京日大講堂) 1964 昭和39年 4月 1日 池田大作 法華講総講頭に任ぜられる 1972 昭和47年 10月11日 正本堂落成慶讃大法要(〜17日) 1974 昭和49年 4月12日 創価学会 宗門支配を画策 (山崎・八尋報告書「本山の件」) 5月10日 創価学会 宗門からの分離独立を画策 (北条報告書「本山の件」) 6月18日 創価学会 宗門からの分離独立を画策 (北条報告書「宗門の件」) 1977 昭和52年 1月15日 池田大作 第9回教学部大会で「仏教史観」を語る これより創価学会昭和52年教義逸脱路線が表面化 【52年路線の主なもの】 1)戸田会長の悟達が創価仏法の原点 2)大聖人直結、血脈・途中の人師論師不要 3)「人間革命」は現代の御書 4)会長に帰命、久遠の師、本門弘通の大導師、 主師親三徳 5)寺院・会館混同(寺院軽視) 6)謗法容認 7)在家でも供養を受けられる 8)学会僧宝論 1978 昭和53年 2月 9日 日達上人 創価学会の歴史的経過の上から教義逸脱路線の根源を指摘 2月22日 日達上人 2月12・14日の池田大作の御目通りの内容を公表 1)池田大作「手を切るのだけはやめてほしい」と懇願 2)日達上人「池田会長に日蓮正宗信徒の基本を徹底するよう」指南 6月29日 日蓮正宗 教師指導会で創価学会からの教義逸脱是正文書を公表 6月30日 創価学会 「教学上の基本問題について」(教義逸脱を是正)を発表(通 称「6. 30」) 9月28日 創価学会 模刻本尊7体を総本山に納める 11月 7日 創価学会 創立48周年記念登山代表幹部会において、池田大作 52年逸脱路線について謝罪(通称「お詫び登山」) 1979 昭和54年 4月24日 池田大作 学会問題の責任を取り会長を辞任し名誉会長となる 北條 浩 創価学会第4代会長に就任 4月26日 池田大作 学会問題の責任を取り法華講総講頭を辞任し名誉総講頭となる 5月 3日 日達上人 創価学会第40回本部総会において、池田名誉会長他首脳がそれまでの過ちを正直に反省したことを大前提として52年逸脱路線問題を収束される(創価大学体育館) 7月22日 日達上人 御遷化 日顕上人 第67世御法主に登座 12月 1日 北条 浩 『北条報告書』の件につき聖教新聞でお詫び 1980 昭和55年 4月 2日 池田大作 所感「恩師の23回忌に思う」で、52年路線は全て自分の指導に原因があると反省懺悔 (聖教新聞) 11月26日 日顕上人 創価学会創立50周年記念幹部登山において、52年路線の誤りを再度指摘し、下記について御指南 1)僧俗及び2つの法人の関係に対する認識 2)指導者中心のあり方 3)教学研鑽の基本姿勢(特に「学会にも指導者にも誤りは無かったという発言は許されない」と強調) 1981 昭和56年 7月18日 北條 浩 逝去 秋谷栄之助 創価学会第5代会長に就任 10月10〜16日 宗祖日蓮大聖人第七百遠忌奉修 1984 昭和59年 1月 2日 池田大作 法華講総講頭に再任される 1990 平成2年 7月17日 創価学会 宗門との連絡会議の席上、法主上人・宗門を一方的に批判し席を立つ(東京常泉寺) 10月6〜7日 12〜13日 大石寺開創七百年慶讃大法要(初会)奉修 大石寺開創七百年慶讃大法要(本会)奉修 11月16日 池田大作 創価学会第35回本部幹部会において、猊下、宗門、僧侶の蔑視・軽視発言 (52年逸脱路線無反省を露呈) 12月13日 日蓮正宗 創価学会との連絡会議の席上、池田大作の11月16日のスピーチについての『お尋ね』文書を学会に提出する 創価学会 「出所不明のテープを元にした文書は受け取れない」と受け取りを拒絶(東京常泉寺) 12月16日 日蓮正宗 創価学会へ『お尋ね』文書を発送 12月24日 日蓮正宗 創価学会からの12月23日付『お伺い』なる9項目にわたる事実無根・捏造の宗門批判文書を受信 12月27日 第130臨時宗会開催 宗規一部改正を議決 改正にともない総講頭・大講頭の資格喪失 1991 平成3年 1月 4日 創価学会 聖教新聞紙上で宗門批判キャンペーン開始 2月頃 創価学会 宗門の化儀を無視した『学会葬』始める 9月17日 秋谷栄之助 第46回本部幹部会で「宗門は天魔と化して、信者ドロボウに狂奔し」と発言 10月頃 創価学会・SGI 日顕上人退座要求署名運動を開始 10月21日 日蓮正宗 創価学会へ『通告文』を発送 学会葬などの化儀破壊行為を改めるよう通告 11月 7日 日蓮正宗 創価学会へ『解散勧告』 11月28日 日蓮正宗 創価学会及びSGIを『破門』(無関係の団体となる) 1992 平成4年 3月28日 日蓮正宗 創価学会が宗教法人の適格性を欠くため、東京都知事(当時鈴木俊一氏)に対し『意見書』を提出 8月11日 日蓮正宗 池田大作を信徒除名処分 1993 平成5年 9月 7日 創価学会 『ニセ本尊』作製発表 10月 1日 創価学会 『ニセ本尊』販売開始 1996 平成8年 11月18日 日蓮正宗 創価学会が宗教法人の適格性を欠くため、文部大臣(当時小杉隆氏)に対し『意見書』を提出 1997 平成9年 12月 1日 日蓮正宗 宗務行政措置を実施 この措置により、創価学会個人の日蓮正宗檀信徒資格が喪失した。 2002 平成14年 3月28日 創価学会 「創価学会会則」を改変(3月29日付「聖教新聞」) 2014 平成26年 11月 7日 創価学会 「創価学会会則」を改変し、大御本尊への信仰を放棄(11月8日付「聖教新聞」) 大御本尊への信仰を捨てた創価学会をただす —矛盾のスパイラルにおちいった創価学会—を発刊 今般、創価学会は会則を改変し、その説明として聖教新聞紙上に「弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません」と発表しました。 これは、創価学会の前身である創価教育学会が昭和5 1930 年に設立されて以来、80数年にわたって会員が等しく信仰の対境として尊崇してきた宗祖日蓮大聖人弘安二年十月十二日所顕の本門戒壇の大御本尊を放棄することを意味します。 信仰の世界において、礼拝の対象となる本尊は最も重視されなければなりません。 今回、創価学会が行った本尊義の改変は、教団の存立基盤を揺るがし、80数年の歴史を覆す大事件です。 日蓮大聖人を御本仏と立てながら、大聖人出世の本懐たる大御本尊を放棄するという致命的な過ちを犯した創価学会は、それを繕うため、いくつかの異説を唱えざるをえない状態に至りました。 まさしく創価学会は、はてしない矛盾のスパイラル(らせん状の進行)におちいったと言えましょう。 本書は、創価学会首脳部に誑惑される学会員を目覚めさせるため、会則を改変したことに伴う創価学会の本尊義と、それを言い繕うための邪説を破折するものです。 本書によって、迷える学会員が一人でも多く、本門戒壇の大御本尊まします富士大石寺の正法に帰依することを祈ってやみません。

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創価学会はなぜ社会から嫌われるのか

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実名入りで克明に描き出した努力は多とすべきですが、利害関係者以外には意味はないように思います。 後援会員獲得・票読みカードの提出・街頭演説や出陣式への参加などの個人目標が有り、その成績が立場に影響するのか、明らかにならないと巨大組織のエネルギーが理解できません。 ポスター貼りや、チラシ配布ならば地元のメンバーで足りるのではないでしょうか。 まず始めに、私は創価学会員である。 その立場をもってレビューさせて頂きたい。 最後まで拝読し、抱いた感想はピントがずれている--特に池田先生の存在を矮小化しているということ。 どうやら作者は池田先生をコップの中、日本国内の一実力者という型に嵌めて分析している。 だからピントがずれ、腑に落ちない部分が現れる。 僭越な意見になるが、池田先生の立っている場所は世界であるがゆえ、日本国内に限定してしまうと、どうしても零れ落ちてしまう部分が生まれる。 その零れ落ちてしまう部分とは、池田先生は世界超一流の人物であり、世界史に名を遺す偉人であること。 私個人の考えだと池田先生は世界の歴史にその名を記す偉大な人物であり、その活躍の一端に加われることを私は誇りに思っている。 自分達が頑張ることで池田先生が喜ばれる--その事実が何よりも嬉しい。 だから2009年の衆議院選は辛かった。 歴史に名を残す池田先生を悲しませることが何よりも辛かった。 満を持した2012年の衆議院選挙、そこで以前の議席に戻せたことで、前回の不甲斐ない結果を覆せたとホッとしたのを覚えている。 私から作者に要望を出すとすれば、池田先生の立ち位置を再定義して欲しい。 池田先生は歴史に名を残す人物と考えた者は池田先生が創った公明党や庶民を大切にする原理を宣揚しようと行動するのに対し、矢野や竹入、過去の学会員は単なる国内の一人物と侮ったからこそ反逆し、離れていった。 その視点を持つとずれていたピントが元に戻るのではと考える。

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創価学会の噂について会員に直接聞いてみた。悪質な勧誘ってマジであるの?

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「樒(しきみ)」と「榊(さかき)」は全然違う! 創価学会では、仏壇やお墓へのお供えによく使われる「樒(しきみ)」という植物。 見た目の似ている「榊(さかき)」と間違われることがありますが、じつは全然違います。 生花店やスーパーには、樒と榊をどちらも販売している店がありますので、間違わないように注意しましょう。 今回は、樒と榊の違いについて、いくつかの観点から見ていきたいと思います。 名前の由来 樒 シキミ科シキミ属の植物。 しきみは、猛毒をもつことから「悪しき実」と呼ばれ、「あしきみ」の「あ」が取れて、「しきみ」と呼ばれるようになったと言われています。 しきび、おしきみ、おしきび呼び方はいろいろあります。 独特の香りを持ち、樹皮や葉からは線香や抹香が作られることもあります。 その毒性と匂いから、土葬の時代、魔除けや死臭を打ち消すため、また野生動物などを遠ざけて墓を守るために植えられたようです。 榊 ツバキ科サカキ属の植物。 榊は「神」と「木」を合わせた字で、神様と関わりのある木であるとされています。 語源については諸説ありますが、神と人間の境界にある木であることから「境木」、常緑樹であり栄えることから「栄木」、とする代表的な説があります。 葉っぱの見た目・質感の違い 樒 硬さ:柔らかい 色:緑色 形:肉厚で波打っており、葉の向きが揃っていない。 色んな方向を向いている 香り:香りが強い 榊 出典:鹿児島樒 硬さ:硬い 色:樒より若干濃い緑色 形:平べったく、葉の向きが揃っている。 きれいに上を向いている 香り:ほとんど無臭 利用用途の違い 樒 樒は、「仏事」に用いられます。 日常的に仏壇に供えられたり、仏教での祭事、お葬式などの法事で使われます。 庭木などにしておくと動物が寄りづらい効果があるので便利です。 創価学会以外の宗派で葬儀に飾る風習は、京都や大阪などの主に関西地方で見られます。 榊 榊は、その漢字が示すように「神事」に使われる植物です。 日常的に神社や家庭の神棚に供えられたり、神様に関する祭事に使われます。 田舎などでは、庭木として植えている家庭も多いようです。 花の違い 樒 樒の花はやや黄色がかった白い花で、細長い花弁を無数に咲かせます。 ほのかにいい香りがします。 開花時期は、3月~4月頃。 榊 榊の花は白い色をしていて、楕円形の花弁を5枚下向きに咲かせます。 開花時期は、6月頃。 注意すべきこと 冒頭にも述べましたが、樒 しきみ には強い毒性があります。 おしきみの花や葉、実、根、茎まで、全てに「アニサチン」という毒成分が含まれます。 特に果実に多く含まれ、 食べると最悪死に至る可能性がある程有毒ですので誤食にはご注意ください。 ただ、見たり触るだけでは害はありませんので、ご安心ください。 まとめ ・樒は葉の向きが揃っておらず、榊は葉の向きが揃っている ・樒は仏事に、榊は神事に用いられる ・樒には全体に毒性がある ・樒は葉や花に良い香りを持ち、抹香にも使われる ・樒の花は3月~4月頃、榊の花は6月頃に開花する 「樒(しきみ)」と「榊(さかき)」は、似ているようで、多くの違いがあることがわかりました。 小さいお子様や赤ちゃんがいるご家庭など、樒の毒性が不安な方は本物そっくりの造花を仏壇に供えるのもいいかと思います。

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