朝海 ひかる 宝塚。 朝海ひかる

朝海ひかる

朝海 ひかる 宝塚

朝海ひかるプロフィール 【名前】朝海ひかる(あさみひかる) 【本名】小室徳子(こむろのりこ) 【愛称】コム、コムさん 【生年月日】1972年1月24日 【年齢】47歳(2019年12月時点) 【出身地】宮城県 【所属】梅田芸術劇場 【活動】1991年 朝海ひかるさんの芸名の由来は 『 朝の海が光る様子』ということで 父親につけてもらったそうです。 そして3年後の 1991年に77期生として入団しています。 同期には安蘭けいさんや春野寿美礼さん、 花總まりさんなど多くのトップスターがいます。 初舞台は1991年 月組公演の『ベルサイユのばら-オスカル編-』 そして翌年 1992年に花組に配属になりました! 朝海ひかるさんはかなりダンスが上手らしく 花組配属後はダンサーとして頭角を現したそうです!! 幼いころからクラシックバレェや モダンダンスを習っていて 踊ることが大好きだったそうです!! 1994年にロンドン公演に参加し、 1998年には新設された宙組に組替えされ エリザベートのルドルフ皇太子役に 抜擢されています。 しかしその翌年1999年には 組替えで雪組配属になっています。 結構頻繁に組替えがあるんですね・・・! 2000年に『凱旋門』役替わり公演にて初主演! そしてついに 2002年に 絵麻緒ゆうさんの後任として 雪組トップスターに就任されました! 朝海ひかるさんは 新人公演の主演経験がない唯一のトップスターだそうです。 ほとんどのトップスターは 新人公演で主演していますので本当に貴重なスターさん!! トップに就任して 4年後の2006年 『堕天使の涙/タランテラ』の東京公演千秋楽をもって 宝塚歌劇団を退団し その後は女優として 主に舞台で活動しています。 スポンサーリンク 朝海ひかるの学歴 最後に学歴を見ていきましょう! 朝海ひかるさんの学歴について 小学校・中学校は非公開だったので 分かりませんでした。 しかし地元を離れた様子はなかったので 宮城県内にある学校に通っていたはずです。 また高校は 宮城県第三女子高校 仙台三桜高校 出身です。 そして 宝塚音楽学校を卒業されています。 宝塚音楽学校は 元の名前は『宝塚唱歌隊』として 1913年に創立されたそうです。 1913年といったら大正2年です! 2013年 平成25年 に 創立100周年を迎えています。 『宝塚唱歌隊』から『宝塚音楽歌劇学校』 という名前になったのが1918年。 そして『宝塚音楽舞踊学校』 『宝塚音楽学校』というように改称され 今の宝塚があるというわけですね! このようにしてみると 本当に伝統も歴史もあるところなんだなと 改めて感じますね。 宝塚音楽学校は入学するにも倍率が高すぎて かなり難関だといわれています。 そして入学した後も 厳しいレッスンを受けていくようですし 本当に尊敬しかないです・・・w しかし朝海ひかるさんは そんな難関学校の受験は高校の先生からのススメ。 「 後々の話のネタにでも!」 と受験し 「 せっかく合格したのだから入ろうか」 と入学を決めたようです。 いろんな意味で なかなかすごい人材だと感じました!.

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元宝塚|朝海ひかるの実家や年齢がヤバい!V6坂本と結婚?元カレは?|おさこ屋

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2006年12月24日—— 雪組トップスター・朝海ひかるさん、 娘役トップスター・舞風りらさんが、Musical 『堕天使の涙』/レビュー・アラベスク『タランテラ!』の千秋楽(東京宝塚劇場)にて宝塚歌劇団を退団しました。 サヨナラショーは、『ベルサイユのばら』『タカラヅカ・ドリーム・キングダム』『レ・コラージュ』『ワンダーランド』『タカラヅカ・グローリー』『睡れる月』『Romance de Paris』『銀の狼』『Joyful!! 』『スサノオ』と、朝海ひかるさんが雪組トップとなってからの数々の名場面を、舞風りらさんとのデュエットや雪組生一同で綴りました。 ラストは大好きだという曲『Romance de Paris』の「風のように」。 ロングコートとソフト帽姿のヴァンサンこと朝海ひかるは、16年間の万感の想いを胸に、一人、ホリゾントに向けて去って行きました…… また同時に、朝海さんの同期の 有沙美帆さん(1991年入団)、 悠なお輝さん(1991年入団)、作家・野坂昭如氏の娘、 愛 耀子さん(1993年入団)、 花緒このみさん(2001年入団)、 彩みづ希さん(2001年入団)、 夢華あやりさん(2002年入団)、 紫いつみさん(2002年入団)も退団しました。 そして、『ベルサイユのばら2001』のジャルジェ夫人や『春ふたたび』のやす役をはじめ、しっとりとした演技で貴重な女役であった 専科の高ひづるさん(1968年入団)も退団されました。 朝海ひかる コムちゃんこと朝海ひかるさんは、1991年月組『ベルサイユのばら~オスカル編~』で初舞台を踏みました。 同期生には、花組トップスター・春野寿美礼さん、星組トップスター・安蘭けいさん、元宙組娘役トップ・花總まりさん、元専科の成瀬こうきさんらが。 初舞台の翌年、花組に配属され、宙組を経て、2002年、絵麻緒ゆうさんの後任として雪組トップスターとなりました。 スタイリッシュ。 キュート。 しなやか。 清らか。 クールビューティー。 センスのよさ。 抜群のスタイル。 踊りの表現者。 凛々しさの中に青さを垣間見せる青年。 下級生時代を、当時人材豊富であった花組で過ごしました。 宙組発足時に新メンバーとして宙組へ。 宙組で過ごしたのは1年足らず。 その後、雪組へ。 以外にも、トップスターとなるべき人の登竜門とも言われる新人公演の主役を、朝海さんは経験していません。 しかし、2000年雪組公演『凱旋門』の異例の役替わり公演にて、主役・ラヴィックを演じました。 また、同期の安蘭けいさん、成瀬こうきさんと共演したバウホールでのコンサート『The Wonder Three』、『ノバ・ボサ・ノバ』の役替りを3名で演じるなど、トリオで売り出され注目と人気を集めました。 その成長は著しいものでした。 新専科生の特別出演により配役的には三番手の役が続いていた朝海さんが、2002年、全国ツアー公演『再会』でトップスターに。 そして、若衆姿も美しかった『春麗の淡き光に』にて本公演お披露目 抑えた想いと哀愁をクールに演じた『Romance de Paris』のヴァンサン。 精悍で力強く、ノーブルなイメージを変えた『スサノオ』のスサノオ。 気品溢れる『睡れる月』の浜松中納言。 軍服姿がひたすら美しかった『霧のミラノ』のロレンツォ…… どれもが、クールな中にも温かさが滲む魅力的な男性たち。 それは、朝海ひかる自身。 娘役、女役も多かった朝海さん。 1993年『ラ・ノーバ!』では真矢みきさんの後ろで踊ったり、『ハイペリオン』では紫吹 淳さんを相手に可愛らしいヴィーナスを。 香港公演の白鳥Sも美しかった… 『ノバ・ボサ・ノバ』では、魅惑的なブリーザと、コケティッシュなメール夫人。 トップになってからも、ショーでは妖艶でキュートな女役を見せてくれました。 芝居でも、『月夜歌聲』のアンシア、『風と共に去りぬ』のスカーレット、『ベルサイユのばら』のオスカルと、男役が演じる女役の魅力を、彼女ほど教えてくれた人はいません。 中でも『ベルサイユのばら』のオスカルは劇画からそのまま飛び出してきたよう。 女としての可愛らしさ、繊細さ、男として生きる凛々しさ、若々しさ……。 最後の役となった『堕天使の涙』のルシファー。 冷たさから温かさへ、非情から愛情へと移り変わって行く心の内を、動と静で、静の中にも心の動で現しました。 そしてダンス。 しっかりとした基礎の上に抜群のダンスセンス。 ダンスが特別に上手い生徒は大勢いますが、どんな振りでもポーズでも、朝海さんのようにきれいにかっこよく見せられる人はそうそういないでしょう。 難しい振りを、いとも簡単に見せてくれたり、苦しいはずの激しく長いナンバーも、軽やかに踊りきってしまうテクニックも素晴らしかった… スタイルが抜群なゆえにどんな衣装も似合う。 頭も小さいので被り物もよく似合う。 スーツに目深に被ったソフト帽。 その姿だけで絵になる人でした。 そして、朝海ひかるを頂点とした雪組のコンビネーションは素晴らしく、彼女の温かい人柄を感じさせます。 また仙台出身の朝海さんは、仙台銘菓「萩の月」(菓匠三全)のイメージキャラクターとしてCMなどでも活躍しました。 舞風りら まーちゃんこと舞風りらさんは、1995年 星組『国境のない地図』で初舞台を踏みました。 同期生には、元花組トップ娘役・ふづき美世さん、次期宙組トップ・大和悠河さん、花組の真飛 聖さんらが。 初舞台後、花組に配属。 2002年雪組に組替え。 紺野まひるさんの後任として雪組トップ娘役となりました。 色で例えるなら白やピンク。 花で例えるならピンクのバラやスイトピー。 宝塚音楽学校を首席で卒業し、わずか研2で新人公演ヒロインとバウホール公演ヒロインに大抜擢。 その後も新公、バウで数々のヒロインを演じました。 やがて、ヒロインから少し遠ざかる時期がやってきます。 可愛い役ではなく、大人の女役。 しかし、真ん中に立つ役ではない役を与えられたその時期の経験と頑張りは、トップ娘役になってからの彼女に間違いなくプラスになったことでしょう。 芝居、歌、ダンスと三拍子揃った娘役。 可愛らしい役、高貴なプリンセス、芯の強い大人の女、薄幸の女性…… しっかりした実力と、溢れ出る感情は、見ていて心地のよいものでした。 最後の役となった『堕天使の涙』のリリス。 少ない出番ながらも衝撃を与え、誰もが涙したことでしょう。 そして、真っ白なドレスで光のパドゥドゥを踊る彼女は、天使そのものでした。 ダンスを踊ればチャーミングで、時には男役のようにかっこよく、スカートさばきが非常に美しく上手かった…。 チャームポイントは、こぼれ出るような笑顔。 コムちゃんに寄り添うまーちゃんの笑顔。 そしてふわぁ~っとした甘さ。 それは舞台全体を温かく包み、観る者を癒してくれました。 年数を重ねても初々しさを失わなかった、可愛い上に堂々とした風格を備えた素晴らしい娘役でした。 朝海ひかる&舞風りら 溢れる想いを伝えようとする女性と、言葉は少ないながらもそれをしっかりと心から受け止めていた男性。 二人の舞台姿にはそんなイメージがありました。 そしてそれはとても微笑ましかった…… 踊れるトップコンビであったこの二人のダンスによる表現力は格段に素晴らしいものでした。 どんなダンス場面にも役名が付いていて、ストーリーやテーマがある…。 このコンビは、ダンスを踊るというより、体中でその役を表現する表現者でした。 軽やかでしなやかでキレがあり力強く美しく。 流れるようなデュエットダンス。 どこまでも高いリフト。 体と一体化したダンスシューズを脱ぐことを許されないかのように踊り続けた二人。 鳥のように天使のように羽ばたき続けた朝海ひかる、舞風りら。 素晴らしいコンビであり舞台人でした。 さて、これからの朝海ひかるさん、舞風りらさんの新しい道は? はっきりと発表はありませんが、何をするにしろ、 しばらくはダンスシューズを脱ぎ、体を休ませて下さい。 次期雪組トップスターには、二番手であった水 夏希さんが、トップ娘役には、星組トップ娘役であった白羽ゆりさんが後任を引き継ぎます。 偉大なトップスター・朝海ひかると舞風りらを、私たちは忘れないでしょう。 二人の軌跡……美しく強く温かく……振り返れば、それは風のよう。 コムちゃん、まーちゃん…… お疲れ様。 そしてありがとう。

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朝海ひかる|アーティスト

朝海 ひかる 宝塚

朝海ひかる(あさみ ひかる、1月24日)は宝塚歌劇団77期生の男役タカラジェンヌ。 芸名は「朝の海に光る」という意味で父親がひらめいた。 愛称は小学生の頃から「コム」。 身長は167cm。 血液型はO型。 出身地は宮城県仙台市。 出身校は宮城県第三女子高等学校。 所属事務所は梅田芸術劇場。 宝塚時代 ダンス力が高いタカラジェンヌとして活躍。 新人公演で主演を経験せずにトップスターに就任した。 地元宮城県の菓子メーカー「菓匠 三全」の「萩の月」のイメージキャラクターと「みやぎ夢大使」を務める。 1989年に宝塚音楽学校に入学。 1992年に花組に配属される。 1994年にロンドン公演の選抜メンバーを務める。 1998年に宙組の創設メンバーとして宙組へ組替えし、「エリザベート」でルドルフ役を務める。 雪組へ組替え。 2000年に「凱旋門」の役替わり公演で初主演を務める。 2001年に「アンナ・カレーニナ」でバウホール、日本青年館公演単独初主演を務める。 2002年に「風と共に去りぬ」でスカーレット役を務め、雪組トップスターに就任。 」が宝塚大劇場お披露目公演となる。 退団後 女優として梅田芸術劇場に所属。 2010年に「ローマの休日」でヒロインを務める。 「ローマの休日」の役作りでは、映画のアパートの階段を降りるシーンの細いウエストのイメージで、オードリー・ヘップバーンと同じ50㎝のウエストにしようと思っていたがならなかった〔2〕。 2011年に東日本大震災で地元宮城県が被災したため、「朝海ひかる<ふるさと義援金>」を設立。 2016年に「るろうに剣心」を観劇し、トークサロンに出演。 「るろうに剣心」を観劇した時は、早霧せいなの髪の毛が茶色いことが気になり、休憩中に楽屋で早霧せいなに理由を聞いたら「アニメでそうなってる」と言われたので謝った〔2〕。 大湖せしると蓮城まことが退団するので、寂しさで親の気分になった〔2〕。 雪組は着物を着なれていたので、伝統を守ろうとしているのが分かって嬉しかった〔2〕。 入団前 将来の夢はスチュワーデスだった〔1〕。 幼少期からモダンダンスやクラシックバレエを習い、高校生のときに音楽教師に勧められて宝塚受験を決意した〔1〕。 主演・エトワール ・宝塚バウホール公演1回 「アンナ・カレーニナ」(単独初主演) 関連ページ トップスターの同期生:、 トップ娘役の同期生: 所属:、、、 情報ソース 1、「タカラジェンヌ 夢の軌跡 雪組 朝海ひかる編」 ENAK 2、「るろうに剣心」 朝海ひかるトークサロン.

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