陸上自衛隊 幹部名簿。 防衛省・自衛隊:人事発令

陸上自衛隊:陸士から見た幹部自衛官の姿~みんなの嫌われもの~

陸上自衛隊 幹部名簿

さて、また一年に一度の大仕事の時期である。 陸海空自衛隊の、将・将補名簿一覧の更新時期だ。 1年前の今はといえば、統合幕僚長がであり、陸上幕僚長がであった。 そして次の陸上幕僚長にはが着任し、海上幕僚長にはが着任すると、誰もが思っていた頃合いである。 それから一年が経って、住田は間もなく陸自を去ろうとしており、山下は既に海自を去っていたことなど、誰も予想できなかったのではないだろうか。 そして管理人の予想も、ことごとく外れた・・・ そんな1年に1度の将官名簿の更新として、まずは陸将名簿一覧から、2019年7月版をリリースしたい。 果たして来年の今頃には、どんなサプライズが起きた後なのか。。 それにしても、1年が経つのは早すぎである。 年は取りたくないものである。。 なお、例によってアイキャッチ画像の美しい女性自衛官は、陸将名簿などとは全く関係ない。 オッサンばっかりの名簿の中で唯一、美しい女性自衛官で和んでもらおうと探し回った美人女性自衛官である。 出処は京都地方協力本部の公式フェイスブックだが、やはり自衛隊は美人の画像をばら撒いて未来ある若者を自衛隊に 拉致 勧誘しようとしているのではないだろうか。 これは本当に卑劣である。 やるならなぜ、管理人の時代にもやってくれなかったのか。 (画像提供:) 【27期】 (画像提供: 広報誌飛鳥101号) 【氏名】 【補職】統合幕僚長 【期別】27期 【生年月日】昭和36年1月 【出身地】山梨県 【昇任年月】2019年4月 【ひとこと】 眼力鋭い米国通で、施設科出身の自衛隊トップ。 【28期】 (画像提供:) 【氏名】 【補職】陸上幕僚長 【期別】28期 【生年月日】昭和34年12月 【出身地】徳島県 【昇任年月】2019年4月 【ひとこと】 統合幕僚長の山崎より年上の陸上幕僚長。 この人事は全く予想できませんでした・・・orz (画像提供: あずま1003号) 【氏名】 【補職】陸上総隊司令官 【期別】28期 【生年月日】昭和36年10月 【出身地】山口県 【昇任年月】2015年8月 【ひとこと】 3防(防衛班長、防衛課長、防衛部長)を歴任し、2代目となる陸上総隊司令官を務めるなど、誰もが陸幕長になると信じて疑わなかった最高幹部。 本当にお疲れ様でした。 ありがとうございました。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】北部方面総監 【期別】28期 【生年月日】昭和36年12月 【出身地】長崎県 【昇任年月】2015年8月 【ひとこと】 東日本大震災直後の福島原発に赴任し、その抑制を任された現地指揮官ポストなどを歴任。 どんなに厳しい現場にあっても笑顔と部下への配慮を忘れない、人情将官だ。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】中部方面総監 【期別】28期 【生年月日】昭和36年7月 【出身地】兵庫県 【昇任年月】2015年8月 【ひとこと】 米陸軍戦略大学への留学、国防の最前線である第8師団長などの要職を歴任し、我が国第2の政経中枢を護ることを任されたエリートだ。 間もなくとなる2019年8月に、退役を迎える。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】教育訓練研究本部長 【期別】28期 【生年月日】昭和36年3月 【出身地】青森県 【昇任年月】2015年8月 【ひとこと】 戦前の「陸軍三官」の一つであった教育総監に匹敵する、新編された教育訓練研究本部で初代となる本部長を務めた。 その功績は長く、我が国の歴史に残るはずだ。 【29期】 (画像提供:) 【氏名】 【補職】東北方面総監 【期別】29期 【生年月日】昭和38年2月 【出身地】大分県 【昇任年月】2016年7月 【ひとこと】 国防の最前線、沖縄那覇の第15旅団長を歴任し、方面総監まで昇った上尾である。 29期組の陸上幕僚長候補の一人だ。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】東部方面総監 【期別】29期 【生年月日】昭和38年3月 【出身地】広島県 【昇任年月】2016年7月 【ひとこと】 生粋の戦車屋で、第71戦車連隊長、富士学校機甲科部長、第2師団長など、戦車天国で指揮を取り続けた最高幹部だ。 なぜかこんなコワモテなのに、東京地方協力本部長も経験している。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】西部方面総監 【期別】29期 【生年月日】昭和37年7月 【出身地】宮崎県 【昇任年月】2016年7月 【ひとこと】 国防の最前線・西部方面隊のトップを任された本松である。 現職の陸上幕僚長、がそうであるように、西部方面総監から陸上幕僚長への昇任は射程距離だ。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】防衛大学校幹事 【期別】29期 【生年月日】昭和37年7月 【出身地】神奈川県 【昇任年月】2016年7月 【ひとこと】 ハーバード大に留学し、米国陸軍戦略大学に留学し、米国防衛駐在官を務めるなど、嘘のようなエリート街道を駆け上がってきた最高幹部だ。 現役の将官の中で、納冨ほど米国通である将官は他にいないであろう。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】防衛装備庁長官官房装備官 【期別】29期 【生年月日】昭和37年6月 【出身地】富山県 【昇任年月】2017年3月 【ひとこと】 機甲科出身であり、第1師団長などを歴任した技術系の最高幹部だ。 現職では、技術系の幹部としてポストを極めた、防衛装備庁長官官房装備官を務める。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】陸上自衛隊補給統制本部長兼ねて十条駐屯地司令 【期別】29期 【生年月日】昭和37年7月 【出身地】京都府 【昇任年月】2017年3月 【ひとこと】 防衛大学校在学中に、至上初めて全国学生相撲のチャンピオンに輝いた実績を持つ、すごい陸将である。 (画像提供: やまなみ30年5月号より) 【氏名】 【補職】第6師団長 【期別】29期 【生年月日】昭和37年8月 【出身地】北海道 【昇任年月】2017年8月 【ひとこと】 航空科出身であり、航空機動力を活かした戦闘を得意とする第12旅団の旅団長を務め、全国の危機に速やかに駆けつけることが求められる第6師団の師団長も歴任する。 まさに、令和の時代に生きる陸自のニンジャとも言うべき将官だ。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第9師団長 【期別】29期 【生年月日】昭和37年4月 【出身地】鳥取県 【昇任年月】2018年8月 【ひとこと】 戦前には「国宝師団」とも称された8師団の伝統を引き継ぎ、我が国の存亡をかけた戦いにおいて常に命知らずの活躍を見せた第9師団を率いる岩村だ。 イラク復興支援隊長を務めるなど、その活躍は枚挙に暇がない最高幹部である。 野戦特科の出身でありながら後方支援にも通じる、29期を代表する最高幹部である。 【30期】 (画像提供: 岳友30年8月21日号外) 【氏名】 【補職】陸上自衛隊富士学校長兼ねて富士駐屯地司令 【期別】30期 【生年月日】昭和38年8月 【出身地】福岡県 【昇任年月】2017年8月 【ひとこと】 管理人が予想する、第38代陸上幕僚長になるであろう髙田である。 その実績、補職から考えても、次の陸上幕僚長に着任する可能性が非常に高い。 敢えてマイナス要素をあげるとすれば、管理人の予想はほぼ外れるということである。 のライバルとして、最後まで陸上幕僚長候補として切磋琢磨することは間違いのない逸材である。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第2師団長 【期別】30期 【生年月日】昭和38年1月 【出身地】埼玉県 【昇任年月】2017年8月 【ひとこと】 北辺の防人である第2師団をまとめ上げ、対ロシア戦闘の正面に立つ野沢である。 我が国で最強の勢力と火力を誇る師団を率いる最高幹部として、次期陸上幕僚長の有資格者の一人だ。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第8師団長 【期別】30期 【生年月日】昭和38年10月 【出身地】東京都 【昇任年月】2017年8月 【ひとこと】 東大出身の英才であり、内閣官房国家安全保障局、すなわち日本版NSCとも呼ばれる国家の安全保障を守る組織で審議官も歴任した吉田である。 国防の最前線に立ち、中国人民解放軍から国民の生命と財産を守る。 (画像提供: 師団だより29年12月号外) 【氏名】 【補職】第3師団長 【期別】30期 【生年月日】昭和38年12月 【出身地】千葉県 【昇任年月】2017年12月 【ひとこと】 航空科出身であり、ドイツ防衛駐在官などの要職を務めた田中である。 福島原発への放水で勇名を馳せた、第1ヘリコプター団長などの要職を歴任した。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第10師団長 【期別】30期 【生年月日】昭和38年5月 【出身地】新潟県 【昇任年月】2019年4月 【ひとこと】 野戦特科出身の幹部であり、大火力を誇る第4特科群長や、機動力が求められる第13旅団長を歴任した鈴木だ。 軽武装・高機動力の戦力を活かす指揮官として、名古屋の地から全国を俯瞰する。 【31期】 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第1師団長 【期別】31期 【生年月日】昭和39年4月 【出身地】島根県 【昇任年月】2018年8月 【ひとこと】 少年工科学校出身であり、前職では第11旅団長を務めるなど、即応戦力の指揮統率に長けた将官だ。 技術系の最高ポストである防衛装備庁に行くか、もしくは中部・東部の方面総監に昇ることが予想される最高幹部である。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第4師団長 【期別】31期 【生年月日】昭和39年11月 【出身地】岐阜県 【昇任年月】2018年8月 【ひとこと】 国防の最前線・福岡駐屯地で、第4師団長を務める沖邑だ。 機甲師団の別名を持つ第7師団で副師団長を務めるなど、航空科出身と言うことも併せて機動戦闘を得意とする将官である。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】第7師団長 【期別】31期 【生年月日】昭和39年4月 【出身地】千葉県 【昇任年月】2018年8月 【ひとこと】 原隊では留萌駐屯地から第一空挺団に転じ、空挺の指揮官としてのキャリアが長いにもかかわらず、第7機甲師団の師団長に昇った前田だ。 そのため第1空挺団を応援する組織内では、 「え?!前田さんって戦車に乗れるの?」 と驚かれたことはナイショである。 (画像提供:) 【氏名】 【補職】陸上総隊司令部幕僚長 【期別】31期 【生年月日】昭和39年11月 【出身地】鹿児島県 【昇任年月】2019年4月 【ひとこと】 国防の最前線である沖縄・那覇の第15旅団を率いて、我が国が最も緊張状態を迎えた時期にその任務を完璧に果たした原田である。 その経験を活かし、我が国で最強にして最後の切り札である陸上総隊直轄の部隊をまとめ上げる。 (画像提供: 広報飛鳥93号) 【氏名】 【補職】第6師団長 【期別】31期 【生年月日】昭和39年10月 【出身地】鹿児島県 【昇任年月】2019年4月 【ひとこと】 東北の強兵・第6師団を率いるにふさわしい活躍をしてきた蛭川である。 大阪地方協力本部長を務めるなど、人当たりの良さでも定評のある最高幹部だ。 以上、2019年7月6日現在で陸将の任にある、26名の最高幹部のご紹介であった。 いずれも、我が国と世界の平和を守る陸上自衛隊のキーパーソンである。 ぜひ、ひとりひとりの活躍に改めて注目し、そして応援してもらえれば嬉しく思う。

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陸将人事・陸将補人事|2020年4月・陸上自衛隊

陸上自衛隊 幹部名簿

こんばんは。 元・国防男子の大吉です。 先日、「陸上の生活面での優遇7つ」という記事を書きましたが、 もう1つ、 生活面でのメリットを思い出しましたので、以前の記事に追加したいと思います。 より長い長期休暇の取得が可能 陸上であることの、生活面でのメリット。 それは、 ズバリ! 「 より長い長期休暇が取得できる」こと。 陸上は、国家公務員として「 休暇」がしっかり貰えると以前の記事に書いた。 そのため、演習や業務などで 土日、祝日が仕事となることが多い陸上は、土日、祝日で勤務すれば、その分 代休が溜まっていく。 その溜まった代休を、 GW、 夏季休暇、 年末年始休暇の、それぞれの休みの前後にくっつけることができるのだ。 だから、部隊では、長期休暇は 10日〜14日くらい取れる。 驚くことに、 僕が、幹部学校の指揮幕僚(CGS)課程の学生だったとき、 年末年始休暇では、 20連休。 GWは、 24連休も取得できた。 もちろん、 給料をもらいながら。 これは、年末年始休暇が明けた1月10日頃に指揮幕僚課程の 1次試験、 GW明けには 2次試験が行われるためで、 それらの試験期間中は、目黒の幹部学校が試験会場となり使用できない。 このため、指揮幕僚課程の学生は、試験期間中は休みとなるのだ。 しかし、休暇明けには課題の提出・発表等があるため、その準備のための時間も含まれている。 民間企業では、ここまでの長期休暇はないでしょう。 世間一般の長期休暇期間ではなくても、土日に合わせて金曜日や月曜日に代休を消化をすれば、 3連休、4連休の取得も可能なのだ。 普段、演習などで家族サービスができない分、訓練等が計画されていない限りは 比較的自由に休暇をアレンジできるのは、ありがたい。 部隊によっては、前段休暇と後段休暇を分ける (公式HPより引用) 部隊では、長期休暇を前段と後段に分けているところが多い。 なぜなら、長期休暇のときにも 駐屯地警備や等のための 即応態勢を維持しなければならないため、 数名の隊員は休暇中も勤務をしなければならない。 このような隊員への処置として、同じくらいの期間を別の期間に休暇を取得させるのだ。 世間一般の休暇期間よりも長期に休暇を取得できること、 休暇期間をずらして取得できることで、 航空機や宿泊施設等の値段が高い時期や 移動中の交通渋滞を避けて休暇を取ることができる。 これって、 旅行費用を節約できるし、 渋滞間の時間の無駄を省けるのでとてもありがたいですよね。 は、遠方出身者に優しい 一般的に、では、駐屯地から離れたところに実家のある遠方出身者に対しては、 長期休暇中の特別勤務に配慮してくれる。 例えば、幹部の場合、 長期休暇中は、一般的に1等陸尉から3等陸佐の幹部が日替わりで「駐屯地司令当直」、3等陸尉や2等陸尉は「部隊当直幹部」 に上番(じょうばん)することになる。 いずれも、 駐屯地警備や 災害時等の即応態勢維持のため。 しかし、では、駐屯地近傍で休暇を過ごす人や実家が近い人達が、優先的に当直勤務に就いてくれる。 僕は四国出身だが、勤務地がずっと関東圏だったので、長期休暇中は当直勤務に就くことをいつも免除してもらっていた。 そのため、実家が農家の僕は、長期休暇にはいつも帰省して、実家の農業の手伝いをすることができた。 このように、遠方のために 普段なかなか帰省できない実家に帰省させてもらい、 親孝行する時間を確保させてもらえるのは非常にありがたい。 そして、実家の 両親や親戚にも喜ばれる。 ちなみに、では、長期休暇中の特別勤務はないため、 休暇中はフルで休みが貰える。 その他の初級幹部課程(BOC)や上級幹部過程(AOC)などを含めて、 「学生」という身分では当直勤務に就くことはできない。 最後に 国家公務員という立場で、 3〜4ヶ月毎に、確実に 世間一般よりも長い休暇が取得できるって本当にいいことですよ!• 普段多忙のため、なかなかできない 家族孝行や親孝行ができます。 繁忙期を避けて、 混雑や旅費の高くなる時期を避けて海外・国内旅行ができます。 もし、に入隊しようか迷っているなら、このメリットも参考にしてください。 最後まで読んでくれてありがとうございます。

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自衛隊(陸上)就職について質問です。

陸上自衛隊 幹部名簿

皆様も一度は見たことがあるかもしれません、何十人何百人の前に一人の幹部自衛官が立ちその方に向かって全員が一斉に敬礼する姿を。 自衛官になると、誰もが一度は憧れる幹部自衛官についてお話したいと思います。 まず、陸海空の全ての隊員の中で幹部自衛官の割合は20パーセントほどで部隊の5人に1人が幹部自衛官となっています。 はっきり言うと、幹部自衛官はみんなの嫌われ者です。 責任は莫大に増えるが給料は増えず、残業代も全く付きません。 それに、部下のミスの尻拭いや上官の幹部、現場経験の豊富な曹長クラスには小言を言われ時には罵倒される役職です。 現在は幹部の数が非常に少なくなっており、誰も幹部になりたがりません。 なので、中堅の陸曹に対して幹部自衛官の昇級試験を受けさせることが義務付けられています。 それでもどうしてもなりたくない人はわざと試験で低い点数をとったりして不合格になります。 それでも幹部自衛官を目指し、昇格試験に合格し厳しい試練を乗り越え無事幹部自衛官となった人たちを下っ端の曹士自衛官から見た視点でお話したいと思います。 幹部といっても、1000人規模の部隊を束ねる部隊長からベテラン軍曹にあごで使われる新米幹部自衛官まで様々です。 部隊では中堅クラスの幹部が一番多く、階級でいうと大尉、陸上自衛隊の階級でいうと1等陸尉が小隊長となり曹士自衛官が接する機会がよくあります。 その小隊長と話す機会がよくありましたが、幹部になった理由にもいろいろな理由があるそうです。 たまたま昇級試験に合格したから、自分が若い頃の上官の幹部が頼りにならずそれなら自分がなってやるといって実際に幹部になったというかたもいらっしゃいました。 実際に私が部隊に勤務していたときに印象に残ってる幹部自衛官の方について3人ほど紹介したいと思います。 3人の幹部自衛官の話 1人目の幹部の方は経験も実績もある小隊長を務める1等陸尉の方です。 ある日、射撃訓練の当日、射場の指揮官であるその幹部の方が遅刻してしまい、部隊の出発が遅れてしまいました。 そのとき私はどうするのか気になっていましたが、その幹部の方は方方に頭を下げて謝っていました。 謝るのは当然かもしれませんがその方は実績も経験もある方だったので、頭を下げることはなかなか出来ることではないと思いました。 年齢を重ねるごとに自分の考えに意固地になる上官の方が多い中でとても印象に残っています。 2人目は、若い比較的経験の浅い幹部自衛官です。 この方とは2週間ほど一緒に朝の4時から仕事をすることがあり、仕事ぶりをじっくり見る機会がありました。 この方は決して見本になる幹部ではありませんでした。 高飛車な態度や偉そうにしていることはありませんでしたが、ある日前述した2週間の訓練の半ばのある日、独り言で「モチベーション上がらねー」と言っていました。 私と同期がいる前でです。 確かに朝は早いし帰りは遅かったかもしれませんが、それでも幹部たるものがその部下の前で言っていい言葉ではありません。 このような幹部が出世し、部隊をまとめるような将官になってしまうようなことがあれば自衛隊の先が思いやられるでしょう。 今どうしているのかは知りませんが、部下の模範となっているような幹部になっていればと思います。 最後の3人目の方は、同期の父親である小さな駐屯地の副隊長を勤めていた方です。 この方は、先ほどの自分が若い頃、見本となるような幹部がいないから自分がなってやるといって幹部になった方です。 一緒に仕事したことはありませんが、一度同期の家に遊びに行った時に食事をする機会があり様々な話を伺うことができました。 お金を一切受け取らずにたくさんの部下を家に招いてひんぱんに食事会をしたり(奥様は食費がかさんで大変だったと笑いながら話していました)、借金のある隊員の世話をしたりする今の幹部からは想像もできないような頼りがいのある方でした。 そして、私は食事をした当時退職間近だったのですが、大体の人は退職に反対でした。 公務員は安定しているし、なんで退職しなければいけないんだとよく言われました。 しかし、その中でその方は人それぞれの生き方があるんじゃないかとおっしゃってくださりとても勇気づけられました。 あのような方が私の部隊にいれば、私の自衛隊人生も変わっていたかもしれません。 以上の3名の幹部自衛官の方を紹介しましたがこれらはほんの一例で、部隊には頼りになる幹部もいればなんであなたが幹部になれたのですかと言いたくなるような幹部の方もたくさんいらっしゃいます。 私は幹部になっていないからわかりませんが、幹部になれば今まで見えなかった景色が見えるのかもしれません。 これから自衛官を目指される方には、現場でプレイヤーとして曹長で定年を迎えるのも素晴らしいかもしれません。 が、ぜひ幹部を目指して頂き広い視野をもって後輩の模範となるような、自分も幹部になりたい!と後輩が思うような幹部自衛官になっていただけたらと思います。

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