ここら で やめて も いい コロナ。 『コロナウイルス問題で分かる「やめといたほうがいい男の特徴」教えてやんよ』藤本シゲユキの一発逆転恋愛学【第62回】 藤本シゲユキ「一発逆転恋愛学」

[リアルな退職理由]コロナの今と[入職してすぐ退職したい場合]はどうしたらいいの?

ここら で やめて も いい コロナ

お久しぶりです。 鶴田です。 ブログというものはなにも大きなことのない日々のことをつらつらと書くものなのに、どうしてか私の中でのブログがとても大きなことを書くものになっているような気がする。 コロナで外に出れないので、今日は大好きな歌たちのプレイリストを流しながら大人しくベッドの中でブログを書いてみることにした。 ちなみにタイトルは、さんの「」のサビの最後。 なんの変哲もない、今頭の中にある文をひたすら打つだけのブログ。 でもとても質の高いよい暇つぶしな気がする。 常体と敬体のリミックスでお届けしています。 コロナがやばいやばいとなったのは今年に入って1月の中旬の頃だと思う。 でどえらいことが起こっているとかどうだとか、人がことごとく死んでいるだとかがどんどん報道され、しまいには地元の大分でもコロナ感染者が出た。 今はもうおうちからも出られないようなところまで来てしまっている。 地元にも帰らないことにした。 菌を持って帰るのは気がひけるからね。 世界史でも日本史でもいい、歴史を学んだ人なら分かると思うけれど、沢山の人が命を落としたという事例はたくさんある。 戦争もそうだし、コロナみたいな伝染病もある。 ペスト、、。 当時もこんな風に国がえらいこっちゃになっていたんだろう。 ふと私は思うのだけれど、何か人間が、生態系の頂点にいると言ってもおかしくない人間が、行きすぎた行動をした途端に戦争や伝染病で数を減らされているような気がする。 それが自然の摂理なのかはこんな頭じゃわからないけど、自然破壊とか、動物の駆逐だったりとか、わたしの種は色々やりすぎたんじゃないのと、1人の人間として反省している。 だからってどうにかなるわけじゃないけど。 ちょっと人間多くなってるから減らしてやろうみたいな、なんていうか、「全知全能の神」がいるとしたらそんな感じなのかもしれない。 「おい人間、おめえらやりすぎだぞ、当たり前に暮らしてることのありがたみも感じることを知らずに何ノウノウと生きながらえてやがるんだ、ほかの動物のこと考えたことあんのか!共存って言葉知らねえのか!」と言っているような気がする。 で、『動物園の動物が静かにのんびり暮らしています』とか見ると、「おお…自然の動物ものんびり暮らしてるんかな…」とか、『東京のスーパーで食料が無いです』とか見ると、「おお…廃棄物も無いし、もともと食べ物なんて簡単に手に入るものじゃないよな…」と思ってしまう。 そうだな、元々は一家にひとつ畑があって、豊作ならお金が入る。 貧作なら生活に困る。 ってのが普通だった世界で、いまの自分の甘えっぷりを痛感してしまう。 ありがとう農家… 違う。 農家に感謝するコーナーじゃない。 (感謝してるけどね)とにかく、だけの話じゃ無いけど、なにか人間が行きすぎたときに起こる大きなことは、絶対に何かしらの啓示なんだと私は思っているのである。 戦争もそうだし、もペストもコロナも、起こるべくして起こっているような気がする。 うがい手洗いが大事とか、病気は未病で防ごうとか、命は大切とか、人の一生なんて簡単に終わってしまうだとか、そんなことは大前提で、 いま自分たちが暮らしている中で当たり前になっている全ての事象が、昔たら異常なことの連続であり、先代の偉大な功績であり、米粒ひとつにおいても何も当たり前のことなどないのだと気づかせられている。 原点回帰の4文字が叩きつけられているような気がしてならないのだ。 農家になれとか、やら eatsを使うなとか、そんなたわけを言っているわけでもなんでもない。 どうせ便利になったらいつか忘れてしまうと思うけど、いまいる世界がどんなに安全で平和な世の中なのかを知るだけでも大きな人間の進歩だと思う。 人間にとって不便というのは、発明のインスパイアでもあり、生き甲斐である。 そして不便に割く時間というものこそが、人の糧であるのだ。 追伸 ここまで書いてお茶を飲んでもう一度自分の文章を見返すと、何言ってんだろとつくづく恥ずかしい。 いつも最後は馬鹿みたいにどでかいことを書く。 こいつやべえなとか、それは間違っているよとか思われながら文章を見られるのかな〜やだな〜当たり障りない文章に変えようかなとびくびくしてしまうのだが、 この間、生理的にそんなに好きじゃない、髪が爆発してるくせに頭の良い男子の同級生に、「鶴田さんはひと目を気にしすぎるよね。 あとすごく明るいっていうか、天然っぽくしてるように見えるんだよね」とご指摘を頂いたから、気にしないことにした。 「あんたほど人目を気にしないやつも生きていけないけどな」と思ったけど(そのあとだいぶ怒ったけど)、言うのはやめておいた。 「なんだ天然って。 悪かったな。 素だよ。 損な素で悪かったな。 あんたより周りを見てるからね!」とは言ってやったが、あまりに腹が立ったのでここで供養する。。 オンアボギャビルシャナマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウン。 頭の良いやつ(頭が良いというかしっかりと勉強に励むことのできるほど集中力のある人)は、私より遥かに自分を大切にできるし、時間を考えることができるから、皮肉無しにすごいと思うし、頭も上がらない。 だから私は生活力という点でぎゃふんと言わせてやろうと思う。 コロナの自粛期間で美味しいものをたらふく作ってたらふく食べてやるぞ。 お布団も干してもっふもふのベットで寝てやる。 実家が送ってきてくれたグーテデロワのラスクをコーヒーと飲んで、優雅に映画を見てやるからな! 恨みが晴れて、米が炊け、頭がすっきりしたのでこの辺でお暇する。 夜はせせりを炒める。 当たり前じゃない鳥の肉。 ありがとう鳥。 ありがとう鳥農家。 ありがとう佐川急便! kiramekinonaka.

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ここらで止めてもいいコロナ

ここら で やめて も いい コロナ

お久しぶりです。 鶴田です。 ブログというものはなにも大きなことのない日々のことをつらつらと書くものなのに、どうしてか私の中でのブログがとても大きなことを書くものになっているような気がする。 コロナで外に出れないので、今日は大好きな歌たちのプレイリストを流しながら大人しくベッドの中でブログを書いてみることにした。 ちなみにタイトルは、さんの「」のサビの最後。 なんの変哲もない、今頭の中にある文をひたすら打つだけのブログ。 でもとても質の高いよい暇つぶしな気がする。 常体と敬体のリミックスでお届けしています。 コロナがやばいやばいとなったのは今年に入って1月の中旬の頃だと思う。 でどえらいことが起こっているとかどうだとか、人がことごとく死んでいるだとかがどんどん報道され、しまいには地元の大分でもコロナ感染者が出た。 今はもうおうちからも出られないようなところまで来てしまっている。 地元にも帰らないことにした。 菌を持って帰るのは気がひけるからね。 世界史でも日本史でもいい、歴史を学んだ人なら分かると思うけれど、沢山の人が命を落としたという事例はたくさんある。 戦争もそうだし、コロナみたいな伝染病もある。 ペスト、、。 当時もこんな風に国がえらいこっちゃになっていたんだろう。 ふと私は思うのだけれど、何か人間が、生態系の頂点にいると言ってもおかしくない人間が、行きすぎた行動をした途端に戦争や伝染病で数を減らされているような気がする。 それが自然の摂理なのかはこんな頭じゃわからないけど、自然破壊とか、動物の駆逐だったりとか、わたしの種は色々やりすぎたんじゃないのと、1人の人間として反省している。 だからってどうにかなるわけじゃないけど。 ちょっと人間多くなってるから減らしてやろうみたいな、なんていうか、「全知全能の神」がいるとしたらそんな感じなのかもしれない。 「おい人間、おめえらやりすぎだぞ、当たり前に暮らしてることのありがたみも感じることを知らずに何ノウノウと生きながらえてやがるんだ、ほかの動物のこと考えたことあんのか!共存って言葉知らねえのか!」と言っているような気がする。 で、『動物園の動物が静かにのんびり暮らしています』とか見ると、「おお…自然の動物ものんびり暮らしてるんかな…」とか、『東京のスーパーで食料が無いです』とか見ると、「おお…廃棄物も無いし、もともと食べ物なんて簡単に手に入るものじゃないよな…」と思ってしまう。 そうだな、元々は一家にひとつ畑があって、豊作ならお金が入る。 貧作なら生活に困る。 ってのが普通だった世界で、いまの自分の甘えっぷりを痛感してしまう。 ありがとう農家… 違う。 農家に感謝するコーナーじゃない。 (感謝してるけどね)とにかく、だけの話じゃ無いけど、なにか人間が行きすぎたときに起こる大きなことは、絶対に何かしらの啓示なんだと私は思っているのである。 戦争もそうだし、もペストもコロナも、起こるべくして起こっているような気がする。 うがい手洗いが大事とか、病気は未病で防ごうとか、命は大切とか、人の一生なんて簡単に終わってしまうだとか、そんなことは大前提で、 いま自分たちが暮らしている中で当たり前になっている全ての事象が、昔たら異常なことの連続であり、先代の偉大な功績であり、米粒ひとつにおいても何も当たり前のことなどないのだと気づかせられている。 原点回帰の4文字が叩きつけられているような気がしてならないのだ。 農家になれとか、やら eatsを使うなとか、そんなたわけを言っているわけでもなんでもない。 どうせ便利になったらいつか忘れてしまうと思うけど、いまいる世界がどんなに安全で平和な世の中なのかを知るだけでも大きな人間の進歩だと思う。 人間にとって不便というのは、発明のインスパイアでもあり、生き甲斐である。 そして不便に割く時間というものこそが、人の糧であるのだ。 追伸 ここまで書いてお茶を飲んでもう一度自分の文章を見返すと、何言ってんだろとつくづく恥ずかしい。 いつも最後は馬鹿みたいにどでかいことを書く。 こいつやべえなとか、それは間違っているよとか思われながら文章を見られるのかな〜やだな〜当たり障りない文章に変えようかなとびくびくしてしまうのだが、 この間、生理的にそんなに好きじゃない、髪が爆発してるくせに頭の良い男子の同級生に、「鶴田さんはひと目を気にしすぎるよね。 あとすごく明るいっていうか、天然っぽくしてるように見えるんだよね」とご指摘を頂いたから、気にしないことにした。 「あんたほど人目を気にしないやつも生きていけないけどな」と思ったけど(そのあとだいぶ怒ったけど)、言うのはやめておいた。 「なんだ天然って。 悪かったな。 素だよ。 損な素で悪かったな。 あんたより周りを見てるからね!」とは言ってやったが、あまりに腹が立ったのでここで供養する。。 オンアボギャビルシャナマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウン。 頭の良いやつ(頭が良いというかしっかりと勉強に励むことのできるほど集中力のある人)は、私より遥かに自分を大切にできるし、時間を考えることができるから、皮肉無しにすごいと思うし、頭も上がらない。 だから私は生活力という点でぎゃふんと言わせてやろうと思う。 コロナの自粛期間で美味しいものをたらふく作ってたらふく食べてやるぞ。 お布団も干してもっふもふのベットで寝てやる。 実家が送ってきてくれたグーテデロワのラスクをコーヒーと飲んで、優雅に映画を見てやるからな! 恨みが晴れて、米が炊け、頭がすっきりしたのでこの辺でお暇する。 夜はせせりを炒める。 当たり前じゃない鳥の肉。 ありがとう鳥。 ありがとう鳥農家。 ありがとう佐川急便! kiramekinonaka.

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コロナウイルス問題で分かる「やめといたほうがいい男の特徴」(with online)

ここら で やめて も いい コロナ

とにかく厳重な警戒を こんにちは。 リアライフカウンセラーの藤本シゲユキです。 コロナウイルスの影響で世界が大変なことになっています。 日本人は危機管理能力が低いといわれていますが、未曾有の危機に遭遇したとき、つい軽率な行動をとってしまうのは万国共通かもしれませんね。 一番打撃を受けているといわれる外食産業に携わる方のことを思うと心苦しいですが、騒動が落ち着くまで不要な外出は避けたほうがいいのは確実です。 ここまで来て、「自分だけは大丈夫」なんてことはありえないのだから。 いまだにこの状況を軽んじている人がいるみたいですが、「平気平気!」と言ってる人たちほど、「お前が軽率な行動してウイルスを付着させたら他の人が感染するねん!」という事実を何もわかっていません。 実は今回のような騒動が起こったとき、人間性がもろに出るなと思います。 ではそんなご時世にこそ、「コロナウイルス問題で分かるやめといたほうがいい男性の特徴」についてお話させていただきます。 どんな男性はやめておくべき? このご時世だからこそ、相手のことを考えているかが見えてくる では、どういった男性はやめておいたほうがいいのか? それはこの状況下の中、あなたのことをどこか密集したところ、人が多いところに誘ってくる男性です。 強引であればあるほど、それは「ただのヤベえ奴」です。 いいですか?はっきり言いますよ? まさかと思うけど、「こんな状況でも私に会いたいのね!」なんて思ってへんやろな? そいつ、後先のこと何も考えてないただの馬鹿やで? 世間がこれほどまでにコロナウイルス問題で騒いでいる中、それを気にせず生活している時点で頭のネジが何本か飛んでると思うし、危機管理能力以前の問題です。 しかもこの状況下に誘ってくるということは、相手のことを何も考えていないんですよ。 「外がこんな状態だからちょっと出たくない」と断って、「そっか。 そうだよね。 ごめん」と謝ってくれる人なら百歩譲ってまだましです。 でも、「いいじゃん! 大丈夫だって、行こうよ!」と言う男性は、自分のことしか考えていません。 こういう人って本能のまま行動するから自制心もないし、後先のこと何も考えてないから先見性もないんですよ。 どれだけ「会いたい」と言われようが、それは会いたいんじゃありません。 ただ「やりたい」だけです。 もしこういった男性に誘われたとき、「じゃあお互いマスク着用で濃厚接触的なことしなくてもいい?」と聞いてみてください。 ほぼ確実といっていいほど、「いやそれはちょっと」と言われるはずです。

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