モアナ 国。 モアナと伝説の海のあらすじや原作は?ミュージカル映画誰が歌う?

モアナとマウイが結婚する可能性は0!?なぜ二人は恋に落ちないのか

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モアナの意味はハワイの言葉で何? いよいよ「モアナと伝説の海」が日本でも上映開始です! アメリカでは2016年11月23日に上映され、3週連続で興行収入が1位になって「アナと雪の女王」の次に大ヒットした作品なんです! その主人公が、16歳の少女「 モアナ」です。 そのモアナと言う名前にはどんな意味があるのか気になりますよね! その意味はハワイの言葉で「 太平洋」なんです。 ポリネシアの小さな島で暮らす少女にピッタリの名前ですよね! 「ポリネシア」? またあまり聞き慣れない言葉が出てきましたね。 ポリネシアとは ポリネシアはギリシャ語で、「多くの島々」を意味して、 今はハワイ、トンガ、タヒチ、マーケサス、アオテアロア(ニュージーランド)、サモア、イースター島などのことを言います。 そこに住む人達を「ポリネシアン」と言うんですよ。 なので、モアナもポリネシアンです! そんな島暮らしの少女が太平洋に飛び出して先祖が果たすことができなかった冒険の続きをするお話が「モアナと伝説の海」です。 その旅の途中には、 ポリネシアの神マウイと言う面白い人?と出会い、航海を共にして恐ろしい怪物やいろんな生物と遭遇したりもするので、アクション性もあるようですね! 記事: 重要人物のマウイとは では、モアナが旅の途中で出会う「マウイ」とはどんな人なのでしょうか? そもそも人なのか? 神って言ってますからね! また「マウイ」にはハワイの言葉で意味はあるのでしょうか? このマウイには意味と言うよりはモチーフがあるようで、 ポリネシアに古くから伝わる半神半人の英雄「マウイ」がモデルになっていると言われているのが、伝説の大男「マウイ」! 物語の中では、自分の姿を別の生き物に変身出来たり、 劇中歌で「太陽捕まえて、昼間を長くした」「風を飼いならして、船に追い風吹かせた」「島も引き上げた」と言っています。 その歌がこちら スポンサーリンク そして、なにより このマウイは 良いキャラクターをしているんですよ! 同じディズニーのアラジンに出てくる「 ジーニー」と似ています^^ 明るい性格とすぐに歌うところなんてそっくり。 また ジーニーは1万年という長い間、ランプの中に閉じ込められていましたよね。 マウイも似ていて、1000年間も島に閉じ込められていたと言うエピソードがあるようです! そしてマウイは主人公のモアナと出会い、島から出ることができた。 その島から出れた理由や、マウイが冒険に出なければならない理由なども映画を観ると分かるみたい!!! すごい気になるw そんなマウイの声を英語版は「ザ・ロック」!! 人気プロレスラーの人です。 近年は良くハリウッド映画に出ていますね。 ハムナプトラのスピンオフ「 スコーピオンキング」などディズニー制作の映画を多いイメージ。 そして日本語の吹き替えには「 尾上松也さん」です! その他のハワイ語 では、最後にハワイの言葉をいくつか紹介します! 有名人の子供にもハワイの言葉からつけた名前をよく見かけます。 どんな意味なのかも見ていきましょう! 当サイトの管理人の「天才ネコ」です。 ネコだって長生きすればテレビも観るし、パソコンだって使えます。 そこで、私が感じ学んだ人間界の「生活のなぞ」を少しでも解決できる情報をアナタにご提供! ちなみに語尾に「ニャ~」は付けませんよ。 最近のコメント• に より• に 匿名 より• に 匿名 より• に 木村育江 より• に わやはい より カテゴリー•

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モアナの意味はハワイの言葉で何?モアナと伝説の海を楽しむために

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原題: Moana• 製作: 2016年、アメリカ、1時間47分• 監督: Ron Clements 、 John Musker 、ほか助監督2名• 出演: Auli'i Cravalho 、 Dwayne Johnson 、 Rachel House 、 Jemaine Clement ほか あらすじ 古い伝説によれば、ポリネシアの島々は神テフィティのおかげで豊かな自然の恵みに溢れていました。 しかし、半神半人のマウイがテフィティの心臓を盗み、テフィティの力は失われてしまいます。 そして現代。 モアナはポリネシアの島に住む首長の娘。 人々は島を離れることなく幸せに暮らしていますが、モアナは幼いころから海に魅かれ続けています。 ある日、豊かな島の自然に異変が現れ始めます。 モアナは海に選ばれた人として、半神マウイを連れてテフィティの心臓を返しに旅立ちます…… 見どころ 見どころは、なんといっても濃厚な登場人物と、濃厚な俳優陣(原語)。 日本語版だけでなく、字幕版(英語版)でも鑑賞すると何倍も楽しくなります! ヒロイン「モアナ」 ぷにぷに感がたまらないキュートで勇敢な女の子。 ディズニー・プリンセスという枠に縛りたくない、生命感に溢れる女の子です。 原語でモアナの声を担当した声優アウリイ・クラヴァーリョは、実写版モアナかと思うような可憐な16歳の女の子。 その力強い美声は、モアナの精神を映し出すようです。

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私は近年のディズニー映画作品に隠された メッセージ性やメタファーを読み解くのがとても大好きです。 「モアナと伝説の海」でも同じようにメッセージが隠されていました。 この作品は"ただ勇敢な女の子が冒険する映画"では終わりません。 映像美や楽しいキャラクターの魅力はもちろん、 深い考察を知ることで大人も楽しめる映画だということが分かります。 ネタバレを多く含みますので以下、追記で隠して書きたいと思います。 また、私もまだ自信がない考察だらけなので違う意見の方もいると思います。 ぜひ情報交換をしながらああでもない、こうでもないと考察を楽しみたいと思います。 内容が分かってしまっても大丈夫な方、どうぞお進みください。 このテーマの映画とコラボしたハワイアン航空は文句なしのです。 海の外に出ようとするモアナと、それを止める父。 「この島にいることが安全なのだ、サンゴよりも外に出ていってはいけない。 」 村も素晴らしい場所ですが、外に目を向けてやっとその素晴らしさが分かることもあるのに少しもったいない考え方ですね。 山の石版を積み上げる行為 山の上には歴代の村のが積み上げた石板。 石が高くなればなるほど、歴史と人のは高く積みあがります。 村の人たちは外の世界を知らないまま、ココナッツが最高の食べ物だと思い込んでいる。 ココナッツも万能な食材なのです。 でもいつかココナッツが採れなくなる時が出てくる。 その時に人々はどう対応していくでしょうか。 歴史や慣習に囚われていてはいつまでも文明は発展しません。 モアナは最後にこの石の山でパーフェクトな答えを出すのですが そこにジーンと来てしまいました…。 歴史を否定・卑下することはせず、 かといって村 国 のプライドばかりが大きくなるのも止めました。 そのやり方がモアナらしく、愛に溢れていたことにしばし感動…。 モアナの父の苦悩 ただ、ここで上手に描かれていたのはモアナの父の若い頃の苦悩です。 彼は最初から外に出ることを悪としていた訳ではありません。 かつては自分もモアナと同じように 村の掟を破って外の世界に漕ぎ出していたのです。 そこで悲しい事故を経験して "モアナを同じ目に遭わせない為に、また自分があの悲しい思いをしない為に" 村の誰よりも厳しく外に出ることを禁じました。 一連のエピソードはアメリカ大統領選の揶揄という意見もありますが まさに"理由なき反抗"ではなく "理由ありきでの政策とそれに乗っかる人々"だからこそ 問題化しているのです。 恐れがシャットアウトに繋がってしまっている。 海は怖いもの? モアナも父と全く同じように船を漕ぎ出します。 そして、父と全く同じように溺れます。 海への怖れを抱いて「もう外にはいかない」と心が折れます。 …なんだか会と似ていますね。 そうです。 恐ろしい波は "社会"のメタファーです。 初めて学校に通った時、初めて就職活動をした時、 そんな時に思わぬ経験をして心が折れてしまうことはありませんか? 「渋谷は危ない街だから行ってはいけないよ」 そう教えられた女の子が親の目を搔い潜って渋谷に繰り出して 怪しいキャッチに捕まったり、ゲーセンでかつあげをされたようなイメージです。 センター街だけ経験してヒカリエや代々木公園を経験しないまま 渋谷を怖い場所だと決めつけてしまいました。 ただの渋谷のお出かけで済めばいい方です。 入った会社がで働くのが怖くなってしまった、 学校でいじめられたからもう通うのが嫌になってしまった。 そんな経験をした人だっているはずです。 その社会を恐れる心は長年続くこともあるし、自分の未熟さに矛先を向けて自信喪失してしまうことすらあります。 まさしくモアナとモアナの父はその状況、海を越える方法を知りません。 サンゴを超えられないのは「海の外なんてロクでもない」という決めつけではなく「海は恐ろしいところだ!痛い目を見る!」という裏付けがあるから。 やサと同じ悩みを抱えているヒロイン ? です。 カニのシーンと船のシーン すみません、まだ全キャラの名前を把握していません…。 ただ、途中でカニが出てくるのです。 金ぴかに輝いている。 彼との会話でマウイという人間の本性が露わになってしまいます。 自信たっぷりで、不可能なことはない、 人々から英雄だと崇められていた彼が実は英雄でもなんでもない人間だった。 その時のマウイの表情は出会ったころの表情とは まるで違っておびえた顔をしています。 モアナからタトゥーの話を執拗に聞かれる時もおなじく、です。 その時の表情の移り変わりは、 ゴーテルの歌でおびえた顔と笑顔を繰り返すさながら。 が失った自己肯定感の先に マウイは親に捨てられた過去を持っています。 そこから神が与えてくれた釣り針のおかげで何でも出来るようになりました。 親に捨てられた、の下りは現代の世界でも そのまま"育ちに難がある"と置き換えられると思います。 「俺は生まれた時に普通の人間だったんから捨てられた」ということは 親が普通の人間でない可能性があります。 家族全員高学歴なのに受験失敗した子供のような居心地の悪さでしょう。 いわばその人のバックグラウンドだとか、ブランド力と呼ばれるものでしょうか。 「これがあるお陰で人は自分のことを評価してくれている」 「これがないと自分には価値がない」 そういった付加価値の象徴だと考えられるでしょう。 マウイは人の賞賛を求めて行動をしています。 親から与えられなかった承認を人々の賞賛で埋めようとしました。 そして実際に褒められること、人々の為になることをして英雄と呼ばれます。 しかしマウイは英雄と呼ばれてもどこか虚無感がありました。 自己肯定感が低かったのです。 ありのままの自分 釣り針を持っていない自分 に価値があると思えなかった。 海賊カカモラが出てきたときには、あれだけの力を持ちながら諦める始末。 小さなココナッツ相手にすら怖がっていたのです。 自己肯定感を他者で埋めようとしたマウイ この考察に関しては正直自信がありません。 なので他の人の考察も見てみたいと思っているのですが… マウイは一つ大きな罪を犯しました。 女神テフィティの心を盗んでしまったのです。 それもマウイが自己肯定感を得る為の手段でした。 こういった話はよく西麻布やコリドー街近辺で聞くのですが… チャラ男が女の子と遊ぶだけ遊んで、捨てるという話によく似ている。 これも元を正すとチャラ男は自分の育ちに問題を抱えていたりして その心の虚無を埋めるのに女の子と遊ぶのです。 私の大好きなやの記事を読むと こういった話はわんさか出てきます。 男にDV男…。 みんななりたくてなったのではありません。 学生時代はおとなしかった。 しかし何らかのきっかけで自己肯定感を失います。 社会人になってからその虚無を埋めようとして攻撃性をはらんでしまう。 彼らは学歴もあるし、イケメンだったり、スペックが高いように見える。 でも実際は心に問題を抱えていてずっと満たされないまま生きている。 マウイはめちゃくちゃいいやつです。 映画の中でもチャラくありません。 なのでマウイ批判ではないのですが、このあたりとカブる気がします。 女神テフィティ さて、遊ばれた側、実際に映画では遊ばれてはいないのですが 心 という名の石 を盗まれたテフィティは大変です。 大荒れに荒れています。 最初マウイとモアナはテフィティの近くに 炎の女神テカという恐ろしい敵がいると思い込んでいた。 しかし実際のテカは心を取られたテフィティそのものだったのです。 心を奪われて荒れている女の子の象徴というには 少し直接的すぎるかな、と考察に自信がないのですが、 心を病むといきなり別人のように変わってしまう人は多いので 元ある姿に戻してあげることは大事です 変な締め ただ、彼女も「」のエルサと同じように 自分が病んでしまうことで周りを災害に巻き込んでしまうという特性を持っています。 「海」の水分に弱かったり、その辺の意味も含めて再考察したいキャラです。 マウイのタトゥーの意味 「」でオラフの存在は エルサのであるとされてきました。 本心を隠し続けてきたエルサ、 王様と女王が出発する時も素直に抱き着けなかったエルサに対して オラフは「ぎゅーっと抱きしめて!」と初対面で伝えることが出来るのです。 マウイのタトゥーには小さいマウイが住み着いて縦横無尽に動き回ります。 彼はちょくちょくこの"ミニマウイ"に話しかけています。 この行為は矢沢栄吉でいうところの 「矢沢は良いけどはなんて言うかな」や 選手の「心の中のリトル本田に効きました」と同義です。 マウイも彼の心のコンパスに従っているのです。 すなわちタトゥーは彼の 「潜在意識」であると言えるでしょう。 潜在意識というとスピリチュアル方面の話になりそうですが、 単純に自分の中にある「意識していない部分の意識」ととらえて下さい。 マウイは自己肯定感が低い為に心 ミニマウイ と体 マウイ が別のことをしています。 タトゥーはモアナを助けたいのに、自分の手はモアナを船の外に投げ飛ばしています。 その後、終盤でマウイは自分の本心に従うことで モアナを助けにいった やっとタトゥーと自分の体は同じポーズを取ります。 全体のタトゥーももちろん潜在意識で、 彼は自分の今までの経験がタトゥーになっています。 進んで彫ったものではなく、勝手に出てきてしまうのだと言っているのでコン不可能です。 彼は自分の勲章とも思える経験を体に刻み込んでいますが、 自分の目に見えない位置 背中 に親に捨てられた経験を隠し持っています。 本人は隠しているつもりですが全く隠せていないし、 いつも心に残っているしこりになっています。 そのしこりを認めることで釣り針を扱えるようになりました。 ムーランとはまた違ったアプローチでの観 勇敢な女の子主人公で冒険モノときたら 絶対にはテーマに入ってくると思っていたら この角度から来たか…と感服しています。 見た目は立派なプリンセス でよく間違えられるのは 「女はピンクと決めつけるな、かっこよくあれ」という偏りです。 本来のとは「女性が好きなように生きる権利」であって ショートカット推奨教ではありません。 ピンクが好きなふりふりレースに囲まれた女性がいてもいいし、 もちろんブルーやブラックが好きなパンツスタイルの女性がいてもいい。 ディズニー映画「ムーラン」もを取り上げた作品です。 主人公ムーランが最終的に武力でなく頭脳を武器に成功をおさめるのですが 見た目は軍隊に入る為にショートカット、 そして男性と同じように見えるようにふるまいました。 それをしないとスリーが成り立たないからなのですが、 さらに観の本質を訴える部分として 今回のモアナの作品が出来たように思えます。 モアナは見た目も完全にロングヘアにスカートです。 マウイからは「プリンセス」と揶揄されますが 別に女らしさを否定することもありません。 女のままで自分に出来ることをしようとします。 マッドマックスのフュリオサもめちゃくちゃかっこいいですが モアナも同じようにかっこいいヒロインなのです。 王子モアナのキスシーン ハワイには"ホニ"という挨拶があります。 2人が鼻とおでこをつけて息を吸うものだそうです 実際にみたことはありません…。 この挨拶はキスと同義だそう。 モアナは最後にテカとホニをすることで、 彼女の本来の姿に目覚めさせます。 そう、今までのプリンセススリーで 王子様がキスをしてプリンセスを目覚めさせたことと同じことをしているのです。 モアナは王子様としての役割を果たしたのです。 女性同士のホニだからといって同性愛の象徴としてではないでしょう。 "主体的に動き、人を救える力を持った人間"として描かれる女性として考えるのが自然だと思います。 ホニはもう1度出てくるシーンがあって、 タラおばあちゃんとモアナも同じように何度かおでこをくっつけます。 ホニはハワイでは"相手の存在を認め合う"という行為のようなので 自信をなくしたモアナを励ますため、テフィティの心を取り戻すため、 効果的に使われています。 ホニについてはこちらのページに詳しく書かれています。 ワイキキのアウトリガーホテルでも朝にホニをするイベントがありますね。 その他いろいろ隠されていそうなメッセージ ヘイヘイ 日本でもニワトリ頭と言うくらい、にわとりは無能の象徴です。 でも結局ヘイヘイは最後に重要な役割を果たします。 人を見た目でバカって決めつけちゃいけないよとかそういうメッセージでしょうか。 モアナがサンゴを超え、海に漕ぎ出した船に乗っていたヘイヘイにかけた言葉、 そしてマウイがタマトアの住処に入る前にモアナにかけた言葉、 どちらも同じ「Stay! そこにいろ 」だったのですね。 日本語訳だとセリフの口調が変わるので気が付きませんでした。 あの船のシーンでモアナと映画の観客がヘイヘイに思った 「足手まといで旅の邪魔になってしまう」という感情を マウイも当初のモアナに感じていた、という象徴の様でした。 エイ ハワイでカメは神様と扱われているように エイも何かの象徴なのかと調べたのですが出てきません… ハワイアンタロットカードではエイが「偉大さ、空間支配」などの シンボルと言われているそうですが、ハワイに伝わっている考え方なのかは不明です。 占い方面には疎いのでもう少し情報を集めたいところです。 チャント・フラの振り フラの一つ一つの振付や、神聖な場所に入る時に唱えるチャントの 一つ一つにも意味があるそうです。 ニディズニーでやったメネフネトレイルで得た知識 なので、タラおばあちゃんとモアナの振付が少し違っていたところや マウイが唱えていたチャントを知るともろもろ深い考察が出来そうです。 いやーーー素晴らしい映画でした!公開中に何度も見に行くはず…! 海の映像もきれいなのでメッセージ性を考えずに見に行ってもいいですし、 隠されたメッセージから会について色々思いを巡らせるのも面白いです。 私は途中から涙が出てくるほど感動しました。。 としての構成も胸が高まる作品です…あの歌の挿入はずるいぜ… またディズニーで大好きな作品が出来てしまいました。 大筋として 「ありのままの自分を肯定し、自分の意思を信じて進もう」という テーマが題材かと思われます。 これに関しては先述の通り、マウイの自己肯定感の取り戻しもそうなのですが 大切に育てられてきたモアナも持っていないものだったのですね。 モアナは作中で何度も「私はモトゥヌイのモアナ!」と自己紹介します。 しかしこれもマウイの釣り針と同じく、 モトゥヌイという自分の所属 の村 ありきでの自分の名前なのです。 文句なしに自分の存在だけで勝負しています。 今まで受け身に村のを任され、海に選ばれだったモアナが 自分から選びにいきました。 タラおばあちゃんとのやり取りを振り返ってみると、 おばあちゃんは絶対に押し付けることをしなかった。 必ず「お前はどうしたいんだい?」とモアナの意思を尊重します。 死に際に「行け」とは命令しますが、この時点でモアナは行く気満々、 行けないと二の足を踏んでいたのはおばあちゃんの体調面の心配なので 意思の尊重としては問題ありません。 「自分の意思で進むこと」の大切さをおばあちゃんは知っていたのです。 そして作品全体から 聖書との相似性を強く感じました。 彼らは同じ言葉を話し 同じ民族 、 「人々が各地に散らばらないように」塔を建設していた。 モアナには聖書をかじったことがある人なら「おや?」と思うシーンがたくさん出てくる。 まずは冒頭の石を積み上げるシーン。 石を紹介するときの父のセリフは「この石が積み上がれば積み上がるほどこの村は大きく、高くなっていくのだ」。 聖書の中でのは「人々が外にでないこと」を目的として作られた。 星を頼りに人を探す場面。 これはキリストが誕生した時に馬屋の場所を探した3人の博士とカブる。 昔の人なら星を頼りに道を歩くしかないのだが、モアナも博士も「明らかにそれと分かる星」を頼りに見つけ出したという点では同じだろう。 すなわち、両親が普通の人間でない中で自分だけ普通の人間だった可能性が高い。 対してキリストは両親は普通の人間で、自分は神なのである。 すなわち、半神半人。 人から崇められてはいたが、死ぬその時まで自分の存在の意義を見出せないままでいた。 マウイと出会う島でモアナは洞窟に閉じ込められる。 この時洞窟をふさぐのは大きな1つの石。 絶対に出られない洞窟からモアナは脱出する。 モアナも同じように村の人たちを守るために「選ばれ」旅立った。 どちらも能動ではない。 さすがにここは重要シーンなのででは伏せたいが、あのシーンも聖書の元では民を救うためのシーンなのだ。 聖書をかじった人であれば頭をかすめるこのシーンの数々。 狙って作ったのかな?と思われます。 モアナが心を返そうとしたシーンで引きの絵になる時、 島全体に女性が寝転んでいるようなシルエットが浮かぶのも気になります。 相手を知らないことの恐れが争いに繋がる、 テロリストにも実は理由があるとか、そんなことを少し思わされたり。 --- のエルサはの設定であったと製作者が語っていましたが マウイの場合はこの病名を題材にしているであろう、と考えられる思い当りがありました。 「ただの男」と言われる時のマウイが怯えた顔なのも面白い。 機嫌が悪くなったり、悲しそうな顔でなくどうにも怖くて落ち着かないのだ。 逆に賞賛される、ヒーローになれると聞けば安心したような顔をする。 承認の渇望が手に取れる。 自己愛性パーソナル障害モチーフのようだ。 ただ、今それをモチーフにするディズニーが分からん。 伝統くそくらえ!にはならず、先人の教えを大事にしていこうというメッセージ性も 含めているのは良かった。 最終的に石を返しに行ったのはモアナですが、マウイが役立たずということではなく マウイなしでは海を渡れなかったモアナ。 重要でないキャラがいない、というのもこのディズニー作品の良さです。 モアナが歌う主要テーマソング「How far I'll go」で See the line where the sky meets the sea? という歌詞があります。 日本語版では空と海が出会うところはどれほど遠いの、という歌詞です。 マウイは意外と海での身のこなしが上手くないな、と思うのですが 船を操縦するのは達人レベルですが、おぼれた時の対応や海の底でもがく場面 鳥になって飛んでいる場面では活き活きしているのです。 対してモアナは今まで海に出ることを許されていなかったのに おぼれても海での身のこなしが上手。 なのでこの歌詞は空=マウイ、海=モアナで変換出来るかと思いました。 変換したところで歌の輪郭も何も変わらないのが悲しいところです… --- 船は「自分の進む道」のオマージュだ!と何かで感じたのですが 夜ごはんを食べている間に忘れました…頭がヘイヘイです。 --- インナーワーキングもそうだったのですが、 マウイの島に着くシーンに船から水の温度を確かめるシーン 排泄ネタが多かったですね それは深読みしなくていいと判断) ladytricolore.

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