自己 愛 性 パーソナリティ 障害 特徴。 自己愛性人格障害とは?知っておきたい10の特徴

自己愛性人格障害の特徴と症状まとめ、職場や夫婦間でも問題に

自己 愛 性 パーソナリティ 障害 特徴

自己愛性人格障害とは 普通の人に見えて 実は普通のひとと全く違う 感覚を持った人のことです。 しかも自己愛性人格障害にも いろいろなタイプがいますので いろんな例を見て あなたのそばの疑わしい人と 比べてみるとよいでしょう。 普通の人が 予測不可能な形で感情が動いていて それは通常、表面上は 分かりにくいことが多いです。 普通の人が怒ったりしないことで ものすごく腹を立てるので 近づくのは 大変危険だとされています。 ところが、表面上は とても穏やかでいい人に見えるので なんとなくその魅力に引寄せられ 近づいてしまう人が後をたちません。 Tiaraも実際に 自己愛性人格障害のひとが どのような人のことなのか 知っていますが 知っていたとしてもやはり穏やかで 落ち着いている 素敵な人に見えるときは 見えるのです。 でもふとした時に、 なんとなく恐怖を感じ その予感は現実のものと なっていくのが 分かっているので この人は自己愛性人格障害だと 判断したときは いくら優しくても どんなに親切にしてくれたとしても 心の中では距離をとるように しています。 Tiaraも今の会社に入って 半年ほどたつのですが 今までおとなしく、 大人で落ち着いていて 優しそうな控えめな 品のある女性だと思っていた人に 自己愛性人格障害のひとと 同じような特徴を感じました。 落ち着いていて品もよく 女性らしい柔らかな雰囲気の 40代とみられる女性なのですが この前、給湯室当番のことで 注意をされたことがありました。 Tiara自身もまだこの会社に入って 半年ほどなので、まだ2回ほど 給湯室のそうじ当番が 回ってきただけなのですが 前回に比べて給湯器の汚れが とれていないことに気づきました。 Tiaraの前の当番の子は Tiaraのチームに入ってきた 新しい子なのですが 給湯室の掃除を教えて、次の日に その子の掃除の終わる時間が あまりにも早かったことに 驚きました。 Tiaraは 1時間半~2時間かかるところを その子は15分ほどで 掃除を終えて戻ってきたので とても驚きました。 「全部外して手洗いだけど もう終わったの? ちゃんと洗った?」と聞くと 「終わった~。 」と 間の抜けたような声で でもはっきりというので 「嘘。 きれいに洗ってないでしょ?」 なんて 見たわけでもないのに言えなかったので 特に何も言いませんでした。 Tiaraがその前に 掃除の仕方を教えてもらったのは、 自己愛性人格障害ではないかと 疑っている この落ち着いた女性の方なのですが 簡単にちゃっちゃっと 説明しただけでした。 しかも当日は、彼女が休みらしく いないから今説明するわと その前の週の金曜に聞いています。 当番は月曜からなので 土日を挟んでいるし、 金曜日に給湯器も開けないで 中を予想して聞いているだけですので もう少し丁寧に 説明してくれてもいいのに と思っていたのですが 本当に簡単に 「この中も全部開けて 手洗いします。 」 と言われただけです。 Tiaraは中身を 想像するしかありませんでした。 開けたときは どうやってばらしたらよいか 分からず、壊さないように こわごわやっていました。 自己愛性人格障害のひとは わざと分かりにくく説明をして 失敗をさせて怒ったり 困った顔をしたり 迷惑がったりします。 特に品のいい女性の 自己愛性人格障害は 怒ったり怒鳴ったりするケースは 少なく たいていの場合、困ったかおをしたり 「あーあ、そんなにしちゃって。。 」と 驚いたりするケースは多いです。 やり方としては こちらが悪いなと罪悪感を 持ってしまうようなやり方で 周りの人から見ても こちらが自己愛性人格障害のひとに 迷惑をかけているように見える やり方をします。 あまり丁寧に説明しない女性に対して (まさかね。。。 )と 思ったくらいでした。 その場でやったわけではなく 簡単に口頭で こうしてこうしてください、 といっただけなので不安になり 「どれくらい時間がかかりますか?」 と聞くと 「それは人それぞれ。 すごく早く終わる人もいるし 時間をかけて丁寧に洗う、という人も いるのでまちまちです。 」と 言っていたので たしかに性格によるか、と思い 何も言いませんでした。 ですがただでさえ、ざっくりとした説明で しかもこちらから質問しても まちまちです。 というような 曖昧な答え方では なにも検討もつきません。 Tiaraはよくお茶を飲むほうですし ましてやわりと神経質なほうなので 自分が嫌なのできれいに洗います。 ましてや人によっては あまり丁寧に洗っていないと聞けば なおさらです。 給湯器は中を外して すべて手洗いなのですが お湯が出てくるところの受け皿が 茶色く色がついてしまっていたので (なにこれ?)と思いましたし その子の掃除の様子が あまりにも早かったので もしかして ちゃんと掃除していないんじゃないかと 疑うことは疑ったのですが でも、言われると気分も悪いと 思って言いませんでした。 Tiaraは神経質なので 手拭きのタオルも 食器をふくタオルも手洗いなので よほどきれいに洗剤をつけて こすらないと怖いです。 洗濯機で洗わないことに とても驚きましたが 昔ながらの会社なので 代々手洗いでやっているようです。 それなのに前回の当番の子の 15分という時間は あまりにも早いと感じましたが 何も言いませんでした。 そもそもまちまちだと言われているので 早い人もいるか、という感じです。 まちまちと言われましたが、 tiaraにはしっかり 言ってきましたけどね。 でもまあ少し嫌だなと思ったら 自分がきれいに洗えば いいだけのことです。 一週間、すべての道具を 毎日きれいに手洗いしてから 漂白をするので時間がかかります。 ですが、時間がかかっていると いうことは 丁寧に洗っていると 思ってもらえるだろうと思い 一生懸命やりました。 掃除は嫌いではないので 全然嫌ではなかったのですが 仕事が押しているときは 時間が気になり、できるだけ 早く終わらせたいと思っていました。 ですがそれだけの量ですので どうしても時間は かかってしまいます。 まさかすすぎが足りない状態で 切り上げると漂白剤が タオルについたままですので 食器をふくには危ないです。 それでも毎日、 きちんとどちらかというと チャチャっと終わらせてしまう人も いるというのならばむしろ そういう人よりは丁寧にしたほうだと 思いました。 そしてTiaraが掃除当番だった後に Tiaraのチームの新人の女の子 そしてもう1人を挟んでから またTiaraに戻ります。 そして今週は、そのTiaraの後の あの掃除の説明をしてくれた 温和な女性だったのです。 月曜になりその女性の当番になると 女性が目をまん丸くして 掃除してくれました?!」 と驚いたように言うので 「はい。 」というと 「ここも?ちゃんと ここもやってる?」 と聞いてくるので 長い時間をかけて 丁寧にやってくれている と思ってもらえてると 思っていたのでその言葉は 大変にショックでした。 それで先週の月曜日にTiaraが 思ったことと 同じことを思っているようです。 「実は、先週私も同じことを 思いました。 以前に比べて受け皿が 茶色くなっていると思いました。 実は新人の女の子が やけに早いなと思ったのですが やった、っていうし 追及はしたら失礼になるかと 思って言いませんでした。 その代わりTiaraは すべてのものを毎日漂白したので その時以上には汚くなっていないと 思いますよ?」というと おとなしいながらも少し声を荒げて 「1人じゃないかもしれないから Tiaraさんも漂白だけじゃ 落ちないから たわしでごしごしこすって!」と 言われました。 その時彼女からは異様な殺気と 目をむき出しして大きく見開いて 怒鳴りながら 少し楽しそうにも見えて おちょくり半分です。 ですが、ギリギリ まじめに怒っていると とらえることができましたが その時の彼女が こじつけをしているようにも 見えなくもないのです。 でも、彼女を疑いだしたのは そのあとからの行動のほうが 大きいかもしれません。 いつもはそんなにつるまない人なのに やたらとTiaraの周りで いろんな人と立ち話をしたり 誰かの海外のお土産を いつもなら打ち合わせをする テーブルのところに 置いておくだけなのですが わざわざ1フロア70名ほどいる席に 1人1人配ったり。。 そして配るときに1人1人と お話をしながら回っていたのですが Tiaraの席の周りの人の時は 話す様置いていく感じです。 Tiaraのそばに来た時は 特別冷たい空気を なんとなく感じましたし これは、自己愛性人格障害のひとの 見せつけ行為にも見えます。 Tiaraもみんなと同じように 「ありがとうございます。 」と 言いたかったのですが なんとなく話しかけられるのを 拒否して 通っていくのがわかります。 (彼女のお土産ではなく 営業の方のお土産を彼女は ただ配っているだけ) なんとなくいつもやらない行動に この人はもしかしたら 自己愛性人格障害ではないかと 思いました。 Tiaraの掃除を注意したことからの ごまかしの意味で みんなと仲良くしているところを 見せつけて Tiaraから嫌われることを 防御しているかもしれません。 そもそもTiaraは「違う」と 説明しているのに 掃除の早かった彼女には注意しようと しないのです。 以前のTiaraなら自分じゃないことで 責められても 「自分はやっていない」 と言うことができませんでした。 そのせいでよく 本当にそれをしてしまった人から 影で ごめんね と 謝られることはあったのですが 上司にはTiaraがやった、 と思われたままだったので、 上司のtiaraへのあたりが きつくなったこともあります。 そのとき、友達に相談したら 「自分がしたことじゃないことは 認めたらだめだよ」と 言われていたのですが、 どうしても「私じゃないです。 あの人です。 」と 言うことができなかったんです。 陰で謝ってきたひとには 「いいよ、いいよ!」と言ってしまい いい顔をしてしまったがために 自分がどんどん辛くなる、 という思いをしたこともあります。 それに陰で謝る、ってそんな人に いい顔をしてもそのひとは 自分の立場を守るために していたことだったのですが、 そんなことには気づかずに 悪者にされてしまっていることにも 気づかないで親切に 自分のせいにされたままに していたのです。 だから、今日はきちんと 自分ではないことと 心当たりのある人のことも言っても その女性の態度は変わらず、むしろ 普段はしない、わざわざチョコを 配る態度やその時に なんとなくTiaraを 拒否したような態度、 すべてが自己愛性人格障害のひとが 支配しようとしているときに 取るような行動です。 この彼女とは 同じフロアなのですが ほかのひとに感じない 自己愛性人格障害の特徴を 感じたので この彼女とは極力距離を 置いて付き合おうと思います。 まだ自己愛性人格障害かどうかは 分かりませんが、 信用できる人間でないことは 確かです。 自己愛性人格障害のひとは 不自然に悪者にしようとしてくるので そんな雰囲気を感じたときは まだ分からないとしても その人とは距離を 置いたほうがいいでしょう。 人気記事一覧• 150• 126• 101• 274• 131• 139• 108• 130• 310• 104• 108•

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自己愛性人格障害の取り巻きとターゲットの特徴と関係

自己 愛 性 パーソナリティ 障害 特徴

スポンサーリンク 今回は、自己愛性人格障害 自己愛性パーソナリティ障害 の特徴と症状についてまとめてみました。 自己愛性人格障害の特徴と症状は? 良好な人間関係を築くためには、お互いに相手の気持ちを理解し、思いやりをもって接することが大切ですし、基本的なことです。 ですが、自己愛性人格障害 自己愛性パーソナリティ障害 の人は、自分のことばかりで相手の気持ちを考えない、という特徴があります。 その結果、職場や家庭での人間関係で問題を起こすことが多くなりやすいのも特徴的です。 しかも、なぜ人間関係がうまくいかないのか、自分が悪いとは考えていないので、本人は理由がわからないことも多いのです。 上司にはうまく取り入ってそれなりに出世している人もいて、自分の部下を自分の出世のために利用したり、平気で嘘をついたり、というケースも少なくないようです。 自己愛性人格障害の上司は、部下の気持ちや事情を全く考えず、自分の手柄や出世、評価のことしか頭にないので、部下をこき使い、うつ病に追い込んでしまう、という例もみられます。 スポンサーリンク 「夫婦なのだから、自分の気持ちを満足させるようにして当然」と妻の気持ちを考えずに、自分のやり方や考え方を一方的に押しつける自己愛性人格障害の夫もいるようです。 自分だけが大切で、妻に対して思いやりがないので、夫婦関係が崩壊し、愛想をつかされて離婚するケースも増加しています。 特徴や症状が相手に対してではなく、自分に対してあらわれるケースです。 特徴のあらわれ方はちがっても、どれも同じように強すぎる自己愛が原因です。 社会的引きこもり 人間関係がうまく築けず、人との関わりを断とうとして社会生活が制限され、ひきこもり状態になってしまう。 リストカットや自傷行為 自分の手首や身体を傷つける行為を繰り返してしまう。 自己愛性人格障害のなかでも、境界性人格障害に近いタイプといえる。 ですので、自己愛性人格障害とは本人もまわりも気づいていないケースも多いようです。 あなたのまわりの人のなかにも、もしかしたら自己愛性人格障害の特徴や症状を持っている人がいてもおかしくないかもしれませんね。 118•

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離婚したい方必見!自己愛性人格障害の主な12個の特徴

自己 愛 性 パーソナリティ 障害 特徴

もう一方は、軽度の発達障害の傾向があり、遺伝的要因が強く、生まれ持った資質の弱さから、神経の繋がり方が繊細になっているタイプです。 自己愛性人格障害の人は、トラウマ的な環境にいて、警戒心や防衛本能、攻撃性が強くて、ほど良い親のもとで育っていないことが多く、落ち着く場所がありませんでした。 そのため、人と繋がりながら、安心して過ごすことが難しく、自然に身体はリラックスしていかなくて、気分の波の激しさから、真ん中の状態がありませんでした。 子どもの頃から、親子関係で危険や嫌悪を感じながら、自分の思うような行動が取れずに毎日を過ごしており、自分を元気にする方法がすごい自分になって、頭の中でそう思い込むことでした。 そして、周りが自分の思い通りに動いてくれるとか、自分の色合いに染まってくれると、より元気になり、身体が軽くなって、もの凄く動けるようになります。 子どもの頃から、身体の中にトラウマを抱えているハンディがあり、嫌なことがあると、ソワソワして落ち着かなくなり、その場をうまくこなせないと、身体が硬直して、萎縮してしまう無力さを抱えているため、肥大化した万能な自分で生きるしかありませんでした。 そのため、すごい自分でいられなくなると、何も満足できなくなり、体調も悪くなって、無力でダメな自分が現れ、何も出来なくなります。 彼らの特徴の一つとして、些細なストレスでも、身体は身構えて硬直し、頭の中の好奇心か嫌悪のイメージがそのまま身体に表現されてしまうため、傷つきやすく、両極端な自己像になり、すごい自分を空想するか、どうやったら自分が優位に立てるかを考え、自分の土俵に変えて、新しいルールを作ることが自己防衛になります。 トラウマのせいで、人の気配や表情、態度、視線、言葉、物音、匂いなどを敏感に察知し、身体は防衛体勢に入り、頭の中でアセスメントしますが、嫌悪感のほうが強くなると、胸が痛み、動悸が激しくなり、拳に力が入り、体温が下がり、全身が縮まります。 そのため、無意識下で縮んだ部分を広げようとして、怒りの感情を表現するか、投げやりな態度を取るか、感覚を麻痺させるか、すごい自分を想像するか、自分の中のルールに従うか、相手を見下すかなど、その人独自の習慣が出来ます。 また、痛みの伴う身体を切り離して、頭の中で自分の都合の良い論理的思考を展開して、万能的な自己イメージを持つことで自分を安定させています。 万能的なイメージ通りの自分を演じて、人に良く思われていると妄想に耽ることで、本来の自己の欠損や不全感を埋めています。 自己愛性人格障害の特徴をさらに細かく分けていくと7つあります。 彼らは、世の中の不条理な在り様の犠牲者であり、不満や我慢に耐えながら、反発する力が育っており、自分の言い分が正しいと固執していくか、絶望のなかで、ある対象を理想化し、嗜癖化していくことで、本来の痛みから遠ざかろうとします。 特に、母親の不在や共感不全により、自分は素晴らしい存在であるということを映し出してくれる鏡がない子どもは、感情や自己調整機能に障害が出ます。 そして、人と穏やかに過ごすことが難しく、気分の浮き沈みも激しく、優越感にのめり込んで、尊大に振る舞う反面、劣等感や無力感で苦しみ、極端な行動を取っていくようになるため、自己愛性人格障害が形成されます。 また、母親という愛着対象との皮膚の接触が危険であれば、対象との距離を置いて、対象なき世界で己の力とスキルを磨き、自己に陶酔することで安全感を保障します。 このタイプは、人を愛するというよりも、自分の技能を高めようとします。 過覚醒の時は、自分の能力の限界に対する認識を欠き、理性的な判断が難しくなっていて、リスクを考えずに無計画に行動するため、こころの発達が未熟で自己中心性の高くなります。 このような人は、落ち着いて、のんびりゆっくりすることができない環境で育ち、腹側迷走神経複合体の働きが弱くて、社会交流システムがうまく働きません。 些細なことでも、不安や動揺を感じやすく、身体は緊張していて、嫌なものを感じているか、好奇心のあることにのめり込みます。 調子が良い時は、他人に好意を持ち、たくさんのアイデアが浮かんで、活発な思考と行動を取り、他人のことはお構いなしに接近していきます。 一方、不快な状況では、闘争本能を剥き出しにして、自分の主張を振りかざし、正論を言って、自分の身体を元気にします。 また、覚醒度の振れ幅が大きく、神経が昂り、気分の浮き沈みが激しいために、安定した状態を得ようとして、周りを過剰に気を使いすぎて疲れます。 良い状態を維持するためには、強圧的な態度で周囲を圧倒し、自分が一番でないと気が済まないとか、お金や欲にまみれるとか、自分のことをしか考えていないなど極端な行動を取ります。 一方は、過去の外傷体験の衝撃や恐怖に圧倒されていて、恥や敗北、無力化した自己の部分は内側に閉じこめています。 もう一方は、対人関係において、恥をかいたり傷ついたりすることを避けようとして、頭の中で思考し、なんでもしようとする部分があります。 この部分は、心が繊細で傷つきやすく、リスクや危険な目に遭うことを酷く怖がり、外の気配に過敏になります。 日頃から、自分の恥ずかしい部分がバレないようにと、人の視線や反応を気にして、先手先手を打ちながら、外面を取り繕い、論理で自分を正当化し、人に良く思われようと努力しています。 また、不確実な要素や外部の雑音に耐えることが苦手で、予期せぬ出来事が急に起きないように、あらゆる先のリスクまで考えてしまって、不安や心配が強くなって、どうしていいか分からなくなります。 自分では何も選択できず、他者から良いもの差し出されても拒んでしまい、自己中心的な世界をグルグル回るだけになります。 あとは、生活全般の困難が続くと、自分の身体の感覚や感情を感じられなくなり 、自分でいられる感覚も乏しくなって、自分で自分を満たせなくなるために、頭の中で自分は凄いという妄想に耽るか、対象に求める質が病的になります。 そのせいで、自分の感覚が乏しく、自分で自分を満たすことができないので、自分の見栄えを過剰に気にして、規則正しく振る舞い、素晴らしい自分を演じることで、人から良い反応を引き出し、自分を満たしてきました。 相手と比べて自分が凄いと思い込むことで、自己の病理的な部分が誇大化されます。 また、自己存在の希薄さを埋めるように、肉体を求めて、快楽主義的な欲望に耽るタイプもいます。 このような人は、自分のなりたいイメージと自分の実際の姿とのギャップが大きいのが特徴です。 自己愛の強い親は、わがままで、身勝手で、DVがあり、子どもに一番になれとか、強く育てようとします。 その反面、皆が利益ばかりを追求して、損得勘定が世間一般の価値観になってしまったので、法律に反していなければ何をしても良いとか、正しさよりも快楽や欲求を充足させることを優先する人がいます。 トラウマを負っている人は、学校教育や行事などの集団場面において、ルールや規則に縛られることを嫌で、脳や身体が再外傷化のサインとして受け取り、とても疲れやすく、不快感が出るため、無規範で自由を追い求めます。 一方、不確実な要素を嫌う一面があるため、論理的で、ルールや規則に従います。 また、生まれつき神経の働きが過敏な人は、身体を空っぽにするため、自分で何も感じられなくなり、対象を求める質が異質です。 これらの要素が複雑に絡み合いながら、トラウマという不条理な有り様のなかで育ち、内的には自己の分裂が存在していて、人と繋がり、穏やかに過ごせないなかで、自己の病理的な部分を理想化し、対象を求める質が極端になります。 自律神経系や覚醒度の調整不全ゆえに自己不全感のある本来の自分と、完璧な自分との間の不一致が大きく、相手への共感性や罪悪感よりも、自分の欲求が満たされるか、または将来において報酬が期待されるときのみ行動するようになり、自己愛性人格障害を形成していきます。 自己愛性人格障害の人は、利己的で他罰的で、自分の欠点を否定し、他者の意見を素直に受け入れられなくなり、他者と競争し、自分の目的のためなら他者を操作をしようとする自己中心的な行動を取ります。 例えば、虐待やネグレクトする親を持つことの絶望とか、性被害に遭うことで変えようのない体を持つとか、ギャンブルやアルコール依存にはまる親を持つどうしようもなさとか、いじめられていても戦うこともできない無力な自分とか、父親から暴力を振るわれる母親を見ている無力な自分とか、様々なことを負わされることで自分のことを愛せなくなります。 また、深く傷つけられた体験をした人が自分は汚らわしい存在とか、恥をかかされたのに怒ることが出来ず自分は無力であると自己規定してしまうと、良い自分(他者との関係で承認された良い部分)のほうが悪い部分(不承認される悪い部分)を批判したり、なんとか追い出そうとしたりするので、高められた自己像と低められた自己像の間で分裂が起きます。 この二つに分裂した自己像を統合することは難しく、ありのままの自分を愛することは出来なくなります。 別の言葉を使えば、痛ましいトラウマにより、尊厳が踏みにじられることで自己を構成する各部分がスペクトルの両極に分裂してしまい、一瞬にしてありのままの自分(等身大の自己)を失ってしまいます。 一部、例を挙げると、万能感か無力感、善か罪悪か、純潔さか不潔か、優越感か劣等感、理性か本能か、亢進した部分か退行した部分か、サディズムかマゾヒズムかに引き裂かれることにより、極端に違う自分が同時に存在する状態になり、その間を行ったり来たりすることで自己イメージは混乱して、極端な行動をとるようになります。 一方で、発達早期のトラウマの場合、ありのままの自分は、現実ではあまりに小さくて無力なため、生き残れなかったと言える場合もあります。 例えば、大人から侮辱され、恥をかかされ、理不尽な目に合わされてきた子どもは、酷く傷つき、弱くて小さい存在です。 しかし、弱くて小さいありのままの自分では生きては行けないので、生き残るための一つの方法として、強くなって、冷酷になって、加害者の大人側に回ることがあります。 また、大きいふりしたり、明るいふりしたり、まともな人間のふりをしたりと自分の本当の感情を見せないで、無意識のうちに強く明るく元気があるように振る舞ってる人がいます。 さらに、狼のようになって周囲を過剰に警戒したり、攻撃したりして生きている人います。 その他にも、困難な日常生活を切り離しながら、夢の中で生きている人もいます。 こうした子ども時代の親子間、学校社会のトラウマにより、子どもは自己を極端に分裂させてしまうため、将来の人格形成に大きな影響を与えてしまいます。 自己愛性パーソナリティ障害の人は、養育者からのネグレクトや虐待、過干渉など受けて、子どもの頃から不条理な環境で育ち、とても臆病で傷つきやすいために、表面を取り繕い、傲慢な態度で周囲を圧倒し、尊大に振る舞おうとする歪んだ自己愛の世界で生きていくようになります。 子どもは、母親(養育者)との関わりのなかで、自分を意識し、自己概念を発達させます。 つまり、子どもは、どんな時でも母親(養育者)を必要としており、自分が自分であるというのは母親があって成り立ちます。 そして、子どもは母親の眼差しを見て自分のことを価値があるように思います。 母親から愛情をたっぷり貰うことで、自己のまとまりはしっかりしていき、こころは豊かになって、心響き合う人間関係の土台が作られます。 しかし、母親の不在やネグレクトなどの虐待、過干渉のもとで育った人は、自分が素晴らしい存在であるということを確信できずに、自己愛が歪んだ形であらわれて、こころや身体は病的になります。 例えば、 母親に依存しようとしても、絶望の気分にさせられる場合は、感情の揺れ動きに疲れ切り、気分が落ち込んでいくなかで、自分は完全無欠の高みを目指していく光の側面と同時に、毛むくじゃらの野獣の暗黒面を理想化していくことがあります。 また、母親から愛情を一つも貰えなかった子どもは、自分の心を落ち着かせて支えてくれる体験が不足しています。 そして、母親に見捨てられるかもという恐怖があり、必死にしがみついて、良い子を演じるか、母親の愛情を勝ち取るために、誰よりも努力して、力や支配性を理想化していくことがあります。 さらに、母親の嫌なところを見てきて子どもは、そういう側面が嫌になり、自分はピュアで真っ白でいたいと思って、汚れた部分を嫌います。 また、生まれ持った資質の弱さや不幸な生い立ちの子どもは、自分の恥じている部分がバレないようするために、人の目を気にするようになり、万能な自分を見せていたら、いつの間にか、自分の弱さを見せれなくなり、生きにくくなります。 あとは、過酷な環境のなかで生き抜くために、恐怖や怒り、怯え、痛みなどが麻痺していくようになると、自分の感覚も人の気持ちも分からずに育ちます。 その一方で、ある時、大人から愛情を貰うとか、クラスメイトの子よりも勝っているという優越感に浸る体験をするとか、周りの子から羨ましがられることがあると、今まで欲しかったものが手に入り、その快感に取り憑かれるようになります。 その後も、そのときの快感が忘れられず、自分の中に強く残ってしまうので、人と比較するようになり、人に認められるための行動を取るようになって、すごい自分に見せるために、対人関係の取り方が極端になっていきます。 そして、人に認められるために、良い人を演じて、ひたすら理想を追い求めるようになりますが、身体の中のトラウマがハンディになり、自分の思うような人生が歩めません。 母親の世話(肌を包んで安心させてもらうぬくもり)が過度に不足し、虐待やDVを受けて育った子どもは、両親の顔色を伺いながら、気持ちを先取りして、期待に添えようと、規律を守り、行動の順序を考えて、良い子として頑張ります。 しかし、普段の頑張りを誉めてもらない場合には、ガラガラと崩れ落ちる絶望感のなかにいて、親の不適切な養育に怯えながら、落ち着いて身体を休めることができません。 次第に、生活全般の困難に圧倒されて、自分が自分でいられる感覚が麻痺していくなかで、太古的な情動や攻撃性に身体が蝕まれ、焦りや不安、緊張からイライラしやすくなります。 過覚醒が慢性的に活性化することで、過剰なエネルギーが流れ込んで、身体や感情を司る自律神経系の調整不全が起きます。 そして、子どもは、幼いうちから自己調整機能や覚醒度のコントロールの不全感を埋めるように、思考や行為を強迫的に反復し、細部にこだわり、自己の完全性を維持しようとして、自己中心的な性格に変形していきます。 その結果、自己不全感のある本来の自分と完璧な自分との間の不一致が大きくなります。 危険な状況や嫌悪感が強い状況が続くと、警戒心が過剰になり、身体は過緊張状態から、全身が闘争・逃走の過覚醒にすっかり染まっていきます。 そして、外の世界に注意が向き、神経が過敏に反応して、急な出来事や予測できない事態を恐れるようになり、危険があるかどうかを細かいところまで探り、あらゆる先のリスクまで考えるようになります。 その一方、物事を解決しないと不安や動揺が強くなり、焦燥感が出て、じっとしていられなくなるため、物事を白黒はっきりさせて、その場の最適な方法で行動を取り、問題解決したくなります。 しかし、物事が解決しないと、胸がザワザワ、イライラ、落ち着かず、気が狂いそうになります。 嫌なことに対して、身体が不快な反応をするために、興味のある刺激を好んで、好奇心が人一倍強くなり、現実が辛い場合には、頭の中の万能的な空想の世界に退却し、自分の状態を安定させます。 さらに、危険から自分の身を守るためとか、恥をかかないようにするために、人に良く思われることが習慣化していって、周囲の反応や評価を気にしています。 発達早期のトラウマというのは、一瞬にしてその人の力を奪い取り、バラバラにするために、感覚情報が視床と皮質で統合されずに断片化されてしまって、意識や認識過程の領域を狭める結果になり、こころの成長を止めてしまうことがあります。 また、トラウマの影響で、合理的な脳の働きが弱まり、無意識の本能的衝動や生理的欲求 との境界が開放されていくと、自我意識(自分の感情や欲求を抑えて、欲求の充足を先に延ばし、長期的な目標に従う)よりも、衝動のままに行動して目先の欲求を満たそうとする快楽原則に支配されます。 大人になると、消費するために毎日働き、快楽を満たすことが生きる意味で、欲求を満たしたいという欲望のまま、自己中心的で浅ましい人間になるかもしれません。 次に、生活全般の困難さが増して、恐怖や怒り、苦痛、恥辱に圧倒されていくと、身体が固まり凍りつき、心はその痛みを感じないようにトリックをかけて、私は人間であるという体験(自己感覚・身体感覚)が麻痺していきます。 自分が自分でいられなくなることで、自己、身体、感情、時間感覚が分からなくなり、他者の視点に立つよりも自分の感覚を取り戻そうとして、強迫的にある特定の対象や行為、過程を求めようとします。 また、自分で自分を満たすことができなくなると、自分を満たすために他者を自分の一部のように見たり、他者を巻き込んでいくようになります。 さらに、自己感覚が麻痺すると、自分のことがよく分からなくなり、自他の区別がつきにくく、当然他者の気持ちも理解できなくなって、世間一般の常識と自分の認識のズレが生じます。 発達早期に無力化されるようなトラウマを受けた人は、その戦慄や恐怖により、動けなくなり、自分が自分でいられなくなって、もともとの自己の部分は、心の奥に隠れてしまうことがあります。 そして、二度とこのような破局体験(カタストロフ)が起きないようにと用心深くなりながらも、完璧な対象を理想化し、その対象に自分の存在感をアピールして、人に承認されたいと努力します。 また、自己の崩壊を防ぐためには、人はなんでもしようとして、他者を不当に利用したり、よく思われようと努力したり、家に引きこもりになったりして自分を守ろうとします。 身体の神経は、交感神経と背側迷走神経が過剰で、負荷がかかり、思考で埋め尽くされ、閾値を超えると、体調を崩してしまうために、自分の好き嫌いをはっきりさせて、自分のしたいようにすることで自分の身体を楽にさせます。 自己愛性パーソナリティ障害の人は、自分のやりたいようにやっているときが人間らしい呼吸ができる唯一の時になりますが、やりたいようにやっていると周りとうまくいかなくなるので、相手に合わせることもできます。 しかし、相手が自分の価値観と違っていると、それに合わせる意味が感じられないので、関係は続きません。 以上のことが折り重なり合い、外の世界に注意が向き、視覚や聴覚、身体感覚などの過敏さと鈍麻の間を行き来していて、人の何倍も傷つきやすいメンタルを持っています。 痛みや傷つくことが怖くて、実際の自分よりも、凄い自分を誇張して、自分の弱さを見せれません。 急な出来事や予測できない事態が起きると、すぐに身体が反応してしまうことが不快で、それを処理できない自分を恥じて、そのような出来事が起きないように注意を張り巡らし、身体の感覚を麻痺させるようになります。 他方、興奮する場面では、周りが見えなくなるほど熱くなって自己中心性が増します。 そして、親の機嫌の悪さを察知して、怖がりで過剰に同調的な良い子の部分と、親に注目されようと、明るく元気に振る舞ったり、おどけて悪ふざけが過ぎたりする部分と、危険を感じて覚醒し、自分の技能を高めるために、スリルを楽しんだり、周りが見えなくなるほど自己中心的に振る舞ったりする部分など、極端な行動をとる自己を持つようになります。 人間は生理的欲求が欠乏していくと、その充足を求めて行動しますが、病的な自己愛の人は、尊厳が踏みにじられたり、安全・安心が脅かされたりしてきたために、全身が縮まっていて、容易に神経系の働きが闘争・逃走反応の状態に切り替わります。 トラウマがある人は、ストレスホルモンのレベルが瞬時に上がりやすく、交感神経の働きが、覚醒度の耐性領域を超えてしまうと、身体(本能、情動)と心(理性)との間で生理的混乱が生じます。 そして、強いストレスに曝される環境では、交感神経の働きが活発で、身体は縮まり、胸は圧迫されて、呼吸はしづらく、心臓に負担がかかるので、無意識のうちに発散を求めるようになり、自分より弱い立場のものに怒りが向けられます。 また、その混乱を制御しようとすればするほど、多くのエネルギーが必要になり、自制しようとするパワーも切れて、体調が悪くなるか、シャットダウンします。 さらに、常に気が張って、神経が尖り、心身の機能が過酷になると、他者の感情を読み取って、受け取ることが難しくなり、社会の人々との繋がりが遮断されます。 親の愛情を貰えなかった子どもは 、ケアの不足により生じた悲しみや、空虚感を埋めるために、何かに夢中になります。 物心ついた頃から、女の子の場合は、スピリチュアルな空想へ耽溺し、お人形遊び、絵を描くなど女性性と同一化します。 男の子の場合は、力のある誇大感を欲して、戦隊モノやヒーロー像、武器など男性性と同一化しますが、男女共に現実の親子関係よりも空想した人物を同一化のモデルにして、自分の思い通りにいくものを思い描き、気持ちをすっきりさせます。 そして、男の子の場合は、男性性の誇大感を高めるため、力、成功、論理的思考、決断力を身につけ、周りから認められたいと頑張ります。 父親から暴力を振るわれる母親の姿を見たりとか、精神的に未熟で、自分の情緒を安定させるために「良い子」でいるようにコントロールされた子どもは、親子の境界性(バウンダリー)が恐怖により、侵害されていて、ありのままの等身大の自己が育っていません。 このような子どもは、不安や緊張、警戒から他者の顔色を伺い、他者の影響を強く受けていて、自他の区別がつきにくい状態にあります。 そして、無意識のうちに親の支配下に置かれていて、親の不安や強迫観念、損得勘定を受け継いでおり、幼児的万能感や妄想の体系を維持するために、他者を不当に利用して自分が有利になる構造を作り出し、自覚なしに境界性を侵害します。 また、生活全般が困難になればなるほど、私は人間であるという自己感覚・身体感覚が麻痺していって、相手に侵入される恐怖を感じながら、相手の境界性に侵入していくようになります。 自分を守るべく身体感覚が麻痺して、剥き出しの状態になれば、人に悪意を向けられる度に、身体がビクッと反応して、その恐怖に耐えれなくなるので、人との境界線を高く設定することで自分を守ります。 その他にも、本音や本当の感情を見せずに、良い子の仮面を被って努力している場合は、親から高い達成レベルを求められると、その理想に届きようがないため、子どもは無意識のうちに空想の中で自分はもっとできるんだと思い込むことがあります。 その一方で、大人から酷い目に合わされてきた子どもは、「どうして私だけが…」と被害感情の方が強くなりすぎて、他者の精神状態を思いやる余裕が無くなります。 そして、「自分はダメな人間だ」という劣等感から、落ち込んでしまった状態を回復させるときに、今までの分を死に物狂いで取り戻そうとして、躁的な状態になり、自分が得しようして、様々な誘惑に負けやすくなり、本能のままに間違った方向に進むことがあります。 最後に 、社会学的な見方で言えば、利益ばかりを追求する格差社会のなかで不条理な立場にいる子どもは、他人と同じことをしたくても出来ないので、辛さ、不満、悲しさ、悔しさ、やり切れなさ、それが怒りになって、自己中心的で浅ましい人間になりがちです。 また、発達学的な見方で言えば、自己愛性パーソナリティ障害と見える人の中には、生得的な発達障害(軽度の自閉傾向、他者の表情を読み取るのが苦手、抽象的な言葉や比喩を理解できない、感覚過敏、こだわり、視覚優位、体質の弱さ、自他の区別があいまい、二つのことが同時に出来ない、恥の体験をうまく処理できないなど)を基盤に持っており、能力のアンバランスさが大きかったり、生まれつきの怖がりや劣っているという劣等性を持っていたりします。 トラウマケア専門こころのえ相談室 論考 井上陽平.

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