ライフ オブ パイ。 映画『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』ネタバレ感想

映画『ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日』ネタバレあらすじ結末|映画ウォッチ

ライフ オブ パイ

それらのいくつかを解説していきたいと思います。 ネタバレが嫌な方は映画を観てから読んで下さいね。 そして下記に掲載しているものは、大竹ママの勝手な解釈を語るものですので、 必ずしも正解とは限りません。 特に この映画は、人それぞれに自分の解釈があってよい物語だと思います。 その点をご了承の上、お読み下さい。 14・・・)なのは、考え始めるときりのない 物語という意味も込められているのかもしれませんね。 但し、この副題「トラと漂流した227日」は、日本でのみ付いているようです。 パイが教会を訪れるシーンでパイが聖水を飲んだり、牧師さんがパイに水をあげるシーンって必要? パイは教会の入口の聖水を手ですくって飲んでいたので、牧師さんはパイを見つけ、コップの水を差し出し、こう言いました。 You must be Thirsty. のどがすごく渇いているんだね。 画像: しかし、トラのリチャードパーカーの元々の名前は「Thirsty」(サースティ)でした。 小川で水を飲んでいるところをハンターに捕まったからです。 ハンターの名前は「リチャード・パーカー」でした。 そのトラが、パイの動物園に売られる際に、名前を取り間違えて、 トラの名前が「サースティ」ではなく「リチャードパーカー」になったと大人になったパイは小説家に話をしています。 ですから You must be Thirsty. は、「のどがすごく渇いているんだね。 」ではなく 「きみはサースティであるに違いありません。 」 と訳すこともできます。 サースティ=トラであることから 「きみは、トラであるに違いありません」 パイ=トラ つまり「パイには隠れた凶暴性がある」と暗示されているようです。 トラは水を飲んでハンターに見つかり、パイも聖水を飲んで牧師さんに見つかったという設定も比喩を感じますね。 浮島が人の形に見える? 浮島は、ヒンドゥー教の男の神様ヴィシュヌを表現しているようです。 パイが教会でキリストの事を知り、キリストが好きになったというその夜、パイは寝る前に、 部屋にあるヴィシュヌの像に手を置き、「ありがとうビィシュヌ、キリストに会わせてくれて」 と言っているシーンがあります。 このヴィシュヌ像は、後に出てくる浮島にそっくりです。 像の周りのツタの感じとか、まさに浮島。 ・・・これから起こることを暗示していたのですね。 画像: ビィシュヌの像と、後に出てくる浮島の全景風景を並べてみました。 そっくりですよね。 (PR パイの彼女が踊りの最後に見せたという蓮の花の振り付けの意味は? パイは踊りの授業の後、彼女をつけて、見つかり、そして聞きます。 「森に隠れてる蓮の花?何故蓮の花が森に隠れているの?」 画像: パイは、長い漂流生活で、衰弱し死にそうになった時、 たどり着いた浮島の森の中で、蓮のような花を見つけます。 この先起こることを、ここでも暗示していたのですね。 バナナは浮くか? 我が家のお風呂の浴槽を使ってバナナは浮くか?の実験しました。 画像: 映画の前半で登場するパイのお兄さんもRaviという名前でした。 リチャードパーカーの名前の意味は? 「リチャードパーカー」という名前の人で、漂流生活で仲間に食べられてしまったという悲しい人がいます。 foxmovies. html 画像: 「リチャードパーカー」という名前は、エドガー・アラン・ポーが1837年に発表した 「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」に登場する人物の名前と同じです。 漂流中に食糧に尽きた4人の男性が「いけにえ」となる一人をクジで選ぶという物語で 仲間に食べられた哀れな船員がリチャードパーカーという人物でした。 そして、そのポーの小説発表から47年後に、本当に同じような事件が、実際に起こったのです。 その事件は「ミニョネット号事件」と呼ばれています。 漂流20日目で衰弱した最年少の17歳の船員が他の3人に・・・ その少年の名前が本当に「リチャードパーカー」だったのです。 偶然すぎる一致です。 エドガー・アラン・ポーは、この事を予知していたんでしょうか?ちょっと怖いですよね。 しかし、ライフオブパイでは、反対に食べる側として「リチャードパーカー」が登場しています。 この映画は過酷な現状を生きた、本当にいたリチャード・パーカーへの追悼の意味をもっているようで 哀悼のファンタジーとして作られたものなのかもしれません。 アン・リー監督がこの映画を作った理由は? の特典映像で、監督はこう話しています。 「 誰もがパイと同様に物語によって人生に意味を持たせている。 私もそうだよ。 本作を見た後、説明不能な何かについて考え、その延長として神の存在を意識して欲しい。 本作が神や宗教について深く考えるきっかけになれば、映画の作り手として最高に幸せだ。 物語は人に伝えてこそ意味があるからね。 」と語っています。 映像も音楽もストーリーもアカデミーショーにノミネートされるだけあって良かったです。 大人の方に、おすすめします。 しかし、 これから、お子さんと一緒に見に行こうかな?なんて思っている方には「注意が必要」と言いたいです。 私は、そういう映画だとは思わなかったので、連れて行きましたが・・・ 幸い、子供は「トラとの漂流冒険映画」と認識したようで、よかったです。 童話は実は怖い話って聞いたことありませんか? 映画レビュー完全ネタバレ紹介バージョンはこちら この私の感想を読んでコメントくださった「にしやん」さんという方は 「 トラは神からの賜物、禁忌を乗り越える力の象徴」と解釈しましたとコメント頂きました。 まさにその通りの映画だと、私も思いました。 ところで、Yahoo! 映画レビューにも「ライフオブパイの感想」を大竹ママは投稿しています。 Yahoo! 映画レビュー文末に 「このレビューは役に立ちましたか?」「はい」をクリックして頂けると励みになり嬉しいです。 (どなたが、クリックしたかは、私に報告されません。 人数だけわかります。 ) 大竹ママのYahoo! 映画レビュー それから、大竹ママは、ライフオブパイの物語と映像に魅せられて一番高いコレクターズエディションを購入しました。 こちらに商品の詳細内容を記載しています。

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3分で映画『ライフ・オブ・パイ』を語れるようになるネタバレあらすじ

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もう一回言うよ!読む前に一回見てみて!!それでなんでこれお勧めしたんだろ…ただのトラカワイイ、映像美スゲー!ていう映画じゃないの?って思った人!そんな君に特に読んで欲しいんです。 (以下は昔にネットで大量に調べた事を基にして思い出しながら書いています。 なので曖昧な記述や不確かな箇所があります。 また、自分が一から考え出したわけではありません。 でも、最後のシーンで「コックは青年の足を魚を捕るための餌代わりにして…そして青年を食べ(カニバリズム)…コックと母は喧嘩になって母は殺され…死体は投げ捨てられサメのえさになった…僕はコックを殺した…そしてコックと同じように人を食べ…」って言ってたのでえええええ???ってなりました。 「ん?っていうことは母親は殺されて?動物は居なくて??」 「え、トラは??」って。 「トラはもしかしたらいなかったの??」 え?????? どういうこと????? 読解力がないので理解するのに227日かかる トラと漂流した話じゃないん??? …とりあえずもう一回見てみようと二回目を見たとたん伏線、暗喩が出るわ出るわのオンパレードで!もうこれは一個一個考察していかねばと思ったんですよ。 まずは最初に疑問に思った台詞を書き出してどういうことなのか考えていきましょう。 ハイエナ=コック シマウマ=青年 オランウータン=母 トラ=パイ? この4名がツィムツーム号から救命ボートに乗れた人たちですね。 あ、ちなみにツィムツーム号って何?日本の船なん?って調べてみるとツィムツームは「縮小」という意味だそうです。 ノアの箱舟ってことですかね。 (なんで日本語なの?って思ったら原作は対馬号らしく検索してみると実際にあった漂流事件が出てきました。 ) 肉食のハイエナが野菜しか食べれないパイたちに肉を無理やり食べさせようとするコックを表し、菜食のシマウマが宗教を理解していた優しい青年を表しています。 子供がいたオランウータンは母親ですね。 トラ=パイは後で記述しますね。 だから何って感じだけど) パイはヒンドゥー教(ほかの宗教も信仰していますが)のベジタリアンですよね。 野菜しか食べられません。 でもこの状況では生き物を食べないとやっていけない、そして最終的に人を食べた…。 うぅーん…。 小さいころから心の拠り所がパイにとっては宗教なのに…生きるために信仰を捨てた?…神を信じることが生きること?…宗教って何なんだろうって考えさせられます。 (あまり宗教には詳しくないのでここら辺はさらっと) トラがネズミを食べた後パイが嘔吐します。 これは船酔いからだと思ったのですがトラ=パイだと考えるとはじめて肉を食べてしまった嫌悪感からくる嘔吐なのかもしれません。 パイの涙も深い悲しみからだと思っていたけどベジタリアンなのに肉を食べてしまった後悔からくる涙なのかもしれない、と感じるようになりました。 飼育員の名前がリチャード・パーカーでトラの名前がサースティだったんだけど手違いでリチャード・パーカーがトラの名前になってしまったんですよね。 リチャード・パーカー??何か意味があるのかなと思って調べてみたところ公式HPにこんな記述が… 恐怖小説家ポーを卒論で書いたポー大好き人間としてこれは興奮ものですね!(どうでもいい)そしてこの後に… え…えええええええ!!!ポー凄い…(?) あーこのいわくつきの名前を使いたかったからぁとずっと思ってたんですけど、え、じゃぁサースティに意味ってあるのかな?と思って見返してみました。 す、すると何げないパイの子どもの頃の教会のシーンで 「喉が渇いたか?」みたいなシーンがあるんですよ。 ここの英語が "You must be thirsty. " サースティを名前として訳すと 「あなたはサースティに違いない」 ・・・ここにつながってたのか! パイ=トラ!!! あー!やばい!やばいよ!!字幕仕事して!!!(できない) 海を見つめるトラのアップからパイのアップに変わる場面もありました。 あ、そういえばパイとトラの初対面のシーンで(トラウマになったよね…トラだけに…) 「お前はトラの目に映る自分の心を見ただけだ」 ってお父さんに言われてたね。。。 (伏線大好きなのでこの流れはかなり興奮してました!) それでは、「人間のパイ」と「トラのパイ」にはどのような意味合いがあるのでしょう。 人間はパイの理性や信仰などの人間的な部分を表していて、トラはパイの本能や衝動などの動物的な部分を表していると思って映画を見返してみると「理性」と「本能」の葛藤が表現されているようにみえます。 ハイエナがオランウータンを殺したときにボートにかぶった布から突如でてきました。 それまで全くいなかったのに母を殺されて理性が怒りを抑えられなくなってしまったようです。 その後ハイエナを殺したトラ(本能)に恐れ、パイ(理性)は救命ボートからいかだを作って逃げていってしまいます。 (個人的にハイエナがぶるぶると震えてたシーンは悲しみ…コックもそうせざる終えなかったし(本能的に)、殺されても仕方ないと諦めていた(人間の倫理的に)感じが表現されている気が…) 救命ボートがパイの心の中だとすると本能が全てを支配していて、過酷な状況で理性が心の中からいなくなってしまったと解釈できます。 救命ボート=パイの心の中 パイ(理性)とトラ(本能)がどの位置にいるかを考えながら映画を見返してみるとまた面白いですよ。 大陸について安堵したパイにとってもうトラ(抑えられない本能)は消えていったということですね。 無人島になってくるとありえない描写がどんどんでてきますね。 パイが極限の状態で朦朧とした中での妄想なのではと考えてしまいます。 これは死んだパイの母親を暗喩した島なのではないでしょうか。 (神のお恵みと言っているのでヴィシュヌ神を表しているのかも?でも今回は母親説を推したい) なぜかというと食料になる根っこをよくよく見ると切株が赤いんです。 (仕事が細かい!)根っこが入り乱れている様は人間の毛細血管のようです。 島の全容が人間の形だし… また、パイが小さい湖で泳ぐ描写があります。 長い漂流生活の中で癒やされたひとときでした。 でも夜になるとその癒やしの湖が全てを骨にする酸性の湖に変貌します。 (これは母親の羊水を表しているのでは?) 蓮の花?から歯が出てきたり、ミーアキャット以外に生物がいなかったりと肉植樹の島だとパイにはわかります。 (蓮の花は宗教的にも重要でいろいろなシーンで出てきます。 ここでは、アーナンディを追っていたパイがダンスの意味を尋ねるシーンで 「神の愛は森に隠れている」「いえ、蓮の花の意味よ。 」「なぜ蓮の花が森に?」という会話からきていると思われます。 ) とすると、この無数のミーアキャットは何を示しているのでしょう?? 調べてみると ……… 母親の死体に群がる蠅、蛆……… …っ!!なんてこった… 確かにミーアキャットの下にはたくさんの骨が… ミーアキャットもふもふ可愛いって思ってたのに…!!!というか、この映画はもう「動物かわいーw」って言ってられないですよ…ぅぅ… 上の画像も一気にホラー画像に… 確かにパイはミーアキャットに対して可愛い!っていうより手で払ってる感じでしたもんね。 (死体に集まる精霊?霊魂?では…と言う解釈も聞きました。 142857・・・ ・・・。 あぁ…これは割り切れない物語なんだなと心底思いました。 もうこの副題からしてありえない話なんですよね。 冒頭に「綺麗すぎて逆に現実味に欠けるというか…CGにこだわりすぎて描写が雑じゃない?」って言いましたがそれで合ってたんです。 だってこれはパイが作ったお話だから。 辛すぎる現実ではなく美しい想像の世界。 お伽話だから動物たちの死体も出ない。 かわりにファンタジーな島が出てきて…。 救われてるんだか救われてないんだか全然わからないです(涙) (私ゴテゴテのCG映画好きじゃないんですよ…。 でもこれはCGじゃないと意味がないですよね。 映画を撮る手法にも意味が出てくる感じがして…もう凄い…語彙力…) バナナは浮かぶのか浮かばないのか…いっぱいあったら沈みそうだけど浮かぶのかな?嘘か本当かわからないような微妙な表現もいいですよね。 「菜食主義は変わりない」といい、自分の息子に「ラヴィ」と名付けていて(ラヴィはパイの兄の名前ですよね…)パイは宗教をとったんだなと感じました。 またいつかトラが現れるかもしれないけど。 最後にパイの台詞を残して終わりたいと思います。 「(トラがいる話といない話)どっちの話が真実か証明できない… あなたはどっちがいい?」 (こんなに述べたけど私もトラがいる話を信じます…。 ) 最後まで読んでくれてありがとうございます!よかったら感想を教えてね!!.

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ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日の謎や疑問を解説 ネタバレ【大竹ママが解説】

ライフ オブ パイ

今年のアカデミー賞にノミネートされたことで話題になっていた本作 『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』。 レンタル開始されていたので観てみました。 そんなわけで、なんだか感想を書きにくいし、いつもやっている「作品に対して点数をつける」というのがなんだか非常におこがましい気持ちになっています。 ま、いつもどおり点数つけちゃうんですけどね。 パイが16歳になった年、両親はカナダへの移住を決め、一家は動物たちを貨物船に乗せてインドをたつが、洋上で嵐に遭遇し貨物船が沈没。 必死で救命ボートにしがみついたパイはひとり一命を取りとめるが、そこには体重200キロを超すベンガルトラがいた。 第85回アカデミー賞で全11部門にノミネートされ、アン・リーが自身2度目となる監督賞受賞を果たした。 感想 そんなわけで、 全く共感できず、ノれない作品だった『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』。 というのも、本作は大きく 2つのテーマを扱った作品だったんですが、2つのうちより重きを置いているテーマが 「信仰」ってところがいきなりハードル高め。 まあそもそも、僕はそういう映画がことごとくピンと来ないんですが、これまでに観た「宗教」を扱った映画って、「キリスト教」だったり「イスラム教」だったり、 どれか特定の宗教観に基づいた映画がほとんどでした。 つまり、 「知識がない」から「よくわからない」という感覚だったんですよ。 ただ、『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』のテーマってどれか特定の宗教に依存したものではなくて (その象徴として主人公のパイくんは複数の宗教を同時に信仰していて、父親から「何でも信仰するのは何も信仰していないのと同じ」とdisられています。 これはもう、「手の打ちようがない」としか言いようのない感覚です。。。 そんなわけで、 映画の本質的なテーマに対して絶対的に共感できないという非常に残念な映画体験になってしまったわけですが、、、 具体的に言うと、まず「遭難以前。 パイくんなりの宗教観が構築されるまでを描いた前半40分」が全くもって微塵もピンと来ません。 むしろ、 「まだ漂流始まらねぇのかよ!長ぇよ!」という的外れな怒りすら感じてしまう始末。 (一応補足しておきますが、ちゃんと宗教観を持った人にとっては、映画の前提となる重要な40分なんだと思います。 アレもまた全くピンと来ません。 そのため、あの島での20〜30分くらいのくだりについても、 「わー、ミーアキャットがいっぱいいてインパクトあるな〜」「あ、ミーアキャットが虎に食われた!」「夜の島が綺麗だな〜」という、 バカみたいな感想しか持てませんでした・・・。 というわけで、冒頭の40分+終盤の20〜30分がよくわからない。 つまり 2時間ほどの映画における1時間強のパートに対して、全くピンときていないというこの惨状。 まあ、そりゃあこの映画を楽しめるわけがありません。 そんな状態でこれ以上この映画の感想を綴ることに意味があるのかもわからなくなってきましたが、まあ、気にせず続行します! さて、そんなわけで本作の二大テーマのうちの1つについては、そもそも門前払いに近い感覚で共感できなかった本作。 では、残りのもう1テーマについてはどうだったかというと、そっちはそっちでまあ思うところありな感じ。 ここから先はあっさりと物語の核心についてのネタバレになりますので、 オチを知りたくない人はこれから先は読まないでください。 (いつもは前置きなしにネタバレ書くくせに、今日に限って注意書きを書いているのは、まあオチが凄かったから。 別にネタバレ観てもいいや!という人も、なるべくならオチを知らずに映画で驚いてほしいんですよ!!) さて、前置きは済んだところでネタバレですが、まあ早い話、本作での虎との漂流のくだりって 作り話なわけですよ。 乗っていた救命ボートには怪我をしたシマウマが同乗していて、さらに漂流中のオランウータンが合流。 しかし、ボートの陰に潜んでいたハイエナが登場しシマウマを捕食! オランウータンも襲い殺して食ってしまい、さらにパイにも襲い掛かってきたとき、ボートのさらに奥に潜んでいたトラが現れてハイエナを一撃で屠ってしまいます。 その後、副題にもあるように虎と一緒に227日間の漂流生活をするわけですが、はじめは虎の目を盗み、ボートからロープを伸ばした先にイカダを作ってやり過ごしていたパイくん。 しかし、何度も虎に襲われかけながらも決死の思いで虎と向き合い、やがてはお互いを尊重しながら支えあうような関係になっていきます。 「気持ちが通じた」と思っていたのが自分だけだったことにショックを受け号泣しながらも、パイ少年はなんとか生還を果たし、今に至ります。 救命ボートの上では、助かったうちの一人(コック=ハイエナ)が周りの人間を襲うという壮絶な出来事があったというわけ。 そして、 「虎」っていうのは、ハイエナと対峙した時にパイの中から飛び出した「パイくん自身」の象徴。 これはつまり少年の中にある 「暴力性」であり 「若さそのもの」の象徴ってこと。 227日にも渡る漂流を乗り切る中では、その 「暴力性」や 「若さ」をコントロールすることが必要で。 そして、「暴力性」を制御できるようになるということは、すなわち「若さ」との決別であり、 少年から青年への成長を意味していて。 パイくんが最後に流す涙が、 振り返らずに去っていく「若さ」を前に感じるほろ苦い気持ちってのも最後にわかるんですが、、、 果たしてあの状況で、パイ少年が「虎(自分の中の暴力性)」を制御する必要性ってあったんでしょうか? いやまあ、確かに「虎」がいなければパイは緊張感を維持できず、過酷な状況に飲まれてしまって死んでいたんだろうし、逆に「虎」だけの状況だったら後先考えない行動でこれまた死んでいたのかもしれない。 虎と二人きり(つまり、ひとりきり)の状況なら、多少「虎」が暴れてもいいんじゃね?と思ってしまうんですが…。 そんなわけで、 「虎=自分自身」と向き合う物語としても、 「虎をコントロールするための動機」が今ひとつ感じられず。。。 本作の2つ目のテーマでもある「少年の成長」についても、 まあわからんでもないけれど、もうちょっと強い動機付けがあった方が共感しやすいんだけどな〜という感じなのでした。 ただ、その 一点のクオリティが凄まじく高くて、それだけでも観てよかったと思えてしまうのがこれまた厄介。 なんていうんでしょうこの映画。 でも、僕にはピンと来ない!! この感覚、どう処理したらいいんだ!!! いやー、なんとも感想を書きにくい映画です、まったく。。。

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