エル デスペラード 怪我。 同期に置き去りにされてしまったエル・デスペラードの今……そして今後

エル・デスペラードがスーパージュニアを欠場して良かったと思う理由

エル デスペラード 怪我

三上恭佑の生い立ち 三上恭佑とプロレスの出会いは幼少期からでした。 寿司屋を営むプロレス好きの父親に全日本プロレスに連れていってもらった際、 スタン・ハンセンにプルロープで殴られたのをきっかけに、 プロレスラーになることを決心。 以降、柔道・レスリングに打ち込みます。 新潟県立巻農業高校に進学後はレスリングで国体に出場。 2000年、富山国体フリースタイル97kg級でベスト4の成績を残します。 高校卒業後は、スポーツ推薦で専修大学に進学。 当時、監督に馳浩、コーチに中西学が在籍していたレスリング部に入部します。 2年先輩にはがいました。 2003年、JOC杯ジュニアオリンピック・フリースタイル96kg級でベスト4。 2004年には全日本学生レスリング選手権・フリースタイル84kg級でベスト8。 同大会、グレコローマン84kg級でベスト8入りを果たします。 好成績を残すものの出勤日数等の問題で、2005年頃に大学を中退。 その後、プロレスラーになるために新日本プロレスへの入門を目指します。 しかし、 177cmの三上は「180cm以上」という条件が設けられた新日本プロレスへの入門が許されませんでした。 大学在籍中に借りていた奨学金の返済のために、 建設現場等の肉体労働からイタリア料理店の勤務まで職場を転々としながら 4年間のフリーター生活を余儀なくされます。 新日本プロレス入門へ 2008年、時を同じくして新日本プロレスでは入門した練習生が多数夜逃げをする事件が起こりました。 それを受け、 翌2009年5月の入門テストは「」と題して 身長・体重・スポーツ歴は一切不問と間口を広げた入門テストが実施されます。 当然、身長制限で苦汁をなめていた三上もこの入門テストを受けます。 そこで 数少ないチャンスをモノにし、見事合格。 紆余曲折して、三上は晴れて新日本プロレスの一員になったのです。 同テストで同じく入門した高橋広夢(現・高橋ヒロム)、 同時期に ニュージーランドから来たファレ・シミタイトコ(現バッドラック・ファレ)と共に、 練習生期間を過ごします。 翌2010年3月、26歳という遅咲きではあるが田口隆佑を相手にデビューを飾ります。 その後は、前座戦線で高橋、キング・ファレ (現バッドラック・ファレ)と凌ぎを削る戦いをします。 【動画:キング・ファレ VS 三上恭佑】 現地で活躍する日本人ルードのOKUMURAとタッグチーム「ラ・フィエブレ・アマリージャ」を結成。 あえなく敗戦を喫しOKUMURAは丸坊主、ナマハゲはマスクを脱いで素顔を明かしました。 【画像:丸坊主にされているOKUMURA(左)と素顔を明かしたナマハゲ】 以降、ナマハゲは右半分にメイクを施したペイントレスラーとして活動をします。 【画像:ハーフペイントバージョンのナマハゲ(左)】 同年、9月にはCMLL80周年記念アニベルサリオ大会でOKUMURA&石井智宏とのトリオで出場。 以後、 ナマハゲは突然姿を消したのです。 三上とナマハゲと エル・デスペラード 同じ頃、新日本プロレス公式サイトで新たな覆面レスラー、エル・デスペラードのデビュー戦が近日行われることが発表されました。 2014年1月5日、獣神サンダー・ライガーと組み、飯伏幸太・BUSHI組を相手にデビュー。 BUSHIをギターラ・デ・アンヘルで極め鮮烈な初戦を飾りました。 当時、デスペラードは全くの正体不明でしたが、 対戦を重ねるごとに、 闘い方がナマハゲに似ていることから、 「デスペラードの正体は三上なのではないか」という噂が上がっていました。 その噂が確信に変わったのが、 デスペラードと高橋ヒロムとのやり取りでした。 2018年、両者はお互いに特別な想いを寄せていることを明言したのです。 同年6月大阪城ホール大会でウィル・オスプレイや破りIWGPジュニアのベルトを奪取したヒロムが、 バックステージでコメントしている際、 デスペラードが現れこのようにコメントを残しました。 「俺がきっちり(IWGPジュニアタッグの)タイトルを守って、お前がシングルを獲って、理想的だ。 俺の理想の形になってくれた。 素晴らしい。 ありがとう。 愛してるぜ。 」 それに対し、ヒロムはこう切り返します。 「お前の心は、イヤになるほど、嫌いになるほどわかってるよ。 俺のこと、愛してくれてありがとう。 お前のこの中身が大嫌いだから、愛せない。 でも俺のことをたくさん愛してくれるんだったら、いい試合ができそうだ。 」 このやりとりから想像するに、 ヤングライオン時代に三上が広夢に対し、 「将来は俺たち二人でジュニアを盛り上げていこうぜ!」 とプロレスに対する熱い想いを一方的に語っていたのでしょう。 」 と明かしています。 棚橋の話と照らし合わせてみても、 「エル・デスペラード=三上恭佑」は決定的なのです。 かつて、三上はインタビューで 「ライバルをあげるとすると? 」 という問いに対して 「同期は完全にライバルですね。 」 と応えています。 ともなれば今後、 デスペラードとヒロムの戦いはジュニアが誇る黄金カードになるのは間違いないと言えるでしょう。 「プロレスへの情熱」を燃やし続ける三上恭佑 ナマハゲが姿を消して約4年の月日が流れた2019年1月、 ファンタスティカマニアにてナマハゲが久しぶりの登場を果たしました。 その様変わりようはファンの話題をかっさらいました。 ヤングライオンの三上恭佑、 鈴木軍の一因としてヒール道を貫くエルデスペラード、 プロレスを心から楽しむ陽気なナマハゲ。 姿は変わっても、 三上恭介の心には今もなお変わることのない「 プロレスに対しての情熱」が燃えたぎり続けているでしょう。

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エル・デスペラード | 新日本プロレスリング

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エル・デスペラードの正体『三上恭佑』の素顔 ようやくIWGPジュニアヘビー戦線に戻ってこれた 『エル・デスペラード』が、鼻息荒くやる気満々。 新日本もエル・デスペラードにもっと喋らせたほうがいい。 エル・デスペラードの正体 『三上恭佑 みかみ きょうすけ 』の素顔は『ひょうきん』な青年なのはインタビューでも明らかですもん。 デビュー当時のインタビューを引用します。 —今回のデビュー戦は、急遽きまったそうですね? 三上「はい。 僕もおととい 5日 聞きました。 ずっとプロレスファンだったのですか? 三上「はい。 親父の影響で、ずっと。 保育園の時、全日本プロレスの会場でスタン・ハンセンの振り回すブルロープでブン殴られて、プロレスを意識し始めたんで。 全日本、新日本、FMWなどが好きでした」 —セールスポイントは? 三上「皆さんに応援されたいというのが一番です。 基本的に、バカなのに目立ちたがり屋なんで 笑。 お客さんに『頑張れ! 』と言わせるようなプロレスをしたいですね」 見てわかると思いますが、 素顔の三上恭佑は自分の言葉でアピールできる選手なんですよね〜。 エル・デスペラードになったことで、特にリング上での三上恭佑の言葉が失われてしまってるのが残念。 三上恭佑の同期である『高橋ヒロム』も喋れるレスラーなので、マイク合戦したら熱い展開になるんじゃないだろうか。 自分の言葉を持ってる王者ってのは強い。 ちなみにデスペさんは女性人気も高く、 ネット上ではエル・デスペラードファンの女性を『ペ女子』と呼ぶ動きもあったりします。 三上恭佑ってどんなプロレスラーだったの? 出典: 最近の新日本プロレスファンは、 三上恭佑だった頃を知らない人も多いみたいですね。 簡単にエル・デスペラードの正体『三上恭佑』がどんなプロレスラー人生を歩んできたのか振り返っておきましょうか。 三上恭佑はレスリングや柔道をベースにしていて、2009年5月に新日本プロレスに入門。 同期は『バッドラッグ・ファレ』『高橋ヒロム』です。 そうそう、レスリングでは国体や全国選手権に出場している、実力者なんです。 エル・デスペラードのファイトスタイルもテクニシャンなので、ベースはきっちりと生きてます。 デビューから10ヶ月後の、2010年3月7日に田口隆祐戦でプロデビュー。 現WRESTLE-1の『児玉裕輔』や、BJW認定ジュニアヘビー級チャンピオンの『忍』、現プロレスリングBASARAの関根龍一など、新日本プロレス以外の選手との対戦経験も豊富なんです。 高橋ヒロムとも若手時代にシングルマッチで戦ってます。 動画もぜひ見てみてください!ヒロムの坊主頭が可愛いです 笑 2012年2月からはメキシコのCMLLに約1年9ヶ月の長期海外遠征をしています。 CMLLで初めてマスクを被り試合をしています。 エル・デスペラードとしては2014年の1. 4東京ドーム大会『プリンス・デヴィット対飯伏幸太』戦の試合後に、リング上で飯伏幸太へ黒い花束を渡すアピールで初登場。 私もこの1. 4を見に行ってたんですが、新日本のリリースがいまいちファンに届いていなかったのか、現地の観客の反応がかなり薄かったのを覚えています 笑 \エルデスペラードのTシャツってシンプルでカッコイイ/ 翌日の1. 5後楽園ホール大会でライガーと組み、飯伏&BUSHIと対戦。 このときはBUSHIからピンフォール勝ちを収めています。 2014年はIWGPジュニアヘビーやジュニアタッグに挑戦したりしますが、残念ながら結果は残せませんでしたね。 鈴木軍入りも、ぱっとせず。 新日本プロレスではジョバーとしての役割をこなしつつ、2015年には鈴木軍としてノアへ。 ノアではジュニアタッグベルトを取りましたが、イマイチ盛り上がらず。 2016年も鈴木軍追放アングルがあったりしましたが、イマイチ盛り上がらず… 2017年にようやく鈴木軍が新日本プロレスにリターンし、新日本ジュアの中心にエル・デスペラードが立つことでしょう!たぶん! フィン・ベイラーのデーモンっぽい、口の周りが開いてペイントをするようになった新マスクもかっこいいですしね。 まずは高橋ヒロムの位置まで上がって、抗争してほしいなぁと思います。 ペ女子vsヒロム女子の全面戦争や!.

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デスペラードの最後のツイートと幻となったBOSJ優勝予想アンケート

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昨日の浜松大会でTAKAさんが邪道さんからグリーンキラーを喰らって負けましたが、その画像をTAKAさん自身が貼って「これはやばいぞ。 ノブタイチ!奴等とは絶対やめとけ」とツイートされていますが、その4時間後にデスぺさんが「大怪我したのがこいつだったらよかったのにとか クソだな」とツイートされていますので、TAKAみちのくさんに対して良からぬファン(?:ファンじゃなくて生きている価値の無いカス人間の事)がリ・ツイートした内容だと思っています。 証拠が削除されている様なので誰だか判りませんが、デスぺさんの反応に対してファンの方々の返信ではTAKAさんではない様子です。 TAKAさんは素行も口も悪いですが、そこまで酷くはないと思いますよ。 一応仲間ですから。 「大怪我したのがこいつだったらよかったのにとかクソだな」の意味深なツイートですね。 かなりググってみて私なりの推測で回答します。 7後楽園で右膝負傷により欠場。 7札幌でTAKA・タイチからジュニアタッグベルトを奪った六本木バイスへの挑戦者に金丸・デスペラードが決まるも白紙に戻る。 復帰時期未定。 ノア時代の2015. 4名古屋GHCジュニアタッグ防衛戦では首を負傷して王座陥落し10. 10〜11. 19欠場。 2chはじめネット掲示板でのデスペラードスレでのデスペラードへの誹謗中傷がかなり酷い。 最近、某雑誌でも「そこらへんにいる新入社員にマスク被せただけで売り上げ上がる訳ない。 」とデスペラードが酷評されていた。 デスペラードに対する期待感が新日の会社からも新日ファンからも全く無いのが伺える。 そして本間の衝撃の大怪我。 本間から邪道への代筆メッセージがTwitterに登場。 負傷欠場が2回あり、現在は右ヒザ負傷で本間の負傷に比べると軽傷。 新日関係者、レスラー、もしくはネット掲示板に、「大怪我したのがこいつ デスペラード だったらよかったのに」と陰口言われたか書き込まれた。 かなりググって色々な情報みて出した推測ですので間違えていたらすみません。

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