上 皇后 美智子 さま。 美智子様の雅子様への意地悪とは?性格が嫌いで不仲の真相を調査!

美智子さま「4億円衣装に雅子さまいじめ疑惑」乳がんも「引っ越して」の声

上 皇后 美智子 さま

上皇后美智子様の性格は? 現在は6月の白内障の手術をし、心臓の異常が発見されたり、7月には強い脳貧血の症状が出たり9月8日には乳がんの摘出手術を受けられたり、体調のご心配も多い上皇后美智子様。 性格はどんな性格でしょうか?• 忍耐強い• 優しい• 従順な• 素直な• はっきりとした部分もある• 息子である天皇陛下や皇后雅子様への愛もある 性格であることが読み取れるように思います。 というのも これまで上皇后美智子様は皇室で様々な 意地悪に遭遇されておられ、 そんな中で逆に 意地悪をしているという誹謗中傷もあります。 ネットも活用されているという上皇后美智子様。 もしかすると誹謗中傷を目にして心を痛めている可能性もあります。 果たして誹謗中傷はどうして起こっているのでしょうか? そして過去に受けた数々の意地悪についても性格を読み取る上で大切ではないでしょうか? 果たして上皇后美智子様の性格は? ということで遡って行きたいと思います。 上皇后美智子様の意地悪された手袋事件とは? まずは有名なこちらの事件です。 ご婚約内定時、美智子さまの手袋が、ひじの隠れる手袋ではなく、作法にかけるものであるという批判がおきました。 しかしこの手袋、実は宮中関係者がわざわざ正田家に届けたものであったことがわかったのです。 つまり誰かが意図的に上皇后美智子様が批判されるように仕組んだと折れますね。 宮中保守派による、皇太子妃への意地悪とされました。 スポンサーリンク 上皇后美智子様香淳無視事件とは意地悪婆さん?忍耐強い性格? 更にこういった話はかなりよく耳にしますね! お義母様からの嫁いじめというものですね。 意地悪婆さんなんて言われそうですね。 1975年 昭和50年 、昭和天皇の妃である香淳皇后が初めて米国訪問に出発される際に各皇族方と一緒に、美智子さまは皇太子殿下 当時 を羽田空港でお見送りされました。 テレビでその状況が生中継され、両陛下はひとりひとりに挨拶しながら進んで行く様子が映る中、美智子さまの義母の香淳皇后は、美智子さまを全く見ずにそのまま素通りしたのです。 こういった事件がありながらも力強く耐えてきた美智子さまの忍耐は計り知れなかったのではないでしょうか。 上皇后美智子様のクレーム事件とは?従順な性格? 2月末、1960年2月23日に生まれた現在の天皇陛下である浩宮さま(徳仁様)が誕生後、宮内庁病院から退院される時に、美智子さまは皇太子さまを抱いていました。 そして車の中からガラスの窓を開けてカメラマンの撮影に応じました。 美智子様は宮内庁の要請でそうしていますから、かなり従順に宮内庁の要求に応じる素直で従順なお方ですよね。 それを逆手に取ったこの批判が本当ならばあり得ないですね。 スポンサーリンク 上皇后美智子様が意地悪だという中傷はおかしい? そんな中で美智子さまが最近 雅子様に意地悪をしていたと批判され始めているというのです。 理由はなぜでしょうか? それは雅子さまのご活躍もあるようです。 関係者によると 「天皇陛下が即位して以降、雅子さまは数々のご公務をパーフェクトにこなされ、国際親善での存在感は世界に絶賛されています。 そんな憶測につながっているものと思われます」 ということで、これまで適応障害と言われご公務にもあまり姿を現していなかった雅子さまがこ活躍を始めたことでこれまで雅子さまが表舞台に出られなかったのには理由があると思われているんですね。 しかし、 「美智子さまは皇太子妃になられて以来、皇室のしきたりの中で大変な思いをされてきました。 ご自分がやられておつらかったことを、後進になさるような方ではありません。 雅子さまを長い間見守ってこられた美智子さまが、バッシングを受けているという事実は、たいへん嘆かわしいことです」 という関係者の意見も。 先にもあったように上皇后美智子様が受けてきた数々の意地悪は計り知れないものです。 そんな中で雅子さまに同じことをしているはずはないですね。 美智子様は雅子さまの回復を心から願っていたお方ではないでしょうか。 上皇后美智子様の祝賀会の中止!雅子様の意地悪?美智子様の意地悪? 1日も早い被災地の復興を願う天皇皇后両陛下のご意向で22日に予定されていた天皇陛下即位のパレード「祝賀御列の儀」が11月に延期されたことました。 実は、美智子さまのお誕生日の祝賀会も当初雅子さまが、美智子さまに対して延期を進言し、中止になっていたようです。 しかし、この雅子さまからのアドバイスに対して美智子さまは大変お気分を害され、『そんなにお祝いをしたくないのなら祝賀はしなくてよいです』と祝賀の中止を決定してしまいました。 今年の美智子さまのお誕生日の記念祝賀は2日後に天皇陛下の即位礼正殿の儀などが控えているために、祝賀行事は例年より簡素化することが決まっていたようで、天皇陛下と雅子さまのために祝賀行事の簡素化を決定していたにも関わらず、延期させなければいけないのか?とショックを受けられた可能性が高いです。 雅子さまとのやり取りの後に、お部屋にこもって側近の職員に『雅子さんは優しくない』とこぼしていらっしゃったと関係者はおっしゃりました。 確かに簡素化したのにも関わらず、そして自身の85歳という誕生日にも関わらず延期にされる提案は寂しさを隠せないものだったのもしれませんね。 雅子様も被災地を思ってのことなので悪気はなかったのかもしれませんね。 二人の誤解が無事晴れていたらいいなと願うばかりです。 スポンサーリンク 上皇后美智子様の祝賀行事中止に関係者も混乱! この祝賀会中止の一件では、手配されていた数多くの業者や警備などが混乱したようです。 雅子さまも、まさか急遽祝賀行事自体を中止にされるとは思っていなかったようで、責任を感じられ、心を痛められていました。 平成の時代から、職員らが美智子さまに振り回されることは珍しいことではなかったようですが、今回の件については職員の中にも『令和の新時代になっても、我々は美智子さまに振り回され続けるのか……』というかたもいたほどだったようです。 これまでも職員や関係者等による壮絶な努力があったようですね。 延期提案から中止を決めるくらいですから、上皇后美智子様は比較的はっきりした性格!とも取れますね。 上皇后美智子様の雅子様への愛? そんな上皇后美智子様ですが、9月8日の乳がん摘出手術からのご退院後すぐから朝早く起きられて、夜も遅くまでお荷物の整理をされているようです。 というのも、上皇ご夫妻は在位中から「退位後は皇太子ご夫妻(当時)にできるだけ早く御所に住んでほしい」という意向でした。 皇居は天皇陛下がお住まいになるところというととで両陛下に少しでも早く御所を譲りたいという気持ちから休まずに引越し準備を進める美智子さまには雅子さまへの愛や優しい性格も感じられるのではないでしょうか? まとめ 上皇后美智子様の歴史は偉大ですね。 今後もお身体に気をつけて、ゆったりとした日々を過ごしていただきたいですね! スポンサーリンク 関連記事.

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美智子さまは我が強い。嫌われても仕方なかったのでは?

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昨日に続いて、美智子さまファッションです。 もうよっぽどのタブーをおかさなければ及第点というか、主催者側が不快に思わなければおおむね合格なんじゃないんでしょーか。 しかし、美智子上皇后のマントファッションについて、一点だけこれはちょっとどうなのか?と思うケースがありました。 最近はあまり着用されなくなりましたが、一時期 よく マント ?っぽいファッションをお召でしたよね。 手を振るから、腕が上げやすいのかなと思ってたんですが……。 【参考】 美智子上皇后のマントファッション 平成の御代のコンセプト「国民に開かれた皇室」において、それはそれは絶大な貢献をした美智子上皇后。 1960年代、高度経済成長の坂を駆け上る日本国民に対し、「豊かな暮らし」「良き母」のお手本を示す存在として、国民の大きな支持を得た方でした。 このマントの前のミッチーファッションは、「肩パッド」でしたっけ。 ファッションは時代を反映しますね。 八百万の神々の伝統を誇る皇室は意外と宗教に寛大で、美智子上皇后もキリスト教信者です。 美智子さまは雙葉、聖心女子大学と、一貫してキリスト教系の学絞で学ばれています。 そもそも美智子さまのご実家の正田家は、美智子様の祖母のきぬさんが昭和2年にフランス人宣教師ヨセフ・フロジャック神父より洗礼を受けられて以降、カトリックには縁の深いお家柄なのです。 きぬさんの夫であった祖父・正田貞一郎氏も、戦後になってからカトリックの洗礼を受けられています。 美智子様の母上である冨美子さんも、臨終の間際に洗礼を受けられ、実妹の安西恵美子さん、弟の正田修氏もカトリック教徒になりました。 かつては看護師の制服に ケープ はつきもので、地域を問わず導入されていました。 これが美智子さまのマントファッションの起源でしょうか? 命を敬い、他者に尽くす キリスト教の教えは、 看護の精神に親和性が高く、現代でも看護学校または看護学部はキリスト教的文化の土台の上に成立していますし、近代的看護医療・ホスピスケアの多くは、キリストの愛を持って仕える医療が前提です。 皇后時代に名誉総裁をつとめた日本赤十字社のシンボルマークの十字は、スイスの国旗の色を反転させてもので キリスト教の十字架を表しているものではありませんが、その人道支援の理念は、キリスト教の精神に深く通じるものです。 美智子上皇后のマントファッションは、キリスト教的精神を強く意識したもののようです。 マントのデザイナーは誰? 植田いつ子さんというファッションデザイナーです。 ソーサーハットのデザイナー・平田暁夫氏と同年代で、似たような経歴をお持ちです。 熊本出身で、上京してデザインを学び銀座の高級店に勤め、1956年独立。 1976年から美智子皇后のデザイナーを拝命し、それを2012年まで実に36年ものあいだ継続し、2014年にお亡くなりになっています。 オートクチュールを中心に、プレタポルテやジュエリーデザイン、舞台衣装など、幅広く手がけておりました。 毎年、「植田いつ子コレクション」を販売し、常に「国際的な立場からみた日本人」を意識され、それを形や色に託した格調高くシンプルなデザインと色調による優雅な服づくりが、多くの人に好まれていました。 スポンサーリンク ローマ法王を意識している? 天皇家というのは日本の伝統を守り、象徴を演じるのがお仕事なのですから、神道の祭主としてのつとめを果たしていただければ、個人の信仰についてはそこまで追求しなくてもいいなじゃいかと思います。 しかし美智子さま、なんだか途中から教祖ぽくなってきているような気がするのです。 似たようなことを感じている人は多く、この際ですから言わせていただきますが、ご自身をまるで聖女のように振る舞っているような……。 美智子さまは多少芝居がかっていても、被災地や慰問先のなかには癒された人も大勢いるだろうし、努力されているのだろうと思っていたのですが、チャールズ皇太子の結婚式や、ローマ法王と会ったときの白い衣装を見て、目的が違うんじゃないかと思えてきました。 いくらなんでも、赤十字的精神を超越した小さな帽子とマントの白づくめは、ローマ法王を意識してるような気がするのです。 だからローマ法王は平成時代に来日しなかったんだな フランス語のウィキペディアに」という項目がありまして、こちらはカトリックの習慣について解説されたもの。 内容は、ローマ法王との会見時のマナーについて言及されていて、女性がローマ法王に謁見を賜る時は、通常は黒い服を着用する決まりです。 しかし、ある特定の高貴な家柄の女性についてのみ、白いドレスとベールを着用できる例外的な「特権」を有しています。 バチカンに貢献した歴史的な背景などがあるのでしょうが、これもリストで厳格に列挙されていて、「この人たちだけは白い服でオッケーですよ」とされ、その家柄の人達にとっては、この上もない名誉なのです。 リストの内容は以下のとおり。 国 名 ロイヤルパーソン スペインの女王ソフィア ベルギーの女王パオラ ルクセンブルク大公爵夫人 モナコの王女 ベルギーの女王 スペインの女王 ナポリの王女 ご覧のとおり、このリストの中に、日本の美智子皇后のお名前は ありません。 せっかくなので美智子妃がローマ法王と面会した際の衣装について、列外派の記事をお借りします。 宮内庁および外務省、マジ何やってんだ、 お前らの頭は帽子掛けかよ、プロトコル(国際儀礼)を学ぶのも仕事のうちだろうが。 いえいえ、宮内庁と外務省がいくらクズの巣窟とは言え、このレベルの官僚が、100パーセント全員が パァであるはずがなく、全員が全員、平等にプロトコルマナーを知らないなんていうことはありえません。 これはもう、周囲の助言を、天皇皇后両陛下が「聞き入れなかった」としか考えられません。 カトリックの教育を受けた美智子上皇后もいったい何をどう解釈されたのでしょうか、「自分は特別」と思い上がっている、と欧米のメディアに指摘されたって、これは一切の言い訳ができません。 上皇にしたってどうされたのでしょうか、 天皇家の本業は神官業のはずですが、こーゆー宗教的歴史的タブー破って何とも思われないのでしょうか。 バチカンですよ。 現在も皇居にはたくさんの昔のしきたりがあり、あまり詳しくはありませんが月のさわりの女性は出勤できないはずで、こういうタブーを侵すよーなものではないのでしょうか。 上皇さま、世界が注目するカトリックの総本山でこれほどのマナー違反をしでかして、中央で何を平和に笑っておられるのでしょう……。 これは1993年、天皇陛下と雅子皇后の御成婚直後にヨーロッパに歴訪し、その道程で休暇中の法王に対する突然の訪問でしたが、「休暇中だからセーフ」という合意があったのなら、いいのですが……。 冒頭に「よっぽどのタブーをおかさなければ」と書きましたが、これはたぶん「よっぽどのタブーをおかした」ケースに該当し、バチカンは相当怒ってしまったものと思われます。 だって皇室がいくら日本に招待しても、実にその後の平成の間の 27年間、日本訪問に首をタテに振らなかったローマ法王が、代替わり後すぐに新天皇皇后両陛下に会うために来日を表明しましたもの。 やっぱり許可とってなかったんだろーな……。 宗教の「超えちゃならない一線」というのは、地雷原そのものです。 まとめ:そういえば平成の上皇陛下は何やってたんだっけ 汗 細かいことはほかにもちょこちょこあるのですが、このローマ法王のエピソードが一番大きいかな。 上皇・上皇后の現役時代(の後半)には、宮内庁内部に、おふたりのこういう点を注意できる人が、もういなくなってしまったんだなあ…ということがわかるにつれ、非常に残念な気持ちです。 宮内庁および宮内庁に職員派遣が多い外務省には、諸外国の友好による国益を度外視しても、忖度により組織内における我が身の保身しか考えない、クズof the クズsの集まりなんだなあと。 このツケは、新天皇皇后両陛下に回されるのでしょう。 美智子上皇后もお若い頃は、当時浜尾実氏をはじめとした非常に有能な侍従たちの助言を尊重し、向上心を持ち続け、毎日を全力で駆け抜けておりました。 あの頃は、美智子上皇后の華やかな姿がメディアに出ることで、勇気づけられる国民も多かったことでしょう。 しかしいつの頃からだったでしょうか、美智子上皇后が、まるで女優かタレントのごとく持ち上げられ続け、 上皇の添え物感がハンパなくなったのは。 国民の絶大な支持、もしくは人気取りが、皇室存続に必要不可欠という判断になったのでしょうか。 4月30日に、フジテレビで6時間ブチ抜きの「美智子皇后物語」が放送されるそうですが、何百番煎じのドラマを取り上げるのか……私はこれが「平成の天皇陛下物語」なら、迷いなく視聴したでしょう。 こういう方は、滅多にお姿を拝見できないくらいでちょうどいいと思うのですが。 美智子さまのお召し物はもちろん上質なものですし、着まわしもせずに、ほとんど一度しか袖を通されないことも多く、退位後も帽子を新たに新調されるそうな。 皇族の意義の真髄は何なのかをズバリ言うと、 仁であり、慈しみの心 です。 国民の心に寄り添うということは、税金で身ぎれいに着飾ることではありません。 キリスト教がOKなのも、皇室の存在意義である仁と慈愛の心と釣り合い、ふさわしい思想であるからでしょう。 これから落ちぶれてゆく日本、美智子上皇后は今こそキリスト教の清貧の思想をもって国民を勇気づけるべきではないのでしょうか。 周囲に誰も注意してくれる人がいなくなり、もしくは遠ざけたばかりに、TPOからズレた滑稽な老いた姿を見なければならないのは、非常に悲しいことですね。 これほどまでにキリスト教にすがらなければならないほどの重圧を受けているのでしょうか。 【参考】 スポンサーリンク スポンサーリンク.

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上皇后さまが眞子さまをご説得!白内障や心臓ご病気はストレスから?

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そんな論争があったことは知らなかった。 『雅子さま論争』 洋泉社新書y。 2009年の刊行だ。 雅子さまは当時、心身の不調による療養が長引いていた。 公務も欠席しがち。 メディアのバッシングにさらされていた。 本書はそんな状況を背景に出版されたもの。 7人の筆者が、それぞれの専門分野や関心事をベースに独自の分析を展開している。 最近BOOKウォッチで紹介した『近代皇室の社会史』(吉川弘文館)の関連本として手に取ってみたが、参考になることが多かった。 週刊誌に「バッシング」記事 著者の一人、精神科医の香山リカさんは、「人はなぜ、雅子さまを批判したくなるのか」というタイトルで論じている。 2003年12月に「帯状疱疹」の診断から始まった療養と公務の欠席。 ほどなく療養の理由は「お疲れ」に変更され、04年7月には「適応障害」に。 メンタル不調が続いていることが明らかになる。 折々に発表される医師団の見解は、「着実に回復しているが、続けて公務をするまでには回復していない」(05年)、「徐々に恢復に向かっている」(06年)、「なお治療が必要な状態が続いているが、少しずつ着実に快方に向かっている」(07年)。 08年12月には5年ぶりに国賓歓迎行事に出席。 09年2月には皇太子が「これまでできなかった公務もできるようになってきていて、私も雅子もうれしく思っております」とコメント。 しかし、1月15日の歌会始は8年連続で欠席、というのが当時の状況だ。 ややこしいのは医師団が、「治療の一環」として私的な外出をすすめていたことだった。 それが批判にさらされる。 週刊誌では、こんな見出しの記事が出ていたという。 「最新雅子さまブランド、デパートでは月2回のお買い物」(「女性セブン」07年1月1日号) 「雅子さま『お忍びレストラン』マップ、皇太子ご不在で超高級店めぐり」(「週刊文春」07年11月22日号) 「雅子妃『午後の乗馬』『銀座でショッピング』にみる回復の兆し」(「週刊現代」08年1月5日・12日号) 「ディスチミア親和型うつ病」 世間では「海外静養や愛子さまを伴ったスキー、遊園地訪問は問題なくこなせるのに、公務ができないというのはおかしい。 メンタル不調ではなくて、単に公務がしたくないだけではないのか」という声も出ていたという。 精神科医の斎藤環氏が当時、「ディスチミア親和型うつ病」という見解を発表し、注目されたそうだ。 新しいうつ病といわれる。 従来のうつ病よりは一見、軽症に見える。 仕事よりも私的な生活を大切にする傾向があるのだという。 香山さんは、この症状に当てはまるところもあれば、かなり違うところもあると指摘、そのうえで「雅子さまの症状、状態、診断名は、これまでの精神医療の枠内ですぐに説明できるようなものではない」と書いている。 実際のところ、まわりから見れば「都合の良いときだけうつ」に見える症状の人は診察室で目立つそうだ。 「仕事には行けないが、スポーツやボランティアには取り組み可能」というケースもあるという。 しかし、当人に休まれると、職場では当然ながら同僚などにしわ寄せがいく。 「オレだって、休みたい中、無理しているのに」というわけだ。 ゆえに、多くの人は雅子さま自身を批判しているのではなくて、自分自身の疑問や不安、不満などを「公務のできない雅子さま」という存在に投影して、そこに怒りをぶつけている、と香山さんは見る。 「別の社会的背景」があるというわけだ。 「雅子さまの問題」と「私たちが直面する困難」は分けて、冷静に対処することが望まれる、としている。 「父の娘」 さらに他の執筆者の見方を紹介しよう。 ジャーナリスト&ライターの白河桃子さんは、雅子さま支持派の声を伝える。 「私たちはみな『プチ雅子さま』」。 雅子さまが負けてしまうと、自分たちが何かに負けてしまうような気さえするという。これは主として働く同世代の女性の声だ。 臨床心理士の信田さよ子さんは「雅子さまの家族関係」に踏み込んでいる。 タイトルは「『父の娘』である雅子さま」。 三姉妹の長女だった雅子さまは頭脳明晰、身体能力にもすぐれていた。 小和田家のいわば期待の星。 「『父の娘』という言葉があるが、長男ではなく、長女が父の期待を背負っていく場合にしばしば使われる表現だ」。 実際、父と同じ外務官僚の道を進む。 しかし、皇太子の熱烈なアプローチを受け、戦線離脱・・・という想定外の人生航路から、「適応障害」の背景を探ろうとしている。 出版・広告ディレクターの湯山玲子さんは、紀子さまを取り上げている。 「紀子妃がそれほど同性の共感を集めないのはなぜか」。 待望の男子を出産したことが、女性のデリケートな部分を刺激したことは間違いないと見る。 「結婚しても子供ができない女性、跡継ぎたる男子を産んでいない女性に対してのプレッシャーは歴然と社会に存在するのである」。 男子を産んだことが、逆に一部で嫉妬の対象になっていることを示唆する。 コラムニストの小田嶋隆さんは、「私が皇太子(当時)に好感を抱く理由」を書いている。 皇太子の山好きはよく知られている。 山登りに詳しい小田嶋さんの友人によると、「地味でキツくてあんまり面白味のない山を、ひたすらに黙々と踏破」というスタイルだという。 「何か鬱屈するモノがないとああいうペースで山に登ることはないと思うんだよな」という友人の言葉を紹介している。 「皇室タブー」は消えた? 『近代皇室の社会史』の著者で、かつて毎日新聞記者として宮内庁を担当していたこともある森暢平・成城大学准教授(当時)は本書の中心的な執筆者だ。 「はじめに」と「第1章 皇室と雅子さまは、どこへ行くのか」を書いている。 森さんは、つい最近まで存在していた「皇室タブー」が「なくなってしまった(ように見える)」ことに注目している。 皇室について「何でもありの状態」になっているというのだ。 週刊誌では以前から、相当きわどい記事が掲載されているが、ネットが拍車をかけた。 「バッシング」やら「眞子さま萌え」やら、イラスト、動画なども使ってやりたい放題。 「タブーはなくなった。 天皇が超越した存在であることの虚構性を公然と語れるようになった。 昭和天皇の死とともにそれは解禁された」 本書刊行後に、雅子さまの公務回数は徐々に増えている。 2018年には15年ぶりに全国赤十字大会や秋の園遊会に出席したことが報じられた。 最近では「病気療養中の」という枕詞も使われなくなったようだ。 その一方で、バッシングが増えたのが、紀子さまだ。 ここ数年、週刊誌であれこれ書かれることが目立つようになった。 ジャーナリストの矢部万紀子さんは近著『雅子さまの笑顔』 (幻冬舎新書)で、紀子さまについて、「41年ぶりの男子誕生という慶事で、『皇室の危機を救った』と評価された。 だがそれは一方で、『本来、長男の嫁である人の仕事を、次男の嫁がしてしまった』ことでもあり、その落差にメディアがつけ込んだのだと思う」「紀子さまの表情を追うと、やはり悠仁さまの誕生以降、厳しくなっている」と書いていた。 天皇や皇族が、「国民」を象徴することが難しくなった時代 美智子さまも、皇太子妃になってから体調を壊した。 週刊誌にバッシングされたこともあった。 しかし、国民は心配こそすれ、批判は少なかったと記憶する。 森さんは、時代の変化に大きな違いを見る。 一言で言えば、いまや「天皇や皇族が、『国民』を象徴することが難しくなった時代」だという。 「雅子さまは、美智子さまが皇室入りした時とは違う時代に生きている。 それは、雅子さまにとってはきわめてやりづらい環境なのである」 同じことは、紀子さまや、他の皇族、さらに言えばこれからの天皇家にも付きまとうに違いない。 書名: 雅子さま論争 監修・編集・著者名: 森暢平、香山リカ、その他 著 出版社名: 洋泉社 出版年月日: 2009年11月 6日 定価: 本体760円+税 判型・ページ数: 新書判・223ページ ISBN: 9784862484109 (BOOKウォッチ編集部) 外部サイト.

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