アイネクライネ 歌詞 意味。 「アイネクライネ」に米津玄師が秘めた意味とは?歌詞を徹底解釈!【PV】

米津玄師「アイネクライネ」の歌詞の意味・考察・解釈まとめ|米民たちの集い

アイネクライネ 歌詞 意味

Contents• 米津玄師『アイネクライネ』は「とある小さな」という意味 『アイネクライネ』というのはドイツ語で 「とある小さな」という意味。 「小さな」のあとに続くのが何なのかはっきりとはしていませんが、 この歌詞が 恋愛のものであったり、 友情のものであったりと ファンの解釈は人それぞれのようです。 「あたしあなたに会えて本当に嬉しいのに 当たり前のようにそれらすべてが悲しいんだ 今痛いくらい幸せな思い出が いつか来るお別れを育てて歩く」 管理人はこれを 「恋愛の歌」でもあり、「友情の歌」でもあると考えています。 「あたし」は自分、 「あなた」は恋心を抱いている友人のことではないでしょうか。 「会えて本当に嬉しい」と「それらすべてが悲しい」という両方の気持ちを抱いているということは、 友人として出会えて嬉しい気持ちと、友人でしかいられない現実が悲しい気持ちという意味だと思います。 「今痛いくらい幸せな思い出」というのは、 友人として築き上げてきたもの。 「いつか来るお別れ」というのは、 友人である以上このままではいられない、 いつかは自分よりも大切なものができて、そのときにやってくる 別れを描いているように思います。 そのあと続く、 「誰かの居場所を奪い生きるくらいならばもう あたしは石ころにでもなれたらいいな だとしたら勘違いも戸惑いもない そうやってあなたまでも知らないままで」 この歌詞の「誰かの居場所」というのは、 あなたの隣にいるはずの誰かの居場所だと推測できます。 もしくはもうすでに誰かがいるのかもしれませんね。 その場所を奪うくらいなら「石ころにでもなれたらいい」と感じていて、 「そうなれば、あなたと過ごす中で 自分が愛されているという勘違いや、 恋心を抱いているからこその戸惑いなどもなく、 いっそのこと あなたさえ知らずに生きていたかもしれないのに。 」 そんな悲しくもあり幸せでもあった、 別の人生を瞑想しているような歌詞です。 「あなたにあたしの思いが全部伝わってほしいのに 誰にも言えない秘密があって嘘をついてしまうのだ あなたが思えば思うよりいくつもあたしは意気地ないのに どうして」 あなたに思いが伝わってほしいけれど、 自分の中の「秘密」が伝わっても平気なほど 強い人間ではない。 そう思うと嘘つきで意気地なく、弱い人間なのに、 あなたはなぜそんなにも自分を信じてくれているのか、 という 自己嫌悪にも近い思いが溢れている歌詞に思えます。 米津玄師『アイネクライネ』1番サビ 続いて、サビの歌詞をみていきましょう。 「消えない悲しみも綻びもあなたといれば それでよかったねと笑えるのがどんなに嬉しいか 目の前の全てがぼやけては溶けてゆくような 奇跡であふれて足りないや あたしの名前を呼んでくれた」 この「消えない悲しみ」というのは、 1番の歌詞に出てきた「秘密」ではないでしょうか。 自分だけで抱えている悲しい秘密や綻びを、 あなたといるだけでよかったと笑える今がとても嬉しい。 「目の前の全てがぼやけては溶けてゆく」というのは、 涙が溢れるという状態を表していて、 「あなたと出会えて過ごしているだけで どんな悲しみも奇跡のようになくなって、 あなたが名前を呼んでくれるだけで ただただ涙が溢れるほど幸せ」 という意味ではないかと思います。 米津玄師『アイネクライネ』2番 2番の歌詞をみていきます。 「あなたが居場所を失くし彷徨うくらいならばもう 誰かが身代わりになればなんて思うんだ 今 細やかで確かな見ないふり きっと繰り返しながら笑い合うんだ」 あなたが傷つくくらいなら、他の誰かが身代わりになれば良いと赤裸々な思いを綴っていますね。 この「誰か」というのは、 他人だけではなく自分も含まれているように思えます。 自己犠牲愛というのか、それほどまでに大切だということでしょう。 「細やかで確かな見ないふり」というのは、 あなたの代わりに居場所をなくす人、もしくは自分自身を見ないふりして それでも笑い合って生きていきたいという 覚悟を表しているのではないでしょうか。 「何度誓っても何度祈っても惨憺たる夢を見る 小さないつかあなたを呑んでなくしてしまうような あなたが思えば思うより大げさにあたしは不甲斐ないのに どうして」 この部分の「何度誓っても何度祈っても」というのは、 「自分の気持ちを押し隠す誓い」と、 「いつか思い合いたい祈り」という 矛盾した行為のこと。 「惨憺たる」というのは 見るも無残な状態を表すので、 誓いも祈りも通じない、 最も望まない最悪の結果を夢に見てしまう苦悩を描いています。 そんな不甲斐ない自分をそれでも信じてくれるのはなぜなのか。 そういった、 1番と同じく自己嫌悪に近い思いを抱えていることを表現しているのではないでしょうか。 米津玄師『アイネクライネ』2番サビ 次に2番のサビをみていきます。 「お願い いつまでもいつまでも超えられない夜を 超えようと手をつなぐこの日々が続きますように 閉じた瞼さえ鮮やかに彩るために そのために何ができるかな あなたの名前を呼んでいいかな」 「いつまでもいつまでも超えられない夜」というのは、 誰しもが持ってる傷ついた過去や忘れられない日のことだと推測できます。 要は トラウマですね。 そのトラウマを超えようとする日々というのは、 あなたと共に支え合いながら生きている今のことを指していて、 「トラウマを超えられなくても良いから、このままずっと一緒にいたい」 という思いを表現しているようです。 「閉じた瞼さえ鮮やかに彩るために」という部分は、 眠っている状態や泣いている状態など、さまざまな推測ができますが、 管理人は前半の 「見ないふり」のことを指しているのではないかと思います。 目を閉じて見ないふりをしている間にも、幸せを感じることができる行為とは何か。 それはつまり 「あなたの名前を呼ぶ」ということで、 それだけで幸せになれるから、 「あなたの名前を呼んでも良いかな」と問いかけているのではないでしょうか。 米津玄師『アイネクライネ』Cメロ Cメロをみていきますね! 「産まれてきたその瞬間にあたし 「消えてしまいたい」って泣き喚いたんだ それからずっと探していたんだ いつか出会える あなたのことを」 産声を「消えてしまいたい」と表現するほど、 自分は 救いようのない苦しみの中にいるのでしょうね。 その苦しみの中、 ずっとあなたに会う日を待っていたという意味だと思います。 米津玄師『アイネクライネ』最後 最後の歌詞をみていきましょう。 「消えない悲しみも綻びもあなたといれば それでよかったねと笑えるのがどんなに嬉しいか 目の前のすべてがぼやけては溶けてゆくような 奇跡であふれて足りないや あたしの名前を呼んでくれた あなたの名前を呼んでいいかな」 この部分の前半は1番のサビと同じく、 「あなたと出会えて過ごしているだけで どんな悲しみも奇跡のようになくなって、 あなたが名前を呼んでくれるだけで ただただ涙が溢れるほど幸せ」 という意味だと管理人は推察しています。 そして最後の、 「あなたの名前を呼んでいいかな」という部分は、 「それだけで幸せ」という意味もあり、 さらに 「お互いを呼び合うことが幸せ」という意味もあるのではないでしょうか。 つまり、『アイネクライネ』は、 確かな関係にならなくても、気持ちがすべて伝わらなくても、 ただ一緒にいて名前を呼び合うだだけで幸せだという気持ちの歌だと思います。 もしも「とある小さな」という言葉の後ろに何かつけるなら、 「とある小さな幸せ」かもしれないですね〜。 まとめ• 米津玄師『アイネクライネ』は「幸せ」についての歌! 以上でした〜!.

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米津玄師「アイネクライネ」の歌詞の意味・考察・解釈まとめ|米民たちの集い

アイネクライネ 歌詞 意味

カテゴリ• 常田 その後、ふたりでいろいろと話し合ったよね。 一組の男女が離れ離れになってしまうような。 女性を置いて男性が遠くに行ってしまうというシチュエーションはよくあるから、離れていくのは女性にしたほうが面白いんじゃないかって シングルのリリース時期に合わせてテーマを「別れ」に設定されたみたいです。 3月は卒業式や、年度の終わりで新しい一歩を踏み出そうとする方も多いと思います。 前向きな一歩だけど、前に進む人も、それを見送る人も寂しさや応援したい気持ち、いろいろな感情が混ざる「別れの瞬間」がこの曲のテーマです。 登場人物 この曲には「僕」と「君」が登場します。 上記のインタビューから推測すると、「君」は女性のようです。 恋愛関係にある一組の男女が登場人物です。 「僕」は歌手やミュージシャンにも思えますね。 しかし、一貫して「僕」の視線からつづられる歌詞に、聴く人によっては親子や親友などいろいろな関係性に当てはめて考えられます。 一つ根幹にテーマを持っているからこそ、聴く人が自分をあてはめられたり、聴く人によって登場人物が変化する、それが『奏』の魅力なのかもしれません。 具体的考察 やってきた別れの時、見送る「僕」 君の手を引くその役目が 僕の使命だなんてそう思ってた だけど今わかったんだ 僕らならもう 重ねた日々がほら導いてくれる 君が大人になってくその時間が 降り積もる間に僕も変わってく たとえばそこにこんな歌があれば ふたりはいつもどんな時もつながっていける 今まではどちらかというと「僕」が引っ張っていて、これからもそうだと思っていた。 だけど「君」は一人で前に進んでいくことができると「僕」が気付きます。 お互い新しい道で成長し、変わっていくけれど、今まで重ねてきた時間は遠く離れた二人を引き離しはしない。 二人は今までの日々の中で積み重ねてきた絆を再確認します。 迫る別れ、そして 離れていてもお互いの絆は強いことを確認する二人。 しかし、その時はやってきます。 突然ふいに鳴り響くベルの音 焦る僕 ほどける手 離れてく君 夢中で呼び止めて抱きしめたんだ 君がどこに行ったって僕の声で守るよ 覚悟していたその時ですが、「僕」はまだ言えていないことがありました。 「さよなら」に代わる言葉。 「君」への最後の言葉。 次第に「君」の手は離れ、刻々と時が迫ります。 必死で呼び止め、ようやく言葉にします。 離れしまっても、どこへ行っても、遠くで守るよ。 だから、君は君の新しい道を前向きに進んでほしい。 別れを受け入れ、お互いに新しい道を進みはじめる。 「僕」もようやく、一歩を踏み出したのです。 「君」のいない世界でも 別れを受け入れた「僕」、今までの想いが洪水のようにあふれ出します。 君が僕の前に現れた日から 何もかもが違く見えたんだ 朝も光も涙も歌う声も 君が輝きをくれたんだ 抑えきれない思いをこの声に乗せて 遠く君の街へ届けよう 大切な人、好きな人、かけがえのない存在と出会ったとき、人はそれまでの人生や価値観が大きく変わります。 なんの変哲もない日常を彩ってくれた大切な存在のためにできることは、遠くからでも想いを届けること。 そして、その想いがあれば、遠く離れてもつながっていられるのです まとめ 『奏』の考察、いかがでしたでしょうか? 別れは寂しいものだけれど、今まで重ねた時間は無駄にはならないし、離れても想いがあれば絆は途切れない、そんなメッセージを感じました。 すでにストーリーが確立されている歌詞ですが、誰もが直面する別れの時を、誰もが共感できる繊細な歌詞で描かれていて、本当に素敵な曲ですよね。 元々好きな曲でしたが、考察することでよりこの楽曲が好きになりました! この考察が、皆さんがより『奏』を楽しめる一助となっていれば幸いです。

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米津玄師アイネクライネの歌詞の解釈と意味

アイネクライネ 歌詞 意味

素晴らしい楽曲を次々と送り出し、大変な人気を集めている 米津玄師さん。 一方で、歌詞の意味が抽象的であったり、聞き手の解釈を必要とするようなものであることも多いため、「歌詞に込められたメッセージを理解したい!」と考えるファンも少なくないようですね。 というわけで今回は、CMにも起用された人気曲 「アイネクライネ」について、歌詞の考察を行ってみたいと思います。 さて、「アイネクライネ」という単語から、あなたは何を連想しますか? 多くの方が、モーツァルトの有名曲である「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」を思い出すのではないでしょうか。 こちらの曲名はドイツ語で、「小さな夜の曲」という意味になります。 ちなみに、ドイツ語の名詞には性別があるのですが、不定冠詞である「アイネ」と形容詞の「クライネ」はともに女性形であることから、米津さんの「アイネクライネ」も女性の想いをつづった曲であると予想できます。 幸せを享受する覚悟を決めた女性の歌 上記を踏まえて歌詞を見てみると、私はこの楽曲を、 「さまざまなジレンマを受け入れて幸せを享受する覚悟を決めた、ある女性の歌」だと考えます。 歌詞中では幾度となく、対照的な明と暗の表現が繰り返されます。 この女性はおそらく、「幸せ」な気持ちに満たされているときも、その先に訪れる「終わり」の存在を感じ取り、いつもおびえているのでしょう。 また、生きていると必ず「誰かの居場所を奪い」取ってしまうことや、周りを傷付ける可能性があるとも理解しています。 だから、最初から「喜び」を知らなければ「悲しみ」に襲われることもなく、「あなた」と出会わなければ心を揺らすこともなかったと、意気地のない自分の気持ちを素直に歌に乗せているのです。 スポンサーリンク? 「あなた」と一緒なら幸せを享受できる 後半の歌詞から、この女性が「あなた」と一緒に、綿々と続く悲しみや苦しみ、多くのジレンマを受け入れる覚悟を決めた様子も伺えます。 苦しい思いをしても大切な人が隣にいてくれれば、それを乗り越えた向こうに待つ大きな幸せを享受できると気付いたのでしょう。 逆に、悲しみのない平坦なだけの道には喜びもまたないのだという事実にも触れたのだと思います。 そのような運命の中で「あなた」が名前を呼んで自分を見付けてくれた奇跡に感謝し、その呼びかけに応えたいという決意が、最後につづられるレスポンスにつながったのではないでしょうか。

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