キース ヘリング 美術館。 キース・ヘリング

ロッジ・キースプリング八ヶ岳 中村キース・ヘリング美術館【楽天トラベル】

キース ヘリング 美術館

1980年代ニューヨークのアートシーンを席巻したアーティスト、キース・ヘリングのコレクションのみを展示する、世界で初めてのプライベート美術館です。 本施設は北杜市小淵沢町に位置し、ナラ、ヤマザクラ、カラマツ、アカマツなどが自生する緑豊かな森に囲まれています。 美術館棟とスパ棟で構成され、周辺環境と地形を生かすために、既存の樹木を保全しながら地形に沿った平屋造りになっています。 森と美術館とスパの融合によって新しい環境を形成し、地域の文化に貢献することを目指しました。 美術館棟はアメリカのアーティスト、キース・ヘリングの作品を展示するために計画され、展示室「闇」、「ジャイアントフレーム」、「希望」はキースの人生を追体験するようなシークエンシャルな空間構成とし、それぞれの作品をより純粋に感受できるように配慮してあります。 This project is located in Kobuchizawa in Yamanashi prefecture, at the foot of the Southern Japanese Alps. The site is in a rich environment of wild trees, like oak, mountain cherry, larch and red pine. The scheme is divided into a museum block and a spa block. With full respect for the natural environment, each block consists of one-storey buildings carefully placed to protect the existing trees. The project aims to contribute to the local culture and create a new environment in a unique marriage of the museum, the spa and the forest. The museum is designed for the works of the American artist Keith Haring. Client Kazuo Nakamura Constractor Taisei Corporation Site area 18,438. Completion Date 06. 2007.

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キース・ヘリング展 Keith Haring; Prints and other works From Nakamura Keith Haring Collection

キース ヘリング 美術館

Keith Haring 米国出身。 80年代初頭にニューヨークの地下鉄で、黒い紙が貼られた使用されていない広告板を使った通称サブウェイドローイングというグラフィティー・アートを始めました。 そのコミカルで誰もが楽しめる落書きは、地下鉄の通勤客の間で評判となり、一躍キースの名を広めることになりました。 1980年から86年の間には、次々と展覧会が開催され、国際的にも高く評価されました。 ニューヨークのののアニメーションから、舞台デザイン、キースのグッズを販売するポップ・ショップをオープンするなど、制作活動は多岐に及びます。 また世界中で壁画を制作したり、ワークショップなども開催し、社会的なプロジェクトも数多く手がけました。 日本でも展覧会やワークショップの開催や、ポップショップも展開されました。 1988年には感染と診断され、その翌年に財団を設立しました。 建築「中村美術館」 平成19年4月完成 に対し、建築家 北川原温氏がを受賞。 【受賞理由】 北川原温氏は、芸術としての建築を追求してきた気鋭の建築家である。 対象作品は、厳しい甲斐のやと対面する。 唐松やコナラが深く覆う斜面地に建てられている。 歩みを進めるごとに樹々は透け、その建築の彫塑性と絵画性が姿をあらわし、周辺の光景を振りはらって形態の語調が浮かび出てくる。 鋭く抉り取られた入口を入ると、外光から次第に遠ざかり、闇に近づいてゆくかのような長い斜路に至る。 下るにしたがい、上昇する空間性が緊張感を高め、想像力を喚起する。 そして趣向を異とする三つの展示室を巡る。 その巧みな空間の流れ、構成、光の扱いは優れて厳密であり見事というほかはない。 森の中に新たな生命が誕生したように佇む、この独創的な建築は時代を越えて力強く生き続け、訪れる人々に新鮮な感動を与えるであろう。 「光と闇」を主題とする、この建築の卓越した空間演出は、強く人々の心に残像を与え、その余韻が長い。 深遠な空間詩ともいえるこの建築作品は、独特の品格をそなえ、氏がこれまで追求してきた芸術としての建築のひとつの頂点といえる傑出した作品である。

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キース・ヘリング

キース ヘリング 美術館

キース・ヘリングについて 特徴的なアートで、一度見たら忘れない魅力があるキース・ヘリング。 ユニクロのTシャツなど数々のブランドとのコラボでもお馴染みで、名前は知らなくてもキャラクターは見たことがある、といった人も多いと思います。 そんなへリングの短き生涯と、ストリートを中心にした制作活動をご紹介しましょう。 生い立ち キース・へリングは、ペンシルバニア州のカッツタウンという町に生まれました。 エンジニアでアマチュアの漫画家だった父親からウォルト・ディズニーなどアニメのイラストの手ほどきを受け、このことはポップでデフォルメされたイメージを得意とする彼の作風に強い影響を与えました。 その後、彼は「The Ivy School of Professional Art」に入学し、グラフィックデザインを専攻しましたが、大学で学ぶグラフィックデザインに興味がわかず、すぐに退学することとなりました。 アーティストとして 最初に進学した芸術大学からは退学したキース・へリングですが、彼は決して芸術への興味を失ったわけではありませんでした。 正式な絵の勉強を受けたわけでもありませんが、キース・へリングはアートを独学で学びながら、独自のスタイルでアート活動を続けていきました。 その後、ニューヨークに移り、School of Visual Arts大学に入学すると、後に1980年代のアメリカアート界をともに牽引することとなるバスキアらと知り合い、ニューヨークのアートシーンに基盤を作りました。 キース・ヘリングはこのころから様々なアートイベントや展示を企画し、主宰するなど存在感を発揮するようになります。 サブウェイ・ドローイングで有名に キース・へリングが一躍有名になったのは、サブウェイ・ドローイングと呼ばれる非合法な創作活動が発端です。 当時ニューヨークの地下鉄には、広告が出稿されておらず使われていない看板がいくつもありました。 彼はそこに目を付け、地下鉄の駅に侵入しては看板に黒い紙をかぶせ、その上から白いチョークでシンプルな線画を描き始めます。 多い時には、毎日40枚もの絵を描いていたといいます。 シンプルかつ斬新で目を引くキースの絵は、すぐにニューヨーカーたちの間で評判となり、やがてキース・へリングはストリートアーティストとして広くその名を知られることになりました。 非合法な落書きから成りあがったアーティストとは、なかなか破天荒なエピソードです。 社会的な貢献活動 そんな少しグレーなイメージのキース・へリングですが、並行して社会貢献活動を盛んに行っていたことでも有名です。 特に有名なのが、彼自身の病にかかわる社会貢献です。 キース・ヘリングは、1988年にAIDS(エイズ)と診断され、2年後の1990年にはわずか31歳の若さで亡くなってしまいます。 そんな悲劇を背負った彼は、同じ悲劇を繰り返すまいと積極的にAIDS防止のメッセージを発信し、ときには自身のイメージやアートを寄付していました。 キース・ヘリングの代表作 世界中で愛されているキース・ヘリングの作品。 色鮮やかで力強いタッチで描かれたシンプルなアートが彼の特徴です。 彼の代表作をみていきましょう。 「アンディ・マウス」1986年 キース・ヘリングは、同時代を生きたアーティスト、アンディ・ウォーホルとの深い交友関係でも知られていました。 同じアーティストとはいえ、アンディ・ウォーホルとは親子ほど年が離れています。 ウォーホルとの交友関係は、キース・へリングがアーティストとして成功するうえで決定的なものとなりました。 そんな敬愛する大先輩をテーマにした「アンディ・マウス」は、アンディ・ウォーホルと某キャラクターを重ね合わせた4点の連作版画。 ポップアートのアイコンと化した作品はウォーホルへのオマージュとして「アンディ・マウス」と名付けられました。 「Radiant Baby」(ラディアント・ベイビー)1982年 Radiantは光輝く、喜びに満ちたという意味で、鮮やかなカラー、力強いタッチで描かれた光り輝く赤ん坊が這う姿の「ラディアント・ベイビー」はキース・ヘリングのシンボルとなりました。 キース・へリングの数あるモチーフの中でも最も有名なものの一つといえるでしょう。 「イコンズ」(笑う顔)1990年 目が覚めるような色鮮やかな作品。 すぐにキース・ヘリングの作品だと分かる彼の強烈な個性を感じます。 「Three Eyed(三つ目)」ともいわれています。 中村キース・ヘリング美術館 わずか31歳という若さで惜しまれながら亡くなったキース・ヘリングですが、日本に彼の美術館があります。 山梨県の八ヶ岳の裾下に建立する中村キース・ヘリング美術館は、館長の中村氏が1980年後半から収集したキース・ヘリングの作品が約200点所蔵されている世界でも類を見ない美術館です。 八ヶ岳の斜面を生かしたスローブを降りると真っ暗な部屋に案内されます。 闇の展示室には初期の個展の作品を晩年のキース・ヘリングが再度描き起こした作品シリーズ「ブループリント・ドローイング」と「サブウェイ・ドローイング」が展示され、暗闇を抜けると柔らかな光に包まれた「希望の展示室」があります。 お近くに訪れた際は、ぜひお立ち寄りください。 施設名:中村キース・へリング美術館• TEL:0551-36-8712• 営業時間:9:00~17:00• ベルリンの壁もキース・ヘリングにはキャンバス 一見、子供の落書きのようにも見えるキース・ヘリングの作品。 かのパブロ・ピカソからインスプレーションを得て描かれた作品が多かったといわれています。 彼を一躍有名人にしたのはサブウェイ・ドローイングでした。 地下鉄の黒板に白のチョークで描く彼のアートは、あっという間に多くの人々を魅了しました。 彼にとって世界中の壁や建物がキャンバスだったのです。

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