いっそ 英語。 自分のルーツを感じたアメリカの旅【華恵の世界に出会うノート】

自分のルーツを感じたアメリカの旅【華恵の世界に出会うノート】

いっそ 英語

書籍の装丁、イラストの仕事に従事する。 1987年に来日し、1990年から92年まで多摩美術大学で学ぶ。 その後、日本のデザイン事務所にて商業印刷のデザイナーとして活躍。 また、NHK中国語会話のテキストにイラストを描いているほか、三越、小田急百貨店で個展をひらくなど、日本に滞在中も精力的に芸術活動を続けた。 2001年に上海にUターン。 専業画家として活動を再開し、上海美術家協会の会員となる。 水墨美人画を得意とし、中国の伝統画と現代アートの融合と発展に専念している。 上海で行われる大規模な芸術イベントには常に出品、作品は日本や中国で数度、受賞している 本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです 中国語単語学習教材。 中国上海人であり日本滞在期間が長い著者が、自身が日本語の学習並びに日本語で芸術研究をするに当たり、語学取得上参考になると思われる単語を、イラストを交えて解説した単語学習教材である。 上海で芸術を学習した上で来日し多摩美術大学で芸術の研究をしているため、単語のイラストがわかりやすく、イメージをしながら単語学習ができるので記憶の定着効果が高い。 強いて言えば、ピンイントカナ表示だけしか無いため、中国語母語話者の会話発音を確認する手立てがないので、付属CDなどで単語の発音ご理解できるような工夫が有れば、始めたばかりの初心者でも独学で使用できるという印象を受けた。 ある程度発音を他の教材で学習している読者であれば、本書はイラストにより記憶の定着が容易にできるので、単語語学学習教材としては優れていると言える。

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~ができないなら、いっそのこと~したほうがいい って英語でなんて言うの?

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Q とある 直訳とスラッシュリーディングを基軸にした英語の学習法を金科玉条にしている 方のサイトからの引用です。 また、参考書や文法書などにも、例文に直訳を付けずに意訳だけ付けているものも多いです。 掲載可能な文字数に限りがあり仕方ないのかもしれませんが、私は、これが、日本人がいつまで経っても英語を話せない一因になっていると思います。 中学の教科書やテキストで、よく出てくる表現を例に挙げてみます。 例1:"I'm from China. "と"I come from China. " これをどちらも、「私は中国の出身です。 」と、訳していることが多いのが気になります。 なぜなら、前置詞fromをしっかり直訳していないからです。 be動詞のamと一般動詞のcomeの明確な違いも判りません。 直訳すれば、「私は中国からです。 」と「私は中国から来ています。 」になるはずです。 とりあえず、このように訳しておけば、生徒は一つ一つの英単語の意味を、正確に把握できます。 そこから「出身」の意味が出ると教える方が、生徒には理解しやすい思うのですが、いかがでしょう。 これらは中学1年の最初の頃に習う文法ですが、直訳を教えない学校が多いです。 そして、生徒達は、直訳をしない習慣をつけてしまいます。 fromの訳を「~から」と覚えている生徒は、"I practice baseball from four to six everyday. "という文を初めて聞いても、理解が早いです。 応用が利きます。 一般の生徒は、帰国子女とは違うのです。 頭の中で、しっかり英文を組み立てられる訓練にもつながる直訳は、とても重要であると思うのですが、いかがでしょう。 というのは、このサイト主さんも、批判されている授業法も、どちらも英語教育の方法として「文法訳読法」の範囲内にとどまっているにすぎないからです。 文法訳読法とは、文法規則を習い、その知識を元に学びたい言語を母語に訳して理解する(また、母語からその言語に訳す)という学習法です。 これは伝統的に行われてきたのですが、これは学習言語と母語の置き換えはできるようになるものの、例えば「英語を英語で理解する」ことができるようにはなりません。 その文法訳読法の枠組みの中で「英語の原文が想起しにくいが日本語側が自然な和訳」と「日本語は不自然だが英語の原文が想起しやすい直訳」のどちらが効率的か、と言われても、そもそもの問題設定の背景が間違っているとしか言いようがありません。 このサイトの主張を拡大すると、Good morningを「よい朝」と訳すべきだということになるでしょう。 それは言語の本質をとらえない学習法であり、将来的に「英語で表しきれない日本語の概念があり、日本語で表しきれない英語の概念がある」ことに気づけない学習者を量産するだけです。 現在、言語教育理論としては、文法訳読法は過去の遺物です。 たとえば外国人向けの日本語教育では、直接法(日本語で日本語を教える)が多く採用され、文法項目ではなく「場面」ごとに応じた表現を学ぶ教科書が開発されていたり、能力評価も文法事項ではなくCanDoステートメントによるものに切り替わったりしています。 それにより、日本語を日本語として読んだり聞いたりして理解し、日本語で書いたり話したりする表出作業をすることができるようになります。 ご指摘のサイトでは、英語を英語として理解するということは考えられていません。 目標言語を学ぶ際、不十分な形の言語が頭の中に生成され、これを中間言語といいますが、不十分な英語だけでなく、英語寄りの不十分な日本語(どちらも中間言語)を用いて翻訳しようとするのは、機械翻訳ではいいかもしれませんが、語学修得という観点からは決して効率的とはいえないと思います。 もちろん、目的が英語力向上ではなく、決められた時間内でのテストの成績アップだけでいいというのなら、それでもいいのかもしれませんが、日本人が英語を「話せる」ようになるには、訳読法を離れ、英語で聞いて英語で考え、英語で答える訓練をするしかありません。 日本語で考えて直訳日本語に置き換えて英語に置換する方法で話せるようになるわけはないのです。 たとえば日本語の「あげる・もらう・くれる」には、自分と相手の関係性が含まれており、さらにどちらの行為に重点を置くかという視点が必要になります。 しかも、恩恵を受けたという気持ちもこもります。 つまり、英語の思考には存在しない考え方です。 これ・それ・あれ も日本語には日本語の使い方があり、「あの店」は話し手と聞き手が共通して知っている店、「その店」は一方しか知らない店を指します。 英語にはそんな区別はありません。 このように、日本語の考え方、英語の考え方があるので、置き換えて理解するのは限界があると思います。 そこで質問ですが、みなさんは 直訳に拘った英語の学習法について いかがお考えですか? とある 直訳とスラッシュリーディングを基軸にした英語の学習法を金科玉条にしている 方のサイトからの引用です。 また、参考書や文法書などにも、例文に直訳を付けずに意訳だけ付けているものも多いです。 掲載可能な文字数に限りがあり仕方ないのかもしれませんが、私は、これが、日本人がいつまで経っても英語を話せない一因になっていると思います。 中学の教科書やテキストで、よく出てくる表現を例に挙げてみます。 A ベストアンサー おっしゃっていることに同意します。 直訳主義の背景にあるのは他言語 英語 に対する妙な特別意識、さらには、それに関わる人たちの権威主義が垣間見れます。 既に故人となった方々を悪く言うのは気が引けますが、大学教授から偉大な作家までが関わる、この国の翻訳された書物には無茶苦茶な翻訳が数多くあり、ご指摘のような間違った学習法信者を生む温床になっています。 彼らがいわゆる意訳を嫌い、直訳を好んだ理由は、「オレ様は、これだけ英語の文章を解釈できてるんだぞ」ということを伝えたい、という意識だけです。 そのため、訳された文章が日本語としての体をなしてなくても平気なんです。 現在の目からすれば馬鹿丸出しの愚の骨頂。 英語を学習するために、日本語を歪めるなんて、ほんとに馬鹿馬鹿しいです。 おっしゃっているように、英語は英語として理解していくべきです。 Q 学歴どうのというつもりではないのですが、学歴と英語力は関係ないのかと感じたため書かせて頂きます。 知人は中卒です。 日本では生活していて通常目にする漢字が読めないぐらいです。 しかし英語圏で現地就職をして5年ぐらいになるのですが、通常生活していく上での会話のレスポンスはとても速く違和感ない会話のキャッチボールをしています。 言葉の選び方も自然です。 その知人は「日本人は大卒でも英語話せない」といいます。 また高卒の知人は英語圏で飲食のアルバイトに携わり早5年ですが、こちらの知人もまた上手です。 一方私は日本で毎日2時間勉強し、オンライン英会話も毎日やっているしトイックも800前後ですが、上記の知人らには敵わないと感じています。 私は会話が通じなかったりレスポンスが遅いことも多いです。 もちろん私の知らないところでたくさんの努力や苦労があったのだと思いますが、、 やはりいくら日本で勉強しても現地で生活している方の英語力には及ばないものなのでしょうか。 A ベストアンサー ちょっと別の視点から まず、言葉と文字は同じものではありません。 言葉を話すのに文字を知っている必要はないのです。 だから20世紀初頭のイギリスの識字率は25%程度、同じ時期のフランスは1%程度だと言われていますし、もっと前なら10%の識字率ぐらいだったはずで、それでも生活そのものには支障がなかったのです。 日本は江戸時代中期には80%(仕事をしている男性に限れば90%)に達していたと言われます。 これは日本だけでなく東アジアが「勉強すると所得が上がる」文化だったからです。 今でも同じで世界のIQや頭の良さのテストをすると東アジア(とシンガポール)が突出していますし、アメリカは調整しないと有名大学の学生の半分がアジア系になってしまうと言われています。 >知人は中卒です。 日本では生活していて通常目にする漢字が読めないぐらいです。 その彼は、たぶんアメリカでも学力としては中卒程度でしょう。 ただし、アメリカの中卒のレベルは日本より低いので高校1年生ぐらいかもしれません。 いずれにしてもアメリカは「英語を話せない人々」が居る社会なので、日常的に使っている言葉の単語数は非常に少ないと言われています。 一般的にどの国でも日常会話で使われる単語は2000語から3000語ぐらいで、そこに職業別の専門用語が加わります。 日本語が難しいのはこれらの単語の読みに漢字が使われていてこれは覚える必要があることです。 中国語を除く他の言語は発音とスペルがほぼ一致しているので、アルファベットとその文字が表す発音が分かれば、文字の意味をすぐに理解できるわけです。 一般的な仕事をしているなら、やたらに難しい言葉使いはしないでしょうから(本人の努力はあるにしても)現地で英語を話せるようになっていても不思議はありません。 ただ「書くことが出来る」とか「ビジネス文章として成立するレベルの文体で書ける」かというとたぶんできないでしょう。 だから中学レベルなのです。 >一方私は日本で毎日2時間勉強し、オンライン英会話も毎日やっているしトイックも800前後ですが、上記の知人らには敵わないと感じています。 私は会話が通じなかったりレスポンスが遅いことも多いです 毎日2時間英語を勉強しても残りの22時間は日本語の世界ですから、現地でドップリ英語に使っている知人から見れば毎日22時間づつさができるわけです。 まあ、寝る時間もあるでしょうから毎日10時間としても年で3650時間異なるわけで、日本人が英語を習得するのに必要な3000時間を彼らは1年でクリアしてしまうのです。 それともう一つ重要なのは「どこまで進歩すればいいか」と言う点です。 質問者様がどのレベルの英語を目指しているのかは分かりませんが、使う状況が明確でなければ勉強も散漫になります。 たとえば大学で留学したいから、といういうなら法学部としての英単語と理系の英単語は全く異なり、必要とされる文法レベルも法律文章・学術論文と異なるわけです。 現地にいれば「なにが大丈夫で何が足りないか」を毎日知ることが出来るわけですが、普段の生活や求められる内容が日本語で済んでしまうなら、どうやったって敵うわけがありません。 他の方が書かれている「優秀な通訳者や翻訳者」が常に最初から優秀だったわけではないし、得意分野から外れれば必ずしも優秀ではありません。 (たとえば字幕作者の大御所であるT・N氏はトム・クルーズなどの通訳もしますが、聞いているとかなり適当な通訳をしています(少なくとも発言者が意図した内容を踏まえた訳ではない) また字幕のほうも「文芸作品はいいが、科学作品は知識が圧倒的に足りない」と言われていて、実際にある映画では電気回路の説明が全く逆になっていたことは有名です) 質問者様の英語がどのレベルなのかは分かりませんが、使う目的が明確になり、英語話者との会話が増えればすぐに知人たちに追いつくと思います。 後、東南アジアなどの人たちが英語をそれなりに話すのは「英語ができれば所得が桁違いに上がる」からです。 また途上国で独自言語を持っている場合、高等学問を自国語で表記することができず、英語などに頼ることが多いのが特徴で、東南アジアの大学の理系学部などは英語主体で勉強・研究が行われたりするので、高学歴の人が英語が話せるのはむしろ当たり前、なのです。 ちょっと別の視点から まず、言葉と文字は同じものではありません。 言葉を話すのに文字を知っている必要はないのです。 だから20世紀初頭のイギリスの識字率は25%程度、同じ時期のフランスは1%程度だと言われていますし、もっと前なら10%の識字率ぐらいだったはずで、それでも生活そのものには支障がなかったのです。 日本は江戸時代中期には80%(仕事をしている男性に限れば90%)に達していたと言われます。 これは日本だけでなく東アジアが「勉強すると所得が上がる」文化だったからです。 今でも同... A ベストアンサー Nice to meet you. に代わる表現として、他の回答者さんと被らない表現では My plaesure to meet you. pleased to meet you. などがあります。 私はネイティブと接して理解した事の一つに例え挨拶であれ質問する時であれ " 相手に無駄な気を使わせない " という暗黙のルールがあるという事。 ネイティブは Nice to meet you. と言われたら Nice to meet you. と答えるのが大半だと思いますよ。 私はメールのやり取りが頻繁にあるネイティブに初めて会った時に Nice to meet you. と言われた時、 Nice to finally meet you. という事はあります。 初対面で " to see " という表現。 ネイティブはスルーしてくれるとは思うけど、さすがに動名詞は如何なものかと思いますね。 例えば、 native: Nice to meet you. Japanese: Nice meeting you. これはあり得ない。 Nice meeting you. は私も良く使うフレーズの一つですが出会った時では無く別れ際の挨拶として使っています。 会話で盛り上がって別れ際の挨拶として " Good bye " では味気ないと思う事は珍しくありません。 そんな時、 Thank you for 〜. と御礼を述べて Nice meeting you. と言って握手をして頭を下げています。 イギリスの方は正しい英語を使ったり 別れ際の挨拶に " Good bye " では無く " Nice meeting you. " と言うと反応が物凄く良い事が多く " お名残惜しさ " を感じてられますね。 質問者さんの求めている回答にはなりませんでしたが、私は相手に無駄な気を使わせたくないのでごく普通に他のネイティブ同様 " Nice to meet you " と答えます。 最後の " too " は状況から解るので " too " を言わないネイティブは多いですね。 Nice to meet you. に代わる表現として、他の回答者さんと被らない表現では My plaesure to meet you. pleased to meet you. などがあります。 私はネイティブと接して理解した事の一つに例え挨拶であれ質問する時であれ " 相手に無駄な気を使わせない " という暗黙のルールがあるという事。 ネイティブは Nice to meet you. と言われたら Nice to meet you. と答えるのが大半だと思いますよ。 私はメールのやり取りが頻繁にあるネイティブに初めて会った時に Nice to meet you. と言われた時、 Nice to finally... Q 中学や高校での英語は文法と訳読が中心でしたが、現在ではコミュニケーション力を主体にした教え方が主流になってきているようですね。 しかし、そんな英語教育の風潮に異論を唱えて、自分のサイトを立ち上げた方もおります。 moo. html)を見て、ふと、疑問が起きました。 これは、英単語1つ1つの意味を、しっかり日本語に直す訳し方です。 日本語としては、少し妙な表現になることもありますが、気にしないでそのまま訳しましょう。 これに対し、日本語として自然になるように、もとの英文とは多少表現を変えて、きれいな日本語に訳することを「意訳」と言います。 通訳や翻訳家を目指すならば、意訳は必要ですが、英語を話すためには、無理に意訳をする必要はありません。 直訳をできることが大切です。 ・・・・・ 日本の学校の先生方の中には、この「意訳」を重視する方も多いですが、「直訳」ができなければ、英語を話せるようにはなりません。 「直訳」した日本語の文から、英文を作ることは簡単ですが、「意訳」した日本語の文から、英文を作ることは困難だからです。 どうしても、「意訳」したい時は、1度「直訳」をした上で「意訳」してみてください。 しかし、そこで 疑問が起きました。 というのは、例えば、 put up with とか put off が一単語ずつ訳せたら 「直訳」ですむので、どれほど楽だったろうと思っています。 どの外国語も「1:1」の日本語変換は夢物語です。 「熟語」とか「慣用句」いう"かたまり"レベルで 対応させるほうが、まだ現実的です。 (それでも無理なことがあります) そして、最大の問題点は 日本語には「完了時制」や「仮定法」など 西欧の言葉の基本構造が まったく抜け落ちていること、が あげられます。 もともと、そういう概念がないので たぶん「過去」と「完了」(フランス語やイタリア語ともなると 過去形だけで4種類(複合過去〈近過去〉、半過去、大過去、前過去〈遠過去〉 の使い分けが 本当の意味では無理だろうと思います。 (真似は、できますが "心で感じる"レベルまで行きません) 特に難しいのは 未来完了です。 一例を挙げます。 』とするのか、それとも、未来完了と とらえるべきなのでしょうか?」というのがありました。 それに、この文が孤立して話せるわけがないのです。 背景には、レストランで「何になさいますか?」と聞かれるとかがきっとあるはずですよね。 このように、時制に関しては「1:1」ではまったく歯が立ちません。 そこで質問ですが、英語を直訳して理解するのは 合理的だと思いますか? 中学や高校での英語は文法と訳読が中心でしたが、現在ではコミュニケーション力を主体にした教え方が主流になってきているようですね。 しかし、そんな英語教育の風潮に異論を唱えて、自分のサイトを立ち上げた方もおります。 moo. html)を見て、ふと、疑問が起きました。 これは、英単語1つ1つの意味... A ベストアンサー 再びNo. 2です。 昨日は、空色の列車さんのお名前を間違えてごめんなさい。 子供たちが小さいころ好きだった、The Little Blue Engine That Couldという絵本を思い出していました。 読んだことありますか? そしてmakkiさんのサイトを読み始めたのですが、6月は雨が多いの文で気づいたことがあります。 Haveという動詞を「持つ」と直訳してしまうから、使える範囲が限られてしまうのです。 Haveを教える時には、日本語で「持つ」とは言わない場合でも、たくさんの使い方があることを一緒に学ぶべきです。 実際、その方がずっと多いと思いますよ。 「 持つ」という意味で使う場合は、 I have a bicycle. 自転車を持ってます。 今、5ドルしか持ってない。 これに対して、「うちには犬が2匹いる」は、We have two dogs. 誰も「私たちは2匹の犬を持っています」と日本語で言いません。 「うちの会社のビルは10階建てです」Our office building has 10 stories. 「ここは6月に雨が多いです」We have a lot of rain in June here. 「明日英語のクラスがあるの」I have an English class tomorrow. 「お時間ありますか?」Do you have time? 「息子は来週歯医者のアポがあるます」My son has a dentist appointment next week. 「楽しんできてね!」Have fun! Have a good time! Have a nice trip! Have a nice weekend! 数え挙げたらキリがないですね。 このようにフレーズで覚えると、使い回しが出来るのです。 英語と日本語は、1:1ではない!ことを初めから教えて欲しいです。 なぜならその頃の主人の日本語は「Textbook Japanese」。 娘の日本語は耳から覚えたNativeの日本語でした。 今や彼女もアメリカで3人の子持ちですが。。。 英語のPut onは、必ずしも「着る」ではなく、日本語では「服を着る」「靴を履く」「上着を羽織る」「ネックレスをつける」「メガネをかける」と全部違うのです。 今では笑い話になってますが(笑)。 再びNo. 2です。 昨日は、空色の列車さんのお名前を間違えてごめんなさい。 子供たちが小さいころ好きだった、The Little Blue Engine That Couldという絵本を思い出していました。 読んだことありますか? そしてmakkiさんのサイトを読み始めたのですが、6月は雨が多いの文で気づいたことがあります。 Haveという動詞を「持つ」と直訳してしまうから、使える範囲が限られてしまうのです。 Haveを教える時には、日本語で「持つ」とは言わない場合でも、たくさんの使い方があることを一緒に学ぶべきです。 実際、その... Q 英語に対し、苦手意識を持っている人って多いですよね。 わかるようになれば、「得意」という意識に変わってきます。 実に、単純なことです。 英語を本当にわかるようになれば、話せるようにもなります。 しかし、ここで疑問があります。 というのは、例えば 国語の場合、平均学力があるのなら、 ほとんどの人が「人並み」と思うのに、英語の場合は 平均学力がありならがら、英語に対し 苦手意識を持つ人が多いことです。 これは 恐らく、英語は「学問」ではないからだと思います。 国語の授業というのは、小学生や中学生くらいまでは「日本語」の勉強をします。 日本語の使い方、文法などなど。 だいたいのことは小学生で終わりますね。 中学生、高校生からは「日本語は理解したうえで、文学作品や評論を理解する」という授業になります。 それは日本語について知っているかどうかではなく、日本語を利用して、誰かの作った作品の意図や評論に書かれている内容を解釈するといったものですね。 これは英語の勉強とはやっていることが違います。 また、日常で触れている言語ですから、国語について苦手意識をもってしまったら喋れなくなると思います 笑 英語の授業というのは、高校生までずっと文法や単語の勉強をします。 テストや大学入試でも「この単語知ってる?」「文章を読んでよ。 これ何言ってるかわかる?」といった、書いてあることを読むだけのことです。 また、スピーキングやリスニングについては学校での授業は浅いですよね。 日常で触れることはなく、まさかネイティブとは喋れるはずもない。 そう思うんですね。 まとめると、国語は「言語としては理解できている」が英語は「言語としての勉強がままならない」ということです。 ですから、文法を勉強して 英語の成績がアップしたところで、日本人の英語に対する苦手意識は 恐らく解消しないでしょうね。 従って、紙の上で英語をマスターしても、偏差値が上がって学習意欲があがるだけで、英語が喋れるようになったことにはならず、英語自体への苦手意識の解消にはつながらないと思います。 そこで質問です。 日本人の英語に対する苦手意識は 他に どんな要因が考えられますか? 英語に対し、苦手意識を持っている人って多いですよね。 わかるようになれば、「得意」という意識に変わってきます。 実に、単純なことです。 英語を本当にわかるようになれば、話せるようにもなります。 しかし、ここで疑問があります。 というのは、例えば 国語の場合、平均学力があるのなら、 ほとんどの人が「人並み」と思うのに、英語の... A ベストアンサー 空色の列車さん、こんにちわ! 私が思う日本人の英語苦手意識は、「勉強しても、それを活用することによって得られる満足感がないから」と、「正解は一つでないのに、それ以外は認めてもらえないから」だと思います。 ご存知のように日本人は大変勤勉で、仕事でも一生懸命働けばどうにかなる。 受験勉強でも一生懸命頑張れば結果が出る。 じゃあ、英語は?どこで結果が出て満足感が得られるの?ということになるのです。 私のように受験勉強の経験ゼロ、文法なんてほとんど勉強していない人間なのに苦手意識がないのは、「毎日使ってる。 コミュニケートできていて満足」だから。 それと、数学と違って英語のテストをマルかバツで採点するのって、どうかと思いますね。 今日回答した質問ですが、ご覧ください。 文法にそんなにがんじがらめにならなくても、十分通じているのをなぜもっと柔軟に受け入れられないのでしょうか。 そしてそれを褒めてあげるのが先生だと思いますよ。 goo. goo. html 英語は例外ばかりですよ。 「文法上はこれが正しいのになんでこう言わないの?」とネイティブに聞くと答えは決まって、Because it doesn't sound right. (笑) This is my 2 cents: 空色の列車さん、こんにちわ! 私が思う日本人の英語苦手意識は、「勉強しても、それを活用することによって得られる満足感がないから」と、「正解は一つでないのに、それ以外は認めてもらえないから」だと思います。 ご存知のように日本人は大変勤勉で、仕事でも一生懸命働けばどうにかなる。 受験勉強でも一生懸命頑張れば結果が出る。 じゃあ、英語は?どこで結果が出て満足感が得られるの?ということになるのです。 私のように受験勉強の経験ゼロ、文法なんてほとんど勉強していない人間なのに苦手意識がない...

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「苦しい」の英語表現12選

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英語の名前の書き方の基礎知識 姓や名に対応する英語表現• 姓 = 氏族を示す = family name 、 last name 、 surname• 名 = 個人を示す = personal name、 first name 、 given name 西欧では個人名にはキリスト教文化に基づく洗礼名を用いる文化伝統があります。 そのため、個人名は Christian name とも呼ばれます。 姓名の順序は基本は「名・姓」 日本では基本的に「姓・名」の順で、つまり氏族名を先に配置する形を取ります。 英語では逆に個人名を先(first)に配置し、家を表す「姓」は最後(last)に配置します。 欧米ではミドルネーム(middle name)を持つ人も多くいます。 ミドルネームを複数持つ人もいます。 基本的な表記順序は first name — middle name — last name。 日本人の名前を英語で表記する場合には「名・姓」のように配置する形が標準的です。 表記順序を例外的に姓名と配置する場合もある 英語圏でも「氏・名」の順で表記する場合はあります。 たとえば、学術論文の文献表記では、姓を先頭に配置し、ファーストネームやミドルネームはイニシャルだけ記載する形が取られることがあります。 を例にとると、参考文献(Reference)に挙げられた著者 Paul W. Rothemund は Rothemund, P. のように記載されています。 日本人名を姓名と記述して許容される場合もある 最近では、個々の文化を尊重するといった観点から、英語で氏名を記述する場合でも日本語的に「姓・名」の順で記す場合が増えつつあります。 日本語と同様に姓名の順で名前を表記するアジア圏の国、特に中国や韓国の場合、英語で名前を表記する際に母国の表記順を踏襲する場合がよくあります。 たとえば、中国の国家主席(第7代) 習近平は、英語では Xi Jinping と呼ばれています。 韓国大統領(第18代) 朴槿恵は Park Geun Hye。 日本の 安倍晋三首相の場合は Shinzo Abe 表記の方が一般的という状況です。 織田信長(Oda Nobunaga)のような歴史上の人物は姓名の順序を踏襲したまま表記される場合が多く見られます。 誤認を防ぐ配慮は必要 特にファーストネームとファミリーネームの記入位置が指定されているのでなければ、あえて欧米の表記順をとらずに姓-名のまま表記しても、咎められることはないでしょう。 ただし、日本人の名前の書き方としてはまだ名-姓の順の方が多いので、姓名をあべこべに把握されてしまう可能性はあります。 誤解を生まないような配慮が必要でしょう。 カンマを打つ 姓を先に配置する場合、姓の直後にカンマ(,)を置くことで前後逆であることを示す方法があります。 これは (先に挙げた Rothemund, P. の例のように)主に学術論文の引用スタイルで踏襲されている表記方法です。 Yamada, Taro This is a Japanese name; the family name is Yamada. 口頭で名乗る場合には、カンマや大文字小文字の表記を使った区別は難しいので、名乗った後に補足を加えるか、あるいは、「苗字は山田で名前は太郎」のように言う方法が穏当でしょう。 イニシャルを交えた表記 姓名を表記する際に逐次書き綴るのではなく先頭1文字(イニシャル)だけ使用する書き方もあります。 イニシャルは名前を省略した記号なので、後にピリオド (. ) を打って T. のように表記します。 姓を先頭に記述する場合にはカンマを優先して YAMADA, T. のように表記することになります。 使い所はやや難しい 自分の名前をイニシャルで表記すべき場面は基本的には限られると考えてよいでしょう。 特にイニシャル表記が求められる場合を除き、普通に表記したほうが無難です。 学術論文では、既出の人名を再掲する場合に、ファーストネーム(およびミドルネーム)をイニシャル表記にする様式があります。 ニックネームを使った表記 親しい間柄同士のやりとりではニックネームを用いることが多々あります。 ニックネームは名前の省略形でもあり、同時に愛称でもあります。 ニックネームで呼び合うことはある種の親密さの証です。 日本人名も欧米式のニックネームをつけることで親密度が増す期待が持てます。 英語のニックネームの使い方を参考に、自分の呼び名もアレンジしてみるとよいでしょう。 仲の良い友だちができたら、その方がニックネームをつけてくれるかもしれません。 英語圏のニックネーム文化 英語名(クリスチャンネーム)の大多数には、お決まりのニックネームがあります。 日常会話では正式なファーストネームよりもニックネームの方が中心的に用いられます。 ひとつの名前に複数パターンのニックネーム候補があることも多いので、名前からはニックネームを特定しにくい場合もあります。 いっそ本人に尋ねてしまいましょう。 ニックネームで呼び合うきっかけにもなって一石二鳥です。 (あなたのニックネームは?)• What can I call you? (何てよんだらいいかな?)• How can I call you? (どう呼んだらいい?)• Can I call you Mike? (マイクって呼んでいいかな)• How do your friends call you? (友達からはどう呼ばれてる?) 自己紹介のタイミングで向こうから「~って呼んでね」と言ってくれる場合もままあります。 教えて、と尋ねても言葉を濁して教えもらえない場合のあり得ます。 そのときは深く気にせず、もっと仲良くなってから改めて尋ねましょう。 周囲から特定のニックネームで呼ばれている人を他のニックネームで呼ぶことは勧められません。 呼びかけても気付いてもらえなかったり、違和感を与えて心証を損ねる原因になったりする可能性があります。 ニックネームのパターン 英語圏のニックネームと本名の関係にはいくつかのパターンに区分できます。 自分の名前からニックネームを考える手がかりになりそうです。 前半部分を取り出す。 後半部分を取り出す。 半ば部分を取り出す。 語尾を長音化する。 Taro のように短く収まっている名前なら、ことさらニックネームを用意しなくても十分に気さくに呼んでもらえるでしょう。 ニックネームで呼んでもらう ニックネームは、日本語の場合よほど親密な交友関係がある間柄で用いられるものという感覚がありますが、英語では社会の幅広い範囲においてニックネームが用いられます。 出会い方や間柄にもよりますが、最初の自己紹介のタイミングで、本名を知らせる代わりにニックネームで自己紹介する人もいます。 公的書類ではフォーマルな表記方法が無難 パスポート、クレジットカード、履歴書などのような公的性格を持つ書類には、奇抜な書き方を試さずに、正式な名前の表記を、欧米の記載方式に則って記すようにしましょう。 姓名の順序も欧米式にファーストネームを先に配置した方が無難です。 あらかじめ、どこに何をどのように記載するべきか指定されている場合も多々あります。 パスポートには戸籍上認められている名前を使用します。 ニックネームでは申請が認められません。 履歴書もニックネームの使用は原則的に避けられます。 ただし、ニックネームを使ったからといってパスポートのように効力を損なうこともありません。 名刺やメールの署名部分のように、ビジネス的性格の強い媒体に記載する場合にも、本名を略さずに記載する書き方が基本です。 ただし一般人には縁の遠い表記と考えてよいでしょう。

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