冨樫 バスケ 日本 代表。 バスケ女子日本代表林咲希、天国の父に学んだ大切な「三つの言葉」(西日本スポーツ)

バスケW杯に富樫勇樹はいない。司令塔の穴埋める「守備」への意識。

冨樫 バスケ 日本 代表

歴史 [ ] 以前HC期 [ ] 日本代表チームとしての初の国際大会出場は、に東京で開催された第3回である。 この時の日本代表は、による単一チームであった。 、バスケットボールがオリンピック正式種目となったでに初出場。 トーナメント方式の大会で1回戦で中国、2回戦でポーランドに勝利して3回戦まで進出した。 戦後になってからものに出場して以降、を除き毎回出場。 にも1963年大会で初出場、続く1967年大会にも連続出場するなど世界大会の常連であった。 でもとに優勝するなどの上位であったが、その後は国際大会に復帰したの台頭などもあり、の出場を最後に世界規模の大会への出場から遠ざかっていった。 ので準優勝すると、らその時のメンバー6人を擁してで7大会ぶりの準優勝を達成し、に31年ぶりに世界選手権出場を果たす。 1次リーグは3連敗を喫したが、順位決定戦でに勝利した。 世界選手権出場を果たしたことで、福岡で開催されたではの出場権獲得が期待されたが、2次リーグ敗退で獲得はならなかった。 にヨーロッパの名将をヘッドコーチに招聘。 自国開催のに向けて若手を抜擢し、毎年夏に1か月の欧州遠征を行った。 初年はのジュニアチームに敗北していたが、強化が進むと東アジア競技大会とアジア選手権東アジア予選では長年勝てなかった中国に2度勝利した。 史上初の1次ラウンド突破(ベスト16入り)を目標に掲げた2006年世界選手権では、初戦の戦は70-81と善戦、パナマ戦では1次ラウンドとしては1963年大会以来の勝利をあげた。 前回大会4位のニュージーランド戦でに対しては前半を18点のリードで折り返したが後半に大逆転を許して2勝目を逃し、通算1勝4敗で敗退した。 なお、代表選手選考ではパブリセヴィッチは就任2年目から世界選手権を見据えてセレクションを行い「ジェリコ・チルドレン」とも呼ばれる若手の抜擢を行ったが、選手選考を主導したい日本バスケ協会との対立が生じ、世界選手権直前の強化委員会会議にパブリセヴィッチが呼ばれず、協会が無断で日本代表を発表するという事態が発生している。 結果、発表された選手のうち8名が辞退した。 世界選手権後、協会はベスト8入りできなかったこと等を理由にパブリセヴィッチとの契約を更新せず、後任にはJBLの(現シーホース三河)で実績を残したがヘッドコーチに就任した。 しかし、協会は世界選手権開催の赤字の責任と処理をめぐって評議委員会が幾度も流会となるなど混乱しており、は自国開催()でありながらチーム強化もおぼつかなく8位に終わり、この大会での進出ばかりか同大会の世界最終予選進出も逃した。 さらには直前のヘッドコーチ交代劇の影響もあり、出場どころか前回よりさらに下回る歴代最低の10位に沈んだ。 は史上初めてヘッドコーチを公募にかけ、を初優勝に導いたコーチが就任した。 にて、決勝戦で地元レバノンに敗れはしたが準優勝となり好スタートを切った。 さらに同年のでも4大会ぶりにベスト4入りを達成。 しかし翌9月に開催されたではベスト4を目標に掲げるも、準々決勝で敗れての出場権獲得を逃し7位に終わった。 それから半年も経った2012年3月になって日本協会はウィスマンHCを解任し、鈴木貴美一がアイシンと兼任で自身2度目となるHCに就任した。 9月に東京で開催されたで準優勝。 翌2013年は出場権の獲得を目指したが、2次ラウンドで、、を相手に3連敗を喫して決勝トーナメントに進めずに9位になり、ワールドカップ出場権を逃した。 その後、10月の協会理事会で鈴木HCは成績不振の責任を取って辞任した。 長谷川健志HC期 [ ] 4月、前青山学院大学HCのがヘッドコーチに就任した。 7月に行われたでは準々決勝で台湾に敗れて順位決定戦にまわり、6位に終わった。 9月に開幕したでは準々決勝リーグでに競り勝ち、グループ内2位で目標としていた2大会連続ベスト4入りを達成。 準決勝では開催国に敗れたが、3位決定戦でを破り、アジア大会では以来5大会ぶりに銅メダルを獲得した。 2014年11月にJBAがガバナンス不足によりFIBAより資格停止処分を受けすべてのカテゴリの日本代表が国際試合に出場ができなくなったため、一時はのアジア予選を兼ねた(中国・長沙)への出場が危ぶまれたが、その後FIBAより送り込まれた改革組織『JAPAN 2024 TASKFORCE』による改革で8月に制裁は解除され、9月23日開幕のアジア選手権に出場。 1次リーグ初戦のイラン戦では大敗したがその後持ち直して1次・2次リーグを突破。 決勝トーナメント初戦のカタール戦を81-67で勝利し、9大会18年ぶりのベスト4入りを達成した。 準決勝・3位決定戦は敗れてメダル獲得はならなかったが、の出場権を獲得した。 2016年7月、日本代表にとり2006年世界選手権以来のFIBA主催大会となるリオ五輪世界最終予選(・)にジョージ・ワシントン大留学中のらを加えて出場したが、に48-88、に71-87で敗れ、予選ラウンドで敗退した。 長谷川HCは同年のウィリアム・ジョーンズカップとFIBAアジアチャレンジ(FIBAアジアカップより改称、6位)でも指揮を執った後、11月30日付で退任した。 長谷川氏の後任の新HCが就任するまで、11月1日にテクニカルアドバイザーに就任したが暫定的に指揮を執り 、2017年6月の東アジア選手権で3位となった。 フリオ・ラマスHC期 [ ] 2017年4月、元アルゼンチン代表HCのが7月1日付で新HCに就任することが決定した。 同年11月、フィリピン、オーストラリア、台湾と同組となったアジア1次予選が開幕(出場国は前回大会までアジア選手権で決定していたが、今回よりホームアンドアウェイでの総当たり方式に変更された)。 日本は初戦から4連敗を喫して敗退の危機に晒されたが、ゴンサガ大留学中のと、2018年4月に帰化したBリーグMVP受賞のが加入した2018年6月の1次予選最終シリーズ(第3シリーズ)ではFIBAランク10位のオーストラリア戦と台湾戦に連勝して、2勝4敗のグループ3位で1次予選を突破した(1次予選の結果は2次予選に持ち越される)。 W杯予選とは別に若手選手中心で挑んだ2018年8月に行われたにおいて、出場した選手4名に規律違反があったとして、代表認定が取り消された。 2018年9月開幕のW杯2次予選開幕シリーズ(第4シリーズ)ではファジーカスが怪我で欠場したが、と2way契約を結んだが加わり、八村とのコンビが存在感を見せカザフスタンとイランに連勝し、通算4勝4敗となる。 アメリカがシーズンに入った11月以降は八村と渡邊は代表を離脱したが、第5シリーズも連勝し、6勝4敗。 最終第6シリーズもアウェイでイランとカタールに勝利し、4連敗のあとの8連勝で通算8勝4敗とし、W杯出場が決定した。 W杯出場は2006年大会以来、自国開催を除く自力での予選突破は1998年大会以来である。 2019年3月、W杯の抽選が行われ、FIBAランク48位の日本は、1位の、17位の、24位のと同じE組となった。 7月、W杯に向けた日本代表候補が発表され、W杯予選突破の原動力となった八村()、渡邊、ファジーカスの3人が初めて揃い踏みした。 前シーズンのBリーグMVPのが代表練習中の故障で離脱したが、JBA技術委員長のはこのチームを『ジャパン・ドリームチーム』として発表した。 8月、日本で開催した強化試合で(2試合)、、、と対戦し、ランク38位のニュージーランドとランク22位のドイツに勝利して2勝(3敗)をあげた。 9月のW杯本大会ではトルコに67-86、チェコに76-89、アメリカに45-98で3連敗を喫し、E組最下位で順位決定戦にまわった。 順位決定戦では八村が膝の不安と大学シーズンから続く試合による疲労を考慮してチーム離脱。 PGのも骨折で欠場したニュージーランド戦とモンテネグロ戦に連敗し、大会を未勝利で終えた。 愛称 [ ] 日本バスケットボール協会は、日本代表チームの愛称を2011年4月から5月にかけて一般公募した。 その中から男女共通の愛称として「 隼(ハヤブサ)ジャパン」を選定し、2011年7月に発表し 、それを2015年まで使用していたが、2016年から「 AKATSUKI FIVE(アカツキファイブ)」に変更されることになった。 国際大会の成績 [ ] 夏季オリンピック [ ] この節のが望まれています。 1936• 1951-1954• 1956• 1958-1960• 1962-1964• 1965• 1966• 1967• 吉井四郎 1967• 牧山圭秀 1969• 笠原成元 1970• 1971• 笠原成元 1972-1973• 1974-1976• 笠原成元 1977• 1978• 1978-1979• 1979• 清水義明 1980-1983• 小浜元孝 1984-1989• 清水義明 1990• 1991-1994• 1994• 1995-1996• 小浜元孝 1996-2000• 2000-2002• 2003-2006• 2006-2007• 2009• 2009• 2009• 2010-2012• 鈴木貴美一 2012-2014• 2014-2016• 2017- 歴代の代表選手 [ ] ・ ・ ・ 選 手 スタッフ Pos 名前 年齢 身長 体重 国 出身 1. 67 m 5 ft 6 in 143. 3003 65 kg 143 lb JPN 2. 85 m 6 ft 1 in 180. 77884 82 kg 181 lb JPN 2. 90 m 6 ft 3 in 194. 00656 88 kg 194 lb JPN 1. 78 m 5 ft 10 in 171. 96036 78 kg 172 lb JPN 5. 06 m 6 ft 9 in 246. 91744 112 kg 247 lb JPN 1. 83 m 6 ft 0 in 176. 3696 80 kg 176 lb JPN 4. 06 m 6 ft 9 in 220. 462 100 kg 220 lb JPN 4. 07 m 6 ft 9 in 216. 05276 98 kg 216 lb JPN 3. 95 m 6 ft 5 in 194. 00656 88 kg 194 lb JPN 5. 10 m 6 ft 11 in 244. 71282 111 kg 245 lb JPN 2. 92 m 6 ft 4 in 205. 02966 93 kg 205 lb JPN 3. 97 m 6 ft 6 in 224. 大学生による競技大会であるに派遣されるナショナルチーム。 原則として大学または大学院に在学中、ならびに大会前年に大学または大学院を卒業した選手が資格を得るが、代表に選ばれる実力を持つ選手のほとんどが大卒であり、24歳以下の選手で構成されるためU-24日本代表と表現する場合もある。 ユニバーシアード日本代表は1995年ので、世界大会では日本バスケットボール史上初めてとなる準優勝の快挙を成し遂げた。 2007年のでは「竹内世代」と呼ばれる大卒選手中心の編成でベスト4入りを果たした。 U-19日本代表 [ ]• 19歳以下の大会であるおよびその予選を兼ねたU-18アジア選手権に派遣されるナショナルチーム。 2004年までは18歳以下のジュニア日本代表と呼ばれていた。 U-17日本代表 [ ]• 2010年に第1回が開催される17歳以下の大会であるおよびその予選を兼ねたに派遣されるナショナルチーム。 2009年に新設。 2011年U-16アジア選手権で銅メダルを獲得。 国際大会結果 [ ] ユニバーシアード [ ]• Number2006年8月7日• 世界選手権2006• バスケットボールキング2016年12月1日• JBA2017年4月13日• 日刊スポーツ 2018年8月20日. 2018年8月20日閲覧。 日本バスケットボール協会. 2018年8月20日閲覧。 朝日新聞digital 2018年8月20日. 2018年8月20日閲覧。 デイリースポーツ2019年2月25日• NumberWeb2019年8月9日• JBA 2011年7月26日. 2014年10月3日閲覧。 プレスリリース , 日本バスケットボール協会, 2016年4月11日 , 2016年4月11日閲覧。 関連項目 [ ]• バスケットボール男子日本代表の公式チアリーディングチーム• 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。

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バスケ女子日本代表林咲希、天国の父に学んだ大切な「三つの言葉」|【西日本スポーツ】

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リオ五輪世界最終予選 男子バスケ日本代表候補選手16名が決定 出典元: 以前の記事においては、リオ五輪世界最終予選へ向けた最初の候補メンバー29名について書かせて頂きましたが、 こちらの記事では、本日発表されました世界最終予選の日本代表候補選手16名について書かせて頂きます。 世界最終予選 日本代表候補メンバー16名について 本日、日本バスケットボール協会より、リオ五輪世界最終予選の日本代表候補メンバー16名の発表がありました。 下記の16名になります。 そして、今年3月に発表された最初の候補メンバー29名からは、富樫勇樹選手や荒尾岳選手、馬場雄大選手、そして八村塁選手といった面々が外れることとなりました。 女子の代表選考同様、非常に厳しいメンバー選考となっていますが、今月下旬には16名から更に12名まで絞り込まれることになります。 果たして、7月の世界最終予選に出場するのは誰になるのか。 こちらも要注目となります。 スポンサーリンク 男子バスケ日本代表の今後の予定は? 男子バスケ日本代表の今後の予定ですが、下記のように決まっています。 これは、日本バスケットボール界にとって歴史的な転機となるBリーグ開幕が控えているためであり、女子に続くリオ五輪出場をなんとしても掴み取りたいというところからきているのは間違いありません。 そして、男子日本チームのリオ五輪出場がかかった大会が7月の世界最終予選になります。 世界最終予選の開催は7月4日からということで、開催まで1カ月を切りましたが、あと1カ月弱の間に日本代表チームとしての強化をどれだけはかれるかがリオ出場への鍵となりそうです。 約1カ月後にリオ五輪出場がかなうことを期待して、今後の男子日本チームの動向も見守っていきたいところです。 また世界最終予選や男子日本チームのメンバーにつきましても、何か情報が入りましたらお伝えさせて頂きます。 それでは、最後までお読み頂きましてありがとうございました! リオ五輪開幕まであと59日です!.

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冨樫勇樹が骨折!どうなるW杯!|わたぼーる#6@バスケ情報ブログ|note

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Bリーグでは新シーズンから『アジア特別枠』が導入される。 中国、韓国、チャイニーズ・タイペイ、フィリピン、インドネシアの5カ国の選手を対象に、帰化選手と同じ枠での登録、起用が可能となる。 これまで各チームの編成では帰化選手枠をどう活用するかが重要だったが、これから選択肢が増えることで競争力アップに繋がりそうだ。 日本バスケの『国際化』は、競技力向上にもビジネス拡大にも大きな意味を持つ。 今回はそのキーマンとなる葦原一正(日本バスケットボール協会理事)、斎藤千尋(Bリーグ国際グループマネージャー)に話を聞いた。 まずはそもそもの話として、Bリーグが『国際化』に力を入れる理由を教えてください。 葦原 2016年にBリーグが立ち上がり、東京オリンピックまでのフェイズ1は国内基盤強化がメインでした。 お客さんが入っていないところからスタートして、B1では7割から8割の収容率となって、次を見据えた展開の一つが国際化です。 アジアは距離的に近いだけでなく、世界のGDPを見ても大きな地域で、バスケ人気も総じて高い。 そのアジアの中でBリーグが最高峰のリーグでありたい、世界で見てもNBAに次ぐグループにいたい、という思いがあります。 最高峰の定義はいろいろ考えられますが、市場規模はもちろんですし、バスケットボールのレベルでもアジア各国が目指すものでありたい。 日本バスケ界は環境も整っているしアジア各国から注目されている。 だったら交流を促すために、来やすい環境を作るべきだろう、という考え方です。 斎藤 八村塁や渡邊雄太がNBAに挑戦している今の時代において、国際化を複合的に進めたいというのが私たちの考えです。 日本が一方的にアジアの国から選手を取ってくるのではなく、行き来できるようにしたい。 トップの選手だけでなくユースの交流も広げ、ビジネスも一緒にやりたいです。 グローバルな思考を持たないと、そこそこのレベルで成長が頭打ちになります。 国際化の目的は市場拡大だと見られがちですが、私個人としては手段に過ぎないと思っています。 バスケ界全体でフィジカルもマインドもグローバルを意識して、より成長していきたいと思います。 アジア各国のリーグの中でも、韓国との交流は最も進んでいるように見えます。 葦原 そうですね。 Bリーグの法人設立は2015年で、そこからすぐにKBLを訪問しました。 2016年にはKBL事務局長、各クラブの実務トップがみんなNBLプレーオフの視察に来て、そこから意見交換が活発になりました。 Bリーグ1年目のオールスターの前日に東アジアクラブチャレンジカップを開催し、川崎ブレイブサンダースと安養KGCがクラブの日韓戦を戦っています(上写真)。 大会はその時の1回限りになってしまっていますが交流は続いていて、ユースの交流も行われるようになりました。 KBLは歴史こそ長いのですが、彼らには成長という面で停滞感もあるようで、そういう意味で日本の新しいリーグにすごく興味を持っています。 一番深い議論ができている相手なので、今回最初に移籍が成立したのだとも言えます。 新型コロナウイルスの影響もありますし、すぐにアジア特別枠を活用してほしいという焦りはありません。 2023年には沖縄でワールドカップの開催もありますし、数年かけて進んでいけばいいと思います。 斎藤 韓国では年俸がすべて公開されていて、ドラフトとサラリーキャップの制度がしっかり決まっています。 年俸で上位30人に入る韓国人選手が移籍する際には移籍金が発生します。 同じように日本への移籍にも移籍金が発生するとなれば、なかなか進まないとは思いますが、ここはKBLと協議する中で先方のコミッショナーの理解もあり、移籍金は発生しないことになりました。 葦原 このケースだと選手を日本に行かせないために、海外に行ったらKBLに戻れないルールを作るようなことになりがちです。 昔で言う野茂英雄のMLB挑戦のケースですね。 そうならないためにもKBL関係者とは何度も会って、日韓の人材交流がお互いのリーグにメリットになるとの共通認識を作りました。 KBLにとっては勇気ある決断ですが、彼らも成長が頭打ちになっている現実があり、アジアのバスケットボールを盛り上げる必要性を感じています。 そこでどの国と本気で向き合うかを考えると、日本になっているのだと思います。 どの部分がポジティブに見られているのでしょうか。 斎藤 NBAに次ぐグループという話が出ましたが、ヨーロッパだとまずスペイン、次がドイツ。 ユーロリーグに出ているクラブは別格という感じがあります。 オーストラリアも競技レベルが高く、NBAでプレーするオーストラリア人選手も多いですよね。 ただ、スペインリーグでも各クラブは赤字体質で、世界のどこを見ても親会社に依存しているのが現状です。 これからの時代はサステナブルかどうかが問われてきます。 Bリーグは今年はちょっと難しい部分がありますが、どのクラブもお客様からチケット代をもらい、企業からスポンサー料を集めて運営している。 収支が成り立って経営的に自立しているリーグは、世界のあちこちを見てきましたがほとんどありません。 当たり前のようであっても、当たり前じゃないんです。 スペインでもオーナーが毎年のように入れ替わります。 投資の形態の一つと見ることもできますが、バランスは良くないですよね。 葦原 いろんな国の人たちが「どうやっているんだ!? 」と驚き、何か秘密があるのだろうと質問しますよ。 ですが、各クラブが頑張って真っ当な経営を作っただけなんです。 たった4年間のリーグですが『Bリーグ・ウエイ』のようなものは存在するので、アジア各国のクラブに共有していきたいですね。 KBLが第一号になりますが、台湾もフィリピンもバスケ熱はすごいですから、日本の若い選手が海外で良い経験を積んで、またBリーグに戻って来てもらいたいです。 アジアの選手を一方的に取るつもりはないと言いましたが、そこは競争になりますから、Bリーグの顔と呼ぶような選手の移籍も起こるかもしれない。 でも、それをタレントの流出だとは思わず、彼らが戻りたいと思うちゃんとしたステージを作るのが大事です。 斎藤 今はアジア特別枠の対象となるのは5カ国ですが、実際はあと何カ国か対話はしています。 そういった国からも代表クラスの選手が来てくれて、アジアでBリーグが人気になってくれればいいですね。 葦原 そこはBリーグの各クラブにも新たな刺激となるはずですし、各国で刺激し合えばレベルは上がります。 選手年俸で負けて選手を取られるのであれば、負けないように稼げばいい。 そこはブレずにやっていくべき。 新しい選手が来ることで新しい化学変化が起きて、バスケのレベルは上がっていくはずです。 斎藤 またU15では日本と韓国のクラブが大会に招待されていますし、ユースの選手たちの交流も今後さらに進むはずです。 若い選手が日本以外の環境を知るのも大事です。 葦原 将来的にはグローバルレベルのクラブコンペティションができるでしょう。 各国リーグのトップのチームが出場する大会です。 そこにはNBAのチームも参加するかもしれません。 そのためには整備することがたくさんあって、まずはアジアでの人材交流が進み、アジアでのクラブコンペティションを成立させることが大事になります。 私としては、日本のバスケ好きがNBAにあこがれるように、アジアにおいてBリーグがそうなりたい。 Bリーグだけが良くなればいいのではなく、環境面で恵まれていない国もたくさんあるので、アジアで一体となって新しい可能性を追いかけたいです。 アジアのどこかの国に仕事で行った時に、現地の子供がBリーグのチームのウェアを着ている、そんな瞬間を早く見たいです。

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