トリカブト 殺人 事件。 本庄保険金殺人事件まとめ【八木茂】

本庄保険金殺人事件まとめ【八木茂】

トリカブト 殺人 事件

神谷利佐子さんと、その夫の神谷力が沖縄旅行を目的に那覇空港に到着します。 そしてその翌日には利佐子さんが働いていた、池袋のホステス仲間3人も到着して合流。 石垣島に行く予定だったのですが、夫の神谷力は急用を思い出し大阪に帰るのでした。 その後石垣島に到着した、神谷力利佐子さんと友人ですが、 ホテルにチャックイン後に、利佐子さんの体調が急変します。 手足を痙攣させたりと、ただならぬ様子に救急車で搬送されましたが、ほどなくして命を落とされたということです。 事件が謎に包まれる それから5年がたち、夫の神谷力が犯人の可能性が浮上する。 実は利佐子さんが亡くなった後に、当時解剖を担当していた 大野医師が血液を保存していたのです。 その検査の結果、 トリカブトやフグの毒が検出。 さらに神谷力には、利佐子さんの前にも妻がいたのですが、結婚後すぐに亡くなっており、 保険金1000万円が掛けられていたことが発覚。 神谷力は飲み屋のホステスを愛人にするのが趣味のようで、消費者金融などから多額の借金をしていたため、返済に充てるお金だったと考えられた。 そして利佐子さんの件も同じで、約2億円の生命保険が掛けられており、保険金を掛けたわずか1か月後に沖縄で亡くなったということ。 そこで逮捕に乗り切るも、神谷力がどのようにトリカブトを盛ったのかがわからない。 即効性のあるはずのトリカブトなのですが、神谷利佐子さんが苦しみ始めたのは、大阪に帰ると旅だった夫と別れてから約2時間も経過していたのです。 犯人が判明 その後調査は難航しますが、 あることがきっかけで犯人が夫の神谷力だと判明します。 犯人を断定するために、トリカブトの毒を飲ませた方法を探ろうと、カプセルなどを重ねて実験するも、数分程度効果が遅らせられるだけで証拠はつかめずにいました。 神谷力は裁判で、これを主張し続け、事件は迷宮入りかに思われたのですが、 大野医師があることを発見します。 それはトリカブトとフグの毒を調合することで、毒の効果を遅らせることができるというもの。 これにより、神谷利佐子さんの夫、神谷力が犯人だと決定するのでした。 神谷力は毒の実験をするために、フグやトリカブトを大量に購入して、自宅で実験していたことも明らかになったのです。 犯人で夫の神谷力 神谷利佐子トリカブト保険金事件のその後 神谷利佐子トリカブト保険金事件ですが、 その後犯人となった夫の神谷力には重い刑が下されます。 神谷力の裁判がその後行われていきますが、 1994年に求刑通りの無期懲役となります。 神谷力は控訴しますが、第2審も意見は変わらず。 さらに納得のいかない犯人の神谷力は、最高裁まで持ち込もうとしますが、2000年に棄却されて、無期懲役が決定しました。 事件からなんと14年もの月日が流れていました。 実は神谷力は公判中から、ずっと自らの無実を訴え続けて、 服役後に書いたものと合わせて2冊の本を出しているようです。 現在その本はネット上では見つかりませんでしたが、関連本はみつかりました。

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『トリカブト保険金殺人事件』神谷力の生い立ちとは?冤罪トリック?

トリカブト 殺人 事件

警察はまず、被害者の利佐子さんが毎日ビタミン剤と称した薬を飲まされていることに着眼しましたが、カプセルではホテルチェックイン後2時間というのはまず持たない、カプセルを二重三重にしたところで10分程度効果が遅れる程度と判明しました。 しかし目を付けられた時点でバレてしまうのは時間の問題でした。 大野曜吉氏の検証の結果、トリカブトの毒とフグの毒を混ぜると、効果が遅れるという結果が出ました。 一言に毒と言っても、トリカブトとフグでは成分が違い、その違った成分が効果を打ち消し合い、片側の方が効果が短いため、その効果が亡くなると、毒の成分が働き、死に至るということが判明しました。 これが悪魔的天才、神谷力の冤罪トリックでした。 筆者が個人的に見るに、神谷力はサイコパスと言われる人の特徴に多く当てはまっているように思います。 同情を引くというのはどうか分かりませんが、それ以外は当て嵌まっているのでは?と思いますね。 被害者の利佐子さんも元はホステス、色んな人は見てるでしょうし、プレゼント攻撃はあったとはいえ、何か魅力的に映るものがあったのかもしれませんし、嘘は息を吐くようにという感じですし、被害者の友人からは不審がられていたので問題行動も当て嵌まります。 衝動的というのもやはり当て嵌まります。 たしかに天才的な冤罪トリックは考え付いたものの、短期間に周囲で人が亡くなり過ぎで、どう考えても怪しまれます。 そういったところは衝動的だったと思います。 責められると逆切れもやはり、著作を出し続けて反論し続けていますし、良心の呵責が無いというのは言うまでもありません。 神谷力がサイコパスのような人間になったのは、その生い立ちも関係しているのではと言われています。 神谷力の父は東北大学の教授を勤めるほどの人物で、知的水準は高い家庭だったと言われています。 しかしその父は神谷力の手記に書かれている文によると、革新政党の活動家だったようです。 そして投獄され、母は寂しさのあまり、不倫に至ったが、不倫相手は遊び相手としか、神谷力の母のことを思っておらず、けんもほろろに追い返され、そのまま自殺したとのことです。 神谷力の兄も父と同じく共産党員だったらしく、神谷力の幼少期は激しい政治運動が行われていたこともあり、兄も相当な強硬派だったと思われます。 父も母も兄も、正直言って教育にあまりよろしくはない面々だったということは間違いないようです。

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本庄保険金殺人事件まとめ【八木茂】

トリカブト 殺人 事件

背景 [ ] である 神谷 力は、事件が発生するまでの過去5年間の間に、事件の被害者となった女性(事件当時33歳)を含め3人の妻を亡くしていた。 1人目のとは、1965年(昭和40年)に。 1971年(昭和46年)には、同じ会社の経理課の女性上司と出会い、10年の間、密かに愛人関係を続けた。 1人目の妻が、1981年(昭和56年)に心筋梗塞のため38歳で死亡する。 この時の1人目の妻にはをかけていない。 その後、愛人関係であった女性と同棲を始め、神谷が受取人の1,000万円の保険をかけて結婚。 1985年(昭和60年)、2人目の妻が急性心不全で死亡すると、神谷は池袋のクラブでホステスとして働いていた女性と2月に結婚した。 前妻の死から1ヶ月で交際を始め、4ヶ月後には結婚するというスピード結婚であった。 事件 [ ] 妻の急死 [ ] 1986年(昭和61年)、神谷と妻は、沖縄旅行のためにに到着した。 翌20日、2人に誘われた妻のホステス時代の友人3人も、で2人に合流した。 11時40分、神谷は「急用を思い出した」と大阪の自宅へ帰宅することになり、那覇空港に残った。 妻と友人3人は、予定通り行の飛行機に乗り、正午過ぎにへ到着した。 石垣島に到着した一行はホテルに到着し、チェックインをしたが、すぐに突然妻が大量の発汗、悪寒、手足麻痺で苦しみだしたため、でへ搬送された。 だが、妻の容体は急速に悪化して救急車内で心肺停止に陥り、直後に病院に到着するも、一度も正常な拍動に戻らず15時4分に死亡した。 不審な死因 [ ] は、那覇空港から急遽石垣島に来た神谷の承諾のもと、(遺族の承諾による)を行った。 解剖にあたった(当時・)は、妻の死因をと診断したが、心臓の一部に小さなうっ血を発見するも、内臓には病的な異変のない状態であった。 また、急死につながる明らかな異常が無かったことから、不審に思った大野は、妻の心臓と血液30ccを保存した。 この判断が後に事件解決につながる。 また、妻の友人の多くが、神谷が妻に大量の金品を送り、出会ってからわずか6日目でプロポーズをした事や、仕事がと神谷が言っていたのにも関わらず、公認会計士名簿に神谷の名前が記載されていない事などを疑い、警察やマスコミ、新聞社などに訴え掛け始めた。 その中で『』と『』が反応し、大々的に報じるようになった。 保険金をめぐる裁判 [ ] さらに、妻は神谷が受取人である複数の生命保険に加入していたが 、その金額は4社で合計1億8,500万円という膨大なものであった。 これらの生命保険の掛金が月々18万円にもなるにも関わらず、妻は亡くなる20日前にこれらの保険に加入し、掛金は1度しか支払わないなど、保険の加入方法に不審な点が判明。 保険会社は、妻が以前神経系の病気で通院歴があったにも関わらず、それを契約のときに通知しなかった告知義務違反を理由に支払いを保留したため、神谷は保険金の支払いを求めてを起こした。 神谷は、自分で作成した手記をマスコミに配りはじめ、一審のは、告知義務違反は無かったとして、神谷が勝訴した。 ところが、保険会社が控訴した二審で事態は急変する。 妻を検死した大野が、妻の死因が毒物による可能性があると証言したことから、神谷は訴訟を取り下げた。 事件の発覚 [ ] (平成3年)、は神谷を別の事件で逮捕した。 その捜査の過程で、5年前の妻の死が保険金目当ての殺人であった可能性が浮上し、に警視庁は殺人と詐欺未遂で再逮捕した。 5年前の殺人事件ということもあり、証拠は無いものと思われていたが、その間大野は毒物に関する資料を読み漁った結果、犯行に使用された毒がトリカブト毒であることを突き止めていた。 そして保存していた心臓や血液をや琉球大学で分析した結果、トリカブト毒が検出され 、妻が毒殺されたのは確実なものとなった。 さらに神谷にトリカブトを69鉢売ったという花屋が現れたこと、神谷が借りていたアパートの大家から水道代・電気代料金が異常に高い月があったという証言を受け警察が部屋を捜査した結果、畳からトリカブト毒が検出されたため、神谷への疑惑は一層強まった。 しかも、神谷にを1000匹以上売ったという漁師が現れたことから、警視庁は琉球大学に保存されていた妻の血液を、の協力を得て改めて調べたところ、毒()が検出された。 公判 [ ] 公判では、神谷が、いつどのようにして妻に毒を飲ませたかが焦点となった。 側は、妻の血液から毒が検出されたことに加え、神谷がトリカブトとフグを大量に買っていたと主張し、神谷がトリカブトを69株も買い求めたというの高山植物店の店主も出廷した。 検察は、神谷の自宅から実験器具を押収しており、生前の妻がのカプセルを飲んでいたことから、自宅でアコニチンとテトロドトキシンを抽出し、その毒を入れたカプセルで毒殺したと主張。 殺害の動機として、検察は神谷がから借金をしていたことを挙げ、借金返済のために保険金殺人を計画したとし、妻とのスピード結婚も保険金目的であったとした。 その上で、神谷が頃からトリカブトやフグを購入していたことから、急死した前妻も毒殺された可能性を指摘し、自宅から押収した毒物から、妻の死後も次の保険金殺人を計画していたと主張した。 これに対して、神谷はトリカブトは観賞用のために、フグは食品会社を起業するために購入したと反論。 さらに、アコニチンが即効性のある毒であり、神谷と別れてから1時間40分後に苦しみだした妻に対してがあると主張した。 再反論のために、検察はにカプセルで効き始める検証を依頼したが、カプセルを二重三重にしても5分から10分程度しか遅らせられない事が判明し、神谷の主張が正しいかに思われた。 ところが、妻の血液を分析していた大野が、公判でアコニチンとテトロドトキシンの配合を調節することで互いの効力を弱めることができると証言した。 そしてテトロドトキシンの(毒物の血中濃度が半分になるまでの時間)がアコニチンよりも短いため、拮抗作用が崩れたときに、アコニチンによって死に至る。 これにより、神谷が妻を毒殺することが可能となった。 神谷はアパートに大学でも用いられる機材を導入し、マウスを用いて実験を繰り返した末、犯行に使用された毒薬を生成していたのである。 (平成6年)、東京地裁は神谷に対し、求刑通りの判決を下した。 神谷は控訴したが、二審のも一審判決を支持し、神谷は最高裁に。 (平成12年)、は、神谷の上告をしたため、神谷のが確定した。 1990年10月以降、制作の全国ネット『』(アナウンサー)『』(リポーター)などで連日事件が報道されていた。 (平成24年)11月、神谷はで病死した。 73歳没。 関連書籍 [ ]• 『保険金殺人-心の商品化』世界書院、2000年。 『事件から見た毒』伊藤 茂訳、化学同人、2001年。 「保険金詐欺に使われたトリカブトの新規毒成分」『生体材料工学研究所年報』第39巻、東京医科歯科大学生体材料工学研究所、2005年、 6-8頁、。 脚注 [ ] []• Ohno, Y. ; Chiba, S. ; Uchigasaki, S. ; Uchima, E. ; Nagamori, H. ; Mizugaki, M. ; Ohyama, Y. ; Kimura, K. ; Suzuki, Y. June 1992. Tohoku J. Exp. Med. 167 2 : 155—8. 2013年2月12日. 2013年2月28日時点の [ ]よりアーカイブ。 2013年2月12日閲覧。 関連項目 [ ]• - 捜査に当たったを扱ったノンフィクション及びこれを原作とするドラマ。 本事件も大きく扱われ、犯人役は。 外部リンク [ ]• この項目は、・(犯罪者・犯罪組織などを含む)に関連した です。 などしてくださる()。 この項目は、に関連した です。

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