ワラビ 採り 事件。 長岡京ワラビ採り殺人事件

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)を徹底解説!未解決?犯人や関連人物など

ワラビ 採り 事件

長岡ワラビ採り殺人事件について推理してください。 事件の真相、犯人像、犯人の動機、ダイイングメッセージの解釈など。 貴方は法律や心理学、ニュースにとても詳しいですし、探偵もして らして、名探偵コナンも毎週かかさず見ているとのことでぜひご意見をぜひ伺いたいと思いました。 補足そう言うのは警察が捜査しているのですからそっちに任せれば良いだけです。 だって、犯人まだ捕まっていないんですよ?怖いですよ。 で、私の推理は… 犯人は、怪しい男が付近で目撃されていたとの目撃証言、主婦のメモ、反抗状況から、男性単独犯。 ロッ骨を九本も折るなどの暴行を加え、女性2人を相手にしているところから、大柄で体格がよい。 事件の状況は、犯人が女性に乱暴 レイプして殺す 目的で刃物を持ち、潜んでいたところに偶然主婦達が通りかかった。 犯人は主婦たちをひっそり尾行して、タイミングを伺い刃物を突きつけ、「言うことをきけ!」と一人の主婦に性的暴行を加えつつ、「逃げたらこいつを殺すからな」ともう一人の主婦に言う。 性的暴行をしている時に少しのスキができ、主婦がメモを書く。 文章が不自然なのは恐怖で冷静さを失っていたから。 隙をみて逃げて、どこかにメモを置いて自分は隠れていようという目的から。 隙を見て逃げるが、結局見つかり殺される。 火事で5年後死んだ主婦はこの事件とは無関係で主婦は犯人について何も知らないと思う。 犯人は避妊していないから、衝動的な人物。 そんな古い事件には全く興味ないし、タイトル自体にも興味無いからお断りしますです。 だから、依頼人から銭を貰って依頼でも受けない限り仕事はしない訳でもあります。 笑 後、何度も言ってますが、探偵じみた事が必要な時期はサラ金や闇金相談等の経済的問題に関するボランティアをしてた10年間の頃の話しですから、現在はしとりませんです。 忘れません!!等と豪語してたのですから当然これらも記憶にあるはずなのだから、とぼけたフリはしないで下さいね。 面白いですからね!^^.

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ワラビ採り殺人事件

ワラビ 採り 事件

スポンサーリンク ワラビ採り殺人事件<惨劇の遺体発見現場> ワラビ採り殺人事件、別名『長岡京殺人事件』。 この事件は今だ犯人が捕まっていない、未解決事件。 40年過ぎた今でも語られネットで囁かれる猟奇的殺人のその犯人像とは。 1979年5月25日午前10時30分頃 長岡京市奥海印寺にある地元では「野山」と呼べれる標高約230メートル里山の山頂付近で女性2人の惨殺された遺体が発見された。 遺体は水野恵子さん(当時32歳)と明石英子さん(当時43歳)。 水野恵子さんの遺体はうつ伏せの状態でリュックを担いだままだった。 ストッキングと下着が足に絡まった状態で下半身は裸の状態。 遺体を仰向けにすると着ていたポロシャツを捲り上げ左胸に文化包丁が肌に直接突き刺さったままだった。 さらに遺体には、手で首を絞められた痕や殴る蹴るなどの暴行による皮下出血の跡が50箇所近くもあるという無惨な姿であった。 一方、明石英子さんの遺体は 水野恵子さんの遺体現場から斜面を数メートル下った場所で頭を谷側に向け、仰向けの状態で発見された。 明石英子さんも手で首を絞められた痕や殴る蹴るなどの暴行の痕が30箇所以上あり、肋骨は9本骨折、肝臓が破裂しており水野恵子さん同様に猟奇的な殺害方法だった。 直接の死因は首を絞められたことによる窒息死。 明石英子さんのジーパンの右ポケットから、しわくちゃになったレシートが発見された。 そのレシートの裏面には 「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」 と鉛筆で書かれていた。 後に行われた筆跡鑑定の結果からこの鉛筆で書かれた文字は、明石英子さんの筆跡であると鑑定された。 二人は何故、殺害されてしまったのだろうか? スポンサーリンク ワラビ採り殺人事件<事件の時系列> 5月23日 京都府長岡京市天神駅前のスーパー「イズミヤ」で働いていた 水野恵子さん(当時32歳)と明石英子さん(当時43歳)は午前10時まで仕事をし、 退勤時間である午前10時過ぎ、同店で弁当を購入し二人で自転車で「野山」にわらび採りに出かけた。 野山とは低山で、わらびが採れるということから、ワラビ採りの他にはピクニックなどで入山する人が多くいた一方で、レイプ事件や野山で採れるたけのこを泥棒するような事件なども当時、問題となっていた。 二人が入山した日は水曜日の平日ではあったが、山菜取りシーズンということもあり、当日は15人から16人程度が入山していたという。 5月23日11時頃、ふたりは野山の麓にある「寂照院」というお寺の前の畑に自転車を停め入山した。 同日、水野恵子さんが午後3時には保育所に子供を迎えに行くことになっていたが夜になっても帰宅しなかった。 心配した水野恵子さんの夫は、一人で野山を捜索しにいくが、二人を見つけることができなかった。 5月24日、明石英子さんの夫も捜索に合流。 しかし、見つけることができず同日14時50分 捜索願を提出。 捜索願を提出後、警察署員30人を投入し捜索開始し、深夜まで捜索するも見つからなかった。 5月25日午前9時、再び捜索が開始。 25日午前10時30分頃、水野恵子さんと明石英子さんが見るに堪えない、変わり果てた姿で発見された。 二人の胃の内容物には購入された弁当の米粒や海苔の消化している状態のものが検出され、リュックサックにわらびが入っていたこと、又胃の中の消化状態から犯行時刻は5月23日午後1時半から2時の間であると推測。 さらに明石英子さんの体内からは、犯人のものと思われる精液が検出され、水野恵子さんの遺体には、犯人のものと思われる体毛が付着していた。 水野恵子さんに刺したままになっていた文化包丁に犯人の指紋は検出されなかった。 スポンサーリンク ワラビ採り殺人事件 ネットで囁かれる猟奇的犯人像 この【ワラビ採り殺人事件】は未解決事件として、未だに語り継がれ、ネットが普及した現在ではこの事件に纏わる情報や猟奇的な犯人像が語られている。 その中には、この犯人像と繋がるかのような事件が当時発生していることがわかっている。 その一つが 「宇治マラソン主婦行方不明事件」だ。 事件発生は1978 昭和53 年11月23日夜。 そう、ワラビ採り事件が起きる半年前であり、事件発生現場はなんと、野山から15キロほど離れた京都府宇治市槙島である。 「宇治マラソン主婦行方不明事件」事件の概要 夜にマラソン(ジョギング)をしていた前田昭子さん 当時38歳 という主婦が忽然と姿を消し行方不明となった。 戻りが遅い家族が心配し、警察に連絡。 警察がマラソンをしたと思われるコースを捜索。 すると前田昭子さんの自宅近くの農道に大量の血痕が見つかった。 その血痕は何者かに引きずられたように、およそ200メートル離れた田んぼまで続いていた。 そのルートには人を引きずったような跡と複数の足跡も発見されている。 大量の血痕の血液量はおよそ1リットルあまりにものぼっていたと言われている。 大胆な犯行にも関わらず、前田昭子さんの行方は現在もわかっておらず未解決事件となっている。 なんらかの事件に巻き込まれてしまったのか? ワラビ採り殺人事件発生から半年以内であることから、この事件が関連するものではないか?と囁かれている。 そして、もう一件の事件はネット上で関連性が高いと言われている、 「長岡京主婦放火殺人事件」 事件発生はワラビ採り殺人事件発生から5年の歳月が流れた1984年5月。 長岡京市の主婦 木下京子さん(当時48歳)の自宅で木下京子さんが首や背中を刃物を使用し刺殺された後、遺体に衣類や布団をかぶせ遺体を放火したという残忍な殺人事件。 この事件も前述の事件と同様に未解決事件として犯人は捕まっていない。 なによりこの「長岡京主婦放火殺人事件」が「ワラビ採り殺人事件」と関連性が高いと言われる理由がある。 殺害された主婦 木下京子さんは「ワラビ採り殺人事件」で殺害された水野恵子さんと明石英子さんの2人と親しく、勤め先のスーパーの同僚だったのだ。 さらに木下京子さんは「ワラビ採り殺人事件」事件当日も一緒にワラビ採りをしていたのだ。 木下京子さんが事件に巻き込まれなかった理由は、二人より先に1人で下山し帰り事件に巻き込まれることがなかった。 しかし、事件から5年後には自分が被害者になるとは想像していなかったのではないだろうか。 実際のところ、ネット上では同一犯である旨の記事を見かけることがあるが、どちらの事件も関連づけるような事実はなく同一犯の可能性は低いとされている。 「ワラビ採り殺人事件」が発生した当時、木下京子さんが事件に巻き込まれないよう、警察は同行していた木下京子さんがいた事実は公表しなかった。 同一犯の可能性は低いとされながら、この短期間に主婦ばかりが「メッタ刺し」という猟奇的な手口で殺害されたこと、そしてどの事件も未解決で時効を迎えている事実に関連性が低いとは言いきれないのではないだろうか。

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長岡京ワラビ採り殺人事件

ワラビ 採り 事件

画像 引用 1979(昭和54)年5月23日の午前10時頃に、スーパーのパート帰りの主婦2人がワラビ採りに出かけ2日後に無残な姿で発見された!! 被害者2人とも全身に打撲跡が数10カ所もあり、アキレス腱も切られ性的暴行も受けたと思われる痕跡があった。 先に山頂付近で発見されたAさん(当時43歳)は、肋骨が9本も折られ肝臓破裂もしていた。 シャツに乱れがあり、体内に犯人の体液も見つかった。 絞殺であった。 Aさんの発見場所から10メートルくらい登ったとこで発見されたBさん(当時32歳)からは、犯人の体液は発見されなかったがO型の血液と分かる体毛があった。 だが衣服の乱れがAさんより激しく、下着も破かれ膣内も損傷していた。 抵抗した痕跡と異物を挿入された可能性も残された。 胸部に包丁が深く刺されていた。 2人のリュックの中には、ワラビと空の弁当箱と財布が入っており金品は盗まれていなかった。 司法解剖により食後1時間以内に殺害されたと検証された。 「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」と裏に走り書きしてあるレシートがAさんのポケットに入っていた。 「たすけて下さい」の「す」を間違えて「く」と書いて、上から書き直した形跡まで残っていた。 被害者が震えながら咄嗟に書いたにしても、随分不自然である。 「オワレ」と「たく(す)」の字を犯人に書かせて、Aさんが後からつけ足したという透視能力による仮説もある。 さらにサイコメトラー・渡辺りょう氏もカードによって透視している。 透視によれば犯人の精神状態が不安定であったところに、AさんとBさんが遭遇し心配して声をかけてしまったそうだ。 様子がおかしいことに気づいたAさんは、レシート裏に「この男の人わるい人」とBさんに知らせるために書いた。 それが犯人を逆上させてしまった可能性があるそうだ。 犯人は病院などの施設から逃げ出して来た可能性もあるようだ。 渡辺氏の透視では、犯人は自覚がない状態で収容されまだ生きている可能性があると出た! 現場付近で目撃されていた不良2人組(1人は空手経験者)、他にも男性2人組(25歳から30歳くらい)、ワラビ採りをする女性に声をかける包丁を持った男性(40代くらい)、Aさんの夫などに容疑がかけられていたが証拠が出なかった。 渡辺氏の透視では、犯人は精神障害者であったため当時の警察からはリストアップされていなかった可能性があると言う・・・ちなみに犯人に武道の心得はなく、包丁の他にパイプなどの凶器を使った可能性もあるそうだ。 Aさんが使った鉛筆の芯が遺体から若干離れた場所で発見されたが、鉛筆自体が見つからなかった。 2019年12月21日に新宿ゴールデン街劇場で行われた「」でも、渡辺氏はこの話をしており犯人が鉛筆を食べてしまった可能性も示唆していた。 本当に事実だったなら、実に不気味な光景であろう。 この事件の5年後の5月に同じく京都府長岡京市内にて滅多刺しで絞殺され放火された、被害者Cさんも一緒にワラビ採りして先に下山していたと都市伝説化された。 AさんBさんの2人とCさんが同じ職場だったとも噂されていたが、実際は事実と異なる。 どちらの事件も犯人の血液型がO型だったことと、迷宮入りしてしまったことから同一視されてしまったのだった。 だが渡辺氏の鑑定では、犯人は同一人物とは違うが同じように精神障害を患っていたという結果であった。 この犯人はCさんを布団で巻き、さらに衣類を積み上げて火を点ける残虐な犯行であった。 この犯行には儀式的な意味合いがあったと、渡辺氏はカードから読み取った。 この事件もワラビ採り殺人も恨みによるものではなく、見ず知らずの人間によるものとのことである。 関連動画 ATLASラジオ2nd-11:長岡京わらび採り殺人事件、犯人特定!? 関連記事 ワラビ採り殺人が起きた奥海印寺の野山は、山菜や筍が採れるため入山する人々もいたが決して治安は良くなかった。 昼間も薄暗く人目につかない場所が多く、筍泥棒や暴走族や痴漢・婦女暴行の被害が以前からあったそうだ。 さらに人さらいの一族まで住んでいた噂まであったのだった!女性が姿を消すと言われていた地域であり、数10から数100人もいなくなったと言われた。 最後にもう1つ都市伝説化された噂があった。 現場付近を通る阪急バスの最終便の一番後ろの席に、被害者のAさんとBさんの幽霊が座っているそうだ!!何人も目撃した運転手がいたため、最終便の時刻が早められたとの噂もある。 現場付近を走行していたバイクの後ろに乗っていた女性が、何者かに押されたかのように突然落下し手形まで付いていたなどの怖い噂話まで広まっているようだ。 果たしてワラビ採り殺人と関連性があるのかまでは定かでない。 長岡京と言えば、平安京に遷都する前にわずか10年しか存続できなかった呪われた都でもあった。 実は古から不吉な出来事が多々あったということである。 いつか未解決事件が解明され、報われなかった人々の魂も浄化される日が来ることを祈りたい。 (ふりーらいたー古都奈 ミステリーニュースステーションATLAS編集部) 参考サイト.

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